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「子どもの命を守りたい」 ビル・ゲイツが語るグローバルヘルス

World Now 更新日: 公開日:
photo:John Lok

「子どもの命を守ることは基本的な価値だよね。最優先で取り組むべきは、子どもの命の不平等を是正することだ」
「僕が驚いたのは、下痢症や肺炎、マラリアといった貧しい人たちを苦しめている病気について、たいして研究がされていないことだった。多くの人の命を奪っているなら、たくさんの研究費がついているはずと思い込んでいたんだ」
「こうした病気はほとんどが感染症だけど、流行はほぼ貧困国に限られる。だから(製薬会社にとって)市場価値がない。公的な援助も十分でない。ここに注力すれば、僕が生きている間にも、子どもの生存率を信じられないほど改善することができるんだ」
「5歳未満の子どもの死亡数は1990年で1200万人以上だったが、それが今や600万人台。これを300万人未満にするのが目標だ」

――財団はどのような役割を果たしているのですか?

「単にお金を寄付しているわけじゃない。妻のメリンダと僕は、この財団にスキルと知識を蓄えてきた。ちょうどポール・アレンとスティーブ・バルマーとともにマイクロソフトを創りあげたのと同じように、トップの人材を集めて、感染症に立ち向かう強力な活動体になったんだ」
「この建物の中には、世界屈指のマラリア専門家がいて、撲滅計画の策定に重要な役割を果たしている。お金は才能がなければうまく使えないし、才能があってもお金がなければインパクトを与えられない」

――ごく少数の人が大きな影響力を持ち、優先分野や方針を決めていることへの懸念もあります。

「個人の資産だから、どう使うかは個人が決められる。日本の億万長者は何に使っているのかな。僕たちは『子どもの死』を減らすことに使うことにした。それが自分にとって価値があるからだ」
「こうした目標は、賛否が相半ばする類いのもんじゃない。人々をすごく苦しめている病気がある。その対策に資金が足りていない。現時点で富裕な国々には存在しない問題だからだ」

――命が救われると、経済的な利益がもたらされるからですか?

「そういう見方は違うね。すべての命は平等というからには、経済とは別の次元で動かないといけない。経済的に見れば、富裕な国で暮らす人は生産性が高いから、貧困国の人よりも、命の価値が大きいことになっちゃう」

――すごい資産家のあなたが、世界の平等について語るのはちょっと皮肉な感じもします。

「平等を達成するのに一番いいのは、たくさんお金のある人が、最も貧しい人に還元することだ。でも、ゼロサム・ゲームではない。このお金でマラリアのワクチンが開発できれば、世界はもっと良くなる。世界は確実に進歩している。問題はその速さなんだ」

――コンピューター業界の覇者、グローバルヘルスの活動家、世界はあなたをどちらの役割で記憶するでしょうか?

「記憶されることは重要じゃない。二つのキャリアを生きられたことは幸運だった。マイクロソフトで学んだことを生かせているし、十分なリソースも持つことができた。どちらも僕が何かを変えられているという感覚がある」

――グローバルヘルスの分野で日本に期待することは?

「日本は貧しい国を支援してきた歴史があるし、かつては最大の援助国だった。パキスタンでのポリオ撲滅を円借款で支援しているし、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)への拠出も大したもんだ。来年のファンドの資金集めにどんなリーダーシップを発揮してくれるか、議論を始めている」
「ただ、今はGDP比で見ると、欧州、特に英国やスカンディナビアの国が大きな支援をしている。しかも無償でね」

――今年のノーベル医学生理学賞は、途上国で猛威を振るった河川盲目症やマラリアの治療に大きく貢献した業績で、大村智さんら3人の研究者に授与されました。ツイッターで「ノーベル賞にふさわしい」と喜びましたね。

「ノーベル財団が、経済的な成功よりも、健康の平等(health equity)への貢献をより重視したことの証しだろう」
「大村博士が開発に貢献したイベルメクチンは驚異的な薬で、『忘れられた熱帯病』の患者を救ってきた。でも、最初の製品開発は、富裕な国々の犬の寄生虫退治のためだった。そこが重要な市場と見られていたんだね」
「1900年代初頭には感染症に関連した業績に多くのノーベル賞が授与されていたんだ。今回、ノーベル賞が以前の姿に戻ったといえるね」 (構成・浜田陽太郎)

ビル・ゲイツ 1955年、米シアトル生まれ。社会貢献活動に熱心な両親のもとで育つ。ハーバード大を中退し、75年にマイクロソフトを創業、世界一のソフトウェア会社に育て上げた。子どもが3人いるが「大きな遺産は残さない」と公言している。

ビル・ゲイツ インタビュー

■政府や企業がとれないリスクをとる

ビル&メリンダ・ゲイツ財団 photo:Hamada Yotaro

ビル・ゲイツの名前を聞いて、マイクロソフトの創業者と連想する人がまだ多いだろう。だが、2008年に同社の経営からは身を引き、妻のメリンダと二人三脚で「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の運営に専念している。

「健康改善」を目的とした保健分野の途上国援助で、その存在感は際立っている。WHOの予算の1割近くを拠出するほか、途上国の政府からNGOまで活動を支える対象は幅広い。貧困国へのワクチン導入や、ポリオやマラリアの撲滅を含む感染症対策は、その資金無しには回っていかないだろう。

寄付を効果的に使うために専門家を積極的にヘッドハントしている。世界屈指の製薬会社の開発責任者だったタチ山田もその一人だ。

ゲイツがこの分野にエネルギーを注ぐようになったきっかけの一つが、「健康に投資する」という副題がついた、1993年の世界銀行の報告書だった。途上国では、自分は聞いたことのない「ロタ・ウイルス」による下痢症で何十万人もの子どもが死んでいることに衝撃を受けた。なぜ、こんな大事なことを自分は知らなかったのか。新聞・テレビはちっとも報じない。飛行機事故で100人の死者が出れば大騒ぎするのに……。全米公共ラジオでのインタビューやハーバード大でのスピーチで、ゲイツは人生の転機について語っている。

実際にアフリカを訪問して貧困や医療の不足を目の当たりにし、「コンピューターより優先度の高いものがある」ことを思い知らされたという。

フィランソロキャピタリスト

個人の着想と思いが、莫大な富をテコに、世界を動かす状況には「プルートクラシー」(少数の富裕層による政治支配)という批判がつきものだ。これに対して、ゲイツは個人ブログなどで反論する。市場経済は、購買力のない貧困層を相手にしない。先進国の政府は、自国民に直接恩恵をもたらさない途上国への支援を正当化しにくい。誰が空白を埋めるのか?

個人のカネなら、株主にも選挙民にも遠慮はいらない。企業や政府が取れないようなリスクを取り、革新的な技術開発を重視するのがゲイツ流である。

世界中の誰でも革新的なアイデアを2ページの申請書にまとめるだけで応募できる制度を08年に始めた。財団の評価者が直感的に「いけそうだ」と判断すれば第1次の10万ドル(約1200万円)、これを元手に次につながる結果を示せれば第2次の最大100万ドル(約1億2000万円)が受け取れる。

ビジネスで培った手法を発展させて、「寄付」で世界を変えようとする資本家。欧米では、ゲイツのような存在を、「フィランソロキャピタリスト」(社会貢献資本家)と呼び始めている。
(文中敬称略)

世界中の病気、死因のデータを集積

「どんな事業をするにせよ、才能のある人材を引き入れ、結果を測定することが必要だ」。ビル・ゲイツはインタビューでこう語った。その典型例が、地元ワシントン大に設立された保健指標・評価研究所(IHME)である。ゲイツ財団は2007年、当初資金の8割以上にあたる約1億ドルを拠出している。

人類は、どの年齢層で、どんな病に苦しみ、なぜ死んでいくのか? それは場所と時代によってどう変化してきたのか? 状況は良くなっているのか、悪くなっているのか? 同研究所が世界中からデータを集め、整理し、比較可能な形で示しているのが「グローバルな疾病負荷」(GBD)のデータベース。ウェブサイトで公開され、誰でも無料で利用できる。各国の保健政策づくりに役立たせるため、素人でもわかりやすいようビジュアルが工夫されている。

上のグラフは、このデータベースで「世界全体での5歳未満の死者数を時系列で示す」という条件を入力して数値を引き出してつくった。ゲイツがインタビューで語ったように1990年は1200万人強だったが、2013年には630万人弱にほぼ半減している。「感染症・周産期の障害・栄養不良」が死因の8割を占める。発展途上国に特徴的な疾病構造で、ワクチンの普及や母子保健の充実で救える命が多いことが分かる。病気だけでなく、交通事故や災害、暴力といった原因でも調べられる。

研究所を率いる所長、クリス・マレーは、ゲイツがグローバルヘルスに関心を持つきっかけとなった、1993年の世界銀行報告書を執筆し、病気や早死にによる損失を総合的に評価する指標(DALY)を公表したことで知られる。

日本人にとって記憶に残るのは、マレーがWHOに勤務した時に手がけた2000年の年次報告書。世界191カ国の保健システムを様々な指標でランキングし、達成度の総合評価で日本が1位になったのだ。だが、評価が低かったほかのWHO加盟国からは不興を買い、マレーは追われるようにして職を辞する。

今は独立の研究機関で、世界各国の研究機関と協力してデータを収集・解析する。「分析対象にする国の承認が必要ないので、政治的なプロセスとは無縁でいられる」と、グローバル・エンゲージメント部長のウィリアム・ヘーゼル。月に数回は同研究所のサイトをチェックするというゲイツは「情報を民主化したことが素晴らしい」と評価し、戦略決定の羅針盤としている。 
(浜田陽太郎)
(文中敬称略)