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「一瞬を切り取る」から「物語を紡ぐ」へ フォトジャーナリズムの明日

想像力のレンズ
パキスタンで取材したヒジュラの女性たちにお化粧をしてもらっている私(2010年)
パキスタンで取材したヒジュラの女性たちにお化粧をしてもらっている私(2010年)

連載「想像力のレンズ」は今回で終了する。最終回はこれまでを振り返りながら、これからのフォトジャーナリズムの可能性について、私個人の思いを書きたい。

第1回目「ガンビア人記者、ジャスティスとの再会」で紹介したように、私がフォトジャーナリズムに関心を持ったのは、大学時代に西アフリカの小国ガンビア共和国の地元新聞社で働いたことがきっかけだった。この連載で紹介した記者のジャスティスは、現在もドイツ南部の難民施設で暮らしている。

あれから10年、各地を訪れ、さまざまな境遇の人々と出会った。当初は片道航空券で取材地へ行き、一つの取材が一段落するまで何ヶ月も滞在した。取材が進まず写真を1枚も撮らずに何週間も待機することもあった。

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ガンビア「The Point」紙でお世話になった記者のハビブと(2007年)。政府に批判的な記事を書き続けたハビブはこの翌年に遺体で発見された。「いつか自分の新聞社を立ち上げるのが夢」だった

私はフリーランスなので、取材テーマや期間、経費の使い方、現地での動き方などは自分自身で考えている。誰からも「もう取材を切り上げて帰ってきなさい」と言われる心配はない。

その代わりに「今日撮影した写真を見せて欲しい」と言われることもない。私だけが滞在先の小さな部屋で自分の撮った写真を何カ月も繰り返し見つめ続けるのだ。「この写真をどこかに掲載してもらい、この人々の存在を多くの人に知って欲しい」と願いながら。

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イラン北東部ゲチスー村で暮らすトルクメン人の女性たちを撮影

私が撮影している人々が誰の目にも触れることなく私個人の「思い出」で終わってしまうかもしれない――。パキスタンで硫酸による暴力の被害者の取材をしている時や、キルギスで誘拐結婚の取材をしている時、そんな不安に包まれたこともあった。

社会問題や人権問題を扱う写真を掲載するプリントメディアはどんどん減っている。フリーランスのフォトジャーナリストが現場にちょっと行って状況を伝えるだけの写真では、どんなに強い思いがあったとしても、その写真のためにスペースを割いてはくれない。

日々のニュースを追いかける新聞社の写真記者と違い、フリーランスだからこそ出来る長期的で深い取材をするよう心がけてきた。取材で出会う人々と個人的な関係を深めていくと、彼らのことをもっと知りたい、彼らが今後どうなっていくのかを見つめていきたいという思いが自然に生まれた。そういう気持ちが私を長く現場にとどめさせたのかもしれない。

人々の日常を追っていると思いもしなかった光景に突然出会うこともある。「こういう写真が必要だ」と決めつけていなければ、予想していなかったことが起きても受け入れることできる。

何を撮って、何を撮らないかは、私の意思だ。だからこそ、自分に言い聞かせてきた。カメラのフレームに入らないところにも大切なものはきっと隠れている、私が撮影した写真が「唯一の真実」とは言い切れない、と。

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カンボジアで取材した当時10歳のボンヘイと彼の祖母(2011年)。ボンヘイは14歳で一生を終えた

フォトジャーナリストが取材活動に専念する環境は世界的に厳しくなっている。カメラで撮影すること自体が貴重だった100年前と違い、中東の山岳部やアフリカの奥地で暮らす人々もスマートフォンで簡単に写真を撮影し、SNSに投稿する時代だ。

私がイラクで取材した少数民族ヤズディの人々も、ISに迫害された体験を自分たちで記録し、ネットで共有している。そのような現場にフォトジャーナリストが入り、何をどう記録して伝えるのか、これまで以上に問われる時代になった。カメラを持ち、ただ緊迫の現場に立っているということだけでは全く意味をなさないのだ。

とりあえず発展途上国を訪れて「貧しい環境の中で暮らす子どもたちの笑顔」を撮り続けても同じだ。じっくりと対象に向かい合い、深く掘り下げる取材がフォトジャーナリストに求められている。

現場の緊張感を分かりやすく「ドラマチック」な映像で伝えるよりも、取材テーマにどのように向き合い記録するのかという「コンセプト」が重要になっていると私は考えている。

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シンガル山に暮らすヤズディの女性たちと(2015年 連載)

最近は伝統的なフォトジャーナリズムの写真以外にも、伝えたいメッセージを明確に持ちつつ、コンセプチュアルな写真表現をするフォトジャーリストも多い。日本ではそうしたフォトジャーナリストたちをアーティストと区別し、全く別物と捉えられがちだが、海外ではアートとフォトジャーナリズムが融合した写真表現も多くなっている。

デジタル化であえて手触り感や立体感を重視した繊細な写真集を求める人々も増えてきた。一枚の写真以外にも、組写真、写真展、写真集を通して、多様な表現方法が受け入れられるようになっている。

衝撃的な一瞬を切り取る報道写真から、撮影者の視点で「物語」が紡ぎ出されるようなフォトジャーナリズムへ向かっているのも確かだ。海外には「ストーリーテラー」(物語の伝え手)という肩書きを使うフォトジャーナリストも多い。

ストーリーテリングとは、 プロジェクトを発表するときに、何枚もの組写真で物語を構成すること。どの写真で始まり、どの写真で終わるかによってメッセージも変わってくる。途中の写真の並びのシークエンスも重要だ。

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イラクの少数民族ヤズディの人々を取材中に寝泊まりをしたシンガル山の民家の屋根(2015年 連載)photo:Hayashi Noriko

オランダの世界報道写真財団が32歳以下の世界中の若手写真家から毎年12人を選んで招待する「Joop Swart Master class」というワークショップに2年前に参加する機会を得た。

その年のテーマは「Invisible」(不可視)。参加決定からワークショップ開催までの7ヶ月間に、私を含む12人それぞれが独自の解釈で「Invisible」をテーマに写真を撮影し、その中から約100枚をプリントしてアムステルダムに持って行った。

12人の写真家以外にも、ニューヨークタイムズ紙のフォトエディター、数多くのフォトジャーナリストの写真集を手がける著名なブックデザイナー、写真と音声・動画を組み込んだ作品を作るマルチメディアプロデューサー、米TIME誌の写真家ら、写真表現に関わる経験豊富な専門家も参加した。取材・発表活動上の倫理問題やフォトジャーナリズムの未来、コンセプトの組み立て方など朝から夜遅くまで情熱的な議論が続いた。

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写真を初めたばかりの頃に撮影したセネガルの景色(2006年)photo:Hayashi Noriko

なかでも多くの時間を割いたのがフォト・エディティング(写真編集)だった。それぞれが持ち寄った100枚の写真を1週間かけて、他の参加者たちと議論を重ねながら12枚のフォトストーリーとしてまとめるのだ。

日本の新聞は一枚の写真で全てを伝えようとする単写真が多いが、最近の欧米の新聞は何枚もの写真で紡ぐフォトストーリーとして紹介することが珍しくない。

フォトジャーナリストの友人が取材した「フィリピンの麻薬撲滅戦争」のフォトストーリーは、ニューヨークタイムズ紙に10ページ以上を割いて掲載された。数週間前には「ゴミが世界各地でどう処理されているか」を取材した別の知人のオランダ人フォトジャーナリストのフォトストーリーがワシントンポスト紙に10ページ以上(その紙面の9割は写真だった)の「号外」のような扱われ方で掲載された。

社会問題を扱った写真にこれだけのスペースを割くのは、フォトストーリーの可能性があることの表れだろう。このような紙面を毎日作ることは難しいし、速報性を重視するニュースはもちろん必要だが、ネットで写真や映像を簡単に見ることができるようになった今、新聞の1面に載るような一枚の写真だけで多くを語ろうとする単写真の在り方は変わってきたと思う。

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誘拐され結婚を説得されるディナラ 「キルギスの誘拐結婚」(2012年)photo:Hayashi Noriko

私自身、これまで取材してきたものを一枚の写真だけで紹介することにはとても敏感になってきた。

「キルギスの誘拐結婚」を発表した直後、連れ去られた女性が無理やり男性の自宅へ連れていかれる「現場」の写真ばかりがメディアで紹介されたことにはずっと違和感があった。「インパクト」のある写真ではあるが、あの写真がアラカチュー(誘拐結婚)を象徴する写真であって欲しくはなかった。

女性の人生がそこで終わるわけでもなく、彼女たちの人生はその後も続いていく。私はアラカチューで女性が結婚した日、新婚生活、そして妊娠出産を経験するところまでを取材した。その一連の取材を通して初めて私なりに「誘拐結婚」を理解できた気がするし、伝えたい方向性が分かってきた。

この結婚の形の先には幸せになる女性もいれば、DVなどに苦しみ夫と別れた女性もいる。とても複雑なこの慣習を一枚の衝撃的な写真だけで単純に象徴されたくはない。複雑な問題を複雑なまま伝えることも必要だ。「誘拐結婚」の複雑さ、日本とは違った文化や社会背景の中に存在する問題にどう向き合ったらいいかを読者に考えていただくきっかけになって欲しいと思い、「キルギスの誘拐結婚」をメディアで紹介するときは必ず組写真で発表するようにしている。

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結婚を受け入れたディナラとアフマットの結婚式 「キルギスの誘拐結婚」(2012年) photo:Hayashi Noriko
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結婚から数日後、ディナラにキスをする夫のアフマット 「キルギスの誘拐結婚」(2012年)photo:Hayashi Noriko
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結婚から数日後、キッチンで物思いにふけるディナラ 「キルギスの誘拐結婚」(2012年)photo:Hayashi Noriko
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結婚から1年半後、ディナラは臨月を迎えていた 「キルギスの誘拐結婚」(2014年) photo:Hayashi Noriko
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女の子を出産し、病院から自宅に帰宅した直後のディナラ(2014年) photo:Hayashi Noriko

誰もが写真を撮って発信できるようになった今、フォトジャーナリズムの未来はないという意見も多い。一方で、視覚的な情報が以前にも増して必要とされるようにもなった。

身近な問題から遠く国の問題までフォトジャーナリストたちが独自のアプローチで追求し、社会やメディアが新しい写真表現の形を受け入れていく。そして、写真に写し出されるものに想像力を持って向き合う。その過程でさまざま議論を重ねることで、社会が少しずつ動いていくきっかけを探すことができるのではないかと思う。
人の感情にじっくりと向き合いつつ、これからもフォトジャーナリズムの可能性を模索し続けていきたい。

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2017年にイラクからアメリカに渡ったヤズディ教徒のアショールさんとバーフィ夫妻。15年〜16年にかけてイラクで取材中、ISに故郷を追われた2人の家族が避難生活を送る民家に泊まらせていただいた。出版した写真集「ヤズディの祈り」を手渡すと、故郷を懐かしみながらじっくりとページをめくってくれた(2017年) photo:Hayashi Noriko