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止まらない医療の膨張 高騰する医療費の影に隠れる現実

英国のお医者さん 更新日: 公開日:

年々、過去最高を更新し続ける医療費、そして同時に増え続ける税や保険料。とうとう自己負担でさえもジワジワと上がり始め、来年には消費税も上がる予定です。

国の財政を圧迫する社会保障費の中で年金とともに1,2位を争う医療費。ついに私たちの日々の生活の中でもその影響が感じられるようになってきています。

このような状況に対し、私たちはどうすればいいのか。

こうした問題意識は多くの方が持っているものかと思いますし、財源を増やす、サービスを効率化し生産性を上げる、などの話はよく耳にします。

けれども、このような医療の「供給」に傾いた対策が比較的多い一方で、増え続ける医療費の背後にある医療の「需要」をどうにかしようという話はあまり聞きません。でも、供給をどれだけ増やしたとしても、需要を適切に抑えることができないのであれば、イタチごっこで埒が明きません。

では、どうしたら需要を抑えることができるのか…。高齢化によって医療のニーズが増えるのは当然で、この需要を減らすことは不可能だと直感的に思っている人は多いのではないでしょうか。でも、実は違うんです。

現代医療の知られざる側面の4つ目である今回は、より健全かつ持続可能な医療を目指す上で、膨張し続ける医療ニーズの適正化が欠かせない、というお話です。

もちろん、私は必要な医療を削れと言っている訳ではありません。私の言いたいことはむしろ逆で、必要な医療を過不足なく提供するための財源は確保されるべきで、それをできる限り実現可能なものとするために、医療費を押し上げている「医療のニーズ全体」の適正化を図っていくべき、ということです。

医療のニーズというのは様々ありますが、今回のお話のために単純化して言うと、主に次の3つに分類できます。

1)患者の医療ニーズ
2)医療提供者側が作り出すニーズ
3)サービス利用者の心理から来るニーズ

これらが一体となって医療のニーズ全体となります。一つ一つ見ていきましょう。

1)患者の医療ニーズ

患者の医療ニーズとは、医療行為(治療だけでなく、検査や診察、相談も含む)を提供するメリットがそのデメリットを上回ると考えられる病気や怪我などのあらゆる健康問題や相談事です。実はこのニーズの適正化については、盛んに行われつつあり、医療を必要とする頻度を減らすようにする取り組み、いわゆる「予防」がその一つに当たります。

一方、残りの2つのニーズについては、医療のニーズ全体を押し上げる重大な要因になっているにもかかわらず、目立った適正化の動きは見られません。そもそも適正化できるものであるとも、すべきものであるとも十分に認識されていない状況です。健全化の余地が大きいのはむしろこの2つのニーズの方なのに、世間は未だ患者の医療ニーズの抑制にフォーカスしているように見えます。

それでは残りの2つのニーズとは、一体どのようなものなのでしょうか。

2)サービス提供者側が作り出すニーズ

これは要するに、1)患者の医療ニーズを上回る医療がサービス提供者側の都合によって提供される際に発生するニーズです。

例えば、必要以上の通院・入院、検査、治療や、風邪・インフルエンザなど本来セルフケアが十分に可能な日常的な問題に対し、それを勧めることなく受診を勧めるといった過度の医療化を招く行為がそれに当たります。これらの医療行為が過度であるかどうかは、サービス利用者側では判断しがたい上、「なんとなく安心だから」と普通に受け入れられている場合がほとんどだと思います。中には、「丁寧」「熱心」とむしろ好意的にとらえられているケースもあるかもしれません。

3)サービス利用者の心理から来るニーズ

健康に対する不安や医療に対する期待って、みなさんお持ちですよね。これは当然で、大切にケアされるべきニーズの一つです。でも、このニーズは、できるだけ不安の緩和に努めたり、期待と現実のギャップを極力小さくするように意識的に努力しないと簡単に大きくなってしまいます。それなのに、逆に、いたずらに不安を煽るものや期待を膨らませるものが多く存在します。

これらニーズをこのまま放置するとどうなるのでしょうか。

当然、医療費は今後も膨張し続けるでしょう。

それだけでなく、2)サービス提供者側が作り出すニーズを放置しておくと、知らず知らずのうちにサービス提供者側によって私たちの医療が形作られていき、表向きはどうであれ、患者や国民の利益を第一に考えたものとはならないでしょう。本来、私たちの利益のために生まれてきたはずの医療が最終的には立場が逆転し、医療の利益のために私たちが存在するリスクだってあります。

さらに、3)サービス利用者の心理から来るニーズをケアせず、健康に対する不安が過度につのれば、医療依存に陥ったり、客観的には健康なのに自己健康感(自分は健康だと考える感覚)が下がってきたりする恐れもあります。それは真に健康ではありません。また、社会の期待を適切にコントロールできなければ、過度の期待に応える医療に傾いてしまい、過剰な医療へと繋がります。過剰な医療の弊害については、以前の記事(私たちは医療の光を過大評価し、影を過小評価していないだろうか)でお話しした通りです。

もしも医療を一つの「産業」として考えるなら、市場のニーズ(医療のニーズ)を最大化することは、サービス提供者側にとっては望ましいことであり、肥大するニーズは歓迎すべきものでしょう。製薬会社、医療機器メーカー、民間医療保険会社などの関連会社にとっても喜ばしい話かもしれません。

しかし、医療が産業ではなく「公共財」というパブリックな存在であるなら、国の医療ニーズ全体が必要以上に拡大していくことは望ましくありません。なぜなら、限りある医療を、それを本当に必要とする人たちに届けるのが難しくなるからです。

今、医療に対するニーズは、私たちの手から離れ、ひとりでに膨れだし、制御できなくなってきています。この膨れ上がるニーズに支配されるように供給も異常に拡大していて、医療の供給がニーズにコントロールされている状態です。こうした状況は健全でもなければ、持続可能でもありません。

膨れ上がるニーズを問題として認識し、これを適正化できなければ、本質的な解決は難しいでしょう。医療ニーズの適正化を図るシステムの構築が求められています。

以上、現代医療の知られざる側面シリーズは今回で終了です。次回からは、これまでお話ししてきたことへの対策についてお話ししていきます。