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薬ほしがりの日本人、でもベトナム人はさらにその上を行く

子連れで特派員@ベトナム
ハノイでは昼食時間が終わる午後1時半ごろになると、お店の人が表にたらいを出して、使い終わったお皿やお箸をジャブジャブ洗っています
ハノイでは昼食時間が終わる午後1時半ごろになると、お店の人が表にたらいを出して、使い終わったお皿やお箸をジャブジャブ洗っています

「おかあさんはカンボジアに行ってくるからね」。出張の前日、そう伝えるとポコは一瞬だまり、「何回寝たらかえってくるの」と聞く。「3回」。「ながいなー」。ひょんなことで出張が長引けば、「ポコがおかあさんは帰るのが遅いといっている」と、おとっつあん経由で苦情がくる。

そんな日々も2年近く過ぎ、少しずつ慣れてきた。心配なのは、出張中に家族の具合が悪くなったときだ。

出張に出た2時間後、「ポコが吐いちゃった」と携帯にメールがきた。前日に連れていったビアホイで食べたものに当たったようだという。落ち着いたかと思うと、また激しく吐いた。

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ビアホイのメニューにある「ミーサオ」(Mì Xào)と呼ばれる焼きそば。インスタント麺を使って作るのが日本との大きな違いです

ビアホイとは、1杯50円ほどの安いビールが飲めるハノイの居酒屋で、焼きそばや野菜炒めを食べに、家族でしょっちゅう行く。特に危険なわけではないのだけれど、運が悪かったのかもしれない。

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昼間から大勢の人、特に男性が低価格の生ビールを楽しむ店内の様子。一杯50円ほどの手頃な価格で生ビールを楽しむことができます

飲食店の衛生上の問題については、新聞やテレビでよく報じられている。お客が使ったお皿やお箸を、店のおばさんが同じたらいの水の中でじゃぶじゃぶ洗っているのは日常的な光景だ。ぐったりしたポコの写真が携帯に届く。

出張中に、おとっつあんとポコが同時にインフルエンザで倒れたこともあった。「痛いよーと泣いている」とメッセージが来ても、何もできない。

こんな時、安心なのは自宅の近くにクリニックがあることだ。インフルエンザのとき、ポコたちを診てくれたのは日本人の医師だった。ハノイには日本人が常駐していたり、日本語が通じたりするクリニックや病院が少なくとも5カ所ある。「熱を下げ、体力をつけるしかありません。お風呂に入っても何を食べてもいいですよ」。こう説明してもらい、日本でよく聞くタミフルでもリレンザでもなく、熱冷ましが処方された。

数日後に私が出張から帰ると、2人のインフルエンザはほぼ完治していた。「大変だったよ」。そう言う、やつれた様子のおとっつあんをねぎらった。

インフルエンザの時にポコと夫を診てくれたのは、ラッフルズメディカルの医師、野田一成さん(46)だ。ベトナムでの薬の処方の仕方について、お話しを聞きに訪ねた。

実は野田さん、元NHKの報道記者で、裁判取材を通じて医療問題に関心を持ち、20代後半で医学部に入り直して医師になったという人だ。大気汚染がひどいため呼吸器疾患などの診察をする医師が求められていたベトナムに、知人の誘いを受けて渡り、4年前から複数の病院で診察にあたってきた。

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ハノイの病院に勤務する日本人医師の野田一成さん

野田さんによると、特に日本人と韓国人の患者さんに特徴的なのが、風邪を引いたときに抗生物質をほしがることだ。「ウイルスには効きません」と野田さん。それでも薬をほしがる日本人は、同僚のフランスやフィリピン出身の医師にもあきれられるほどだという。

インフルエンザの場合、日本ではタミフルなどが処方されることがあるが、高熱のない状態が飲まない場合と比べて12時間ほど早く来る程度。高齢者やぜんそくなど他の疾患がある人は別として、国際基準ではどうしても処方が必要なものではないとされている。だが、どうしてもタミフルをほしがる患者もいる。「水分をとって、よく眠れば治ってしまうものですよと話しているのですが…」。中には、タミフルを出してもらうよう会社の産業医に指示され、別のクリニックまでもらいに行った人もいたという。

野田さんの元には、水いぼになった子どもの親が、幼稚園に提出するための「治療証明書」をもらいにやってくることもある。これも、日本人が通う幼稚園以外ではない習慣だそうだ。「ラッシュガードを着て、なるべくうつさないように心がければプールにだって入れる。小児科学会も避ける必要はないとの見解を出しています。他の国の人は、水いぼは幼稚園に通っていれば普通にできるものだと理解しているようです」。

どこに住んでいても、私たちは自国の習慣を持ち込んでしまうものだ。ハノイで暮らすサービスアパートで眺めていると、仕事のおつきあいなのだろう、休日も休まずにゴルフバッグを持って出かけていく日本人男性の姿を見かける。女性たちは平日の早朝から子どものお弁当作りや、習い事の送り迎えに走りまわっている。どちらも日本にいるときと同じように、本当に忙しそうだ。

では、ベトナムの人は具合が悪くなるとどうしているのか。そう思って調べると、さらに手っ取り早い話だった。ベトナムでは「抗生物質がキャンディーよりも簡単に買える」といわれている。ベトナムネットの報道によると、国内で処方される抗生物質のうち、都市部88%、地方で91%が、医師が出す処方せんなしで売られていたという。まさに「抗生物質天国」。ハノイには24時間営業の看板を掲げる小さな薬局があちこちにあり、夜も客が集まっている。病気は薬局で治すのだ。

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24時間営業のところもあるハノイの薬局

試しに薬局で、「薬が欲しいのですが、処方せん持ってないんです」と聞いてみた。薬剤師とみられる女性から返ってきたのは「融通は利きます」の一言。つまり、なくても買えるのだ。別の薬局に来た男性客は「だいぶ前に医者にもらった処方せんをもってきた」という。なんて便利なの、と一瞬思ってしまった私も、相当いかれている。

抗生物質天国の弊害はもちろんある。必要な細菌が死んでしまい、代わりに、薬が効きにくい細菌が生まれてしまうのだ。この薬剤耐性菌の問題について米疾病対策センター(CDC)は、アジアでも最も深刻な国の一つがベトナムで、結核、マラリア、院内感染などで年間数千人が死亡していると報告している。風邪を診てくれたベトナム人医師に私も言われたことがある。「日本人はすぐ忙しいから薬を出してっていうでしょう。抗生物質に体が慣れると恐ろしいことになりますよ」。やはり抗生物質はキャンディーとは違う。お守りのように財布に入れていた抗生物質を取り出して、家の引き出しにしまった。