■眠っているのに休めていないわけ
「睡眠負債」(sleep debt)とは、慢性的に睡眠時間が足りないことで簡単には解決しない深刻なマイナス要因が積み重なっていく状態だ。金銭的な負債と同じで、容易に返すことができなくなるという意味をこめてスタンフォード大睡眠研究所の創設者が提唱した。この概念によると、普段の寝不足を「寝だめ」で解消しようとする生活が脳や体にダメージを与え、がんや認知症といった疾患のリスクを高める。普段のパフォーマンスも悪くなり、寿命も短くなる恐れがあるという。
かつて、健康な8人を14時間無理やりベッドに入れて寝かせる実験があった。実験以前は毎日平均7.5時間寝ていたという8人は、初日は13時間、翌日も13時間眠ったが、その後、次第に起きている時間が長くなっていき、3週間後にやっと平均8.2時間に落ち着いた。ここで注目すべきなのは、生理的に必要な睡眠時間と思われる8.2時間に落ち着くまでに3週間もかかったということなのだと西野は指摘する。そして、こう警鐘を鳴らす。「週末2、3時間長く寝たところで、睡眠負債は返済できない。逆に週末に、普段よりも90分以上多く寝ているという人は、危険な状態にあると考えた方がいい」
OECDの調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、加盟諸国で最も短く、平均より約1時間短かった。厚生労働省によると、5人に1人が睡眠で十分に休養が取れておらず、微増傾向にある。特に40代の働き盛りの間では、おおよそ3人に1人と高まる。
睡眠の役割のひとつは、自律神経によって脳と体に「休息」を与えることにあるとされる。人間は起きているときには交感神経の活動が高いのだが、睡眠中は副交感神経が優位になって脳と体を休ませるのだという。寝ているときにも副交感神経が優位にならなければ、せっかく睡眠をとっても脳や体が休まらない。西野は「睡眠負債のある人に、そういうことが起きることが分かっている」と指摘する。
■寝る90分前に入浴
それでは、どうしたら深く眠れるのか。西野に聞くと、「入眠90分前の入浴」をそのひとつに挙げた。
人間は体内の体温(深部体温)が皮膚温度より高いが、眠っている間はその差が縮まるという。入浴すると深部体温はいったん上がり、その後に急降下する。実験によると、40度のお湯に10分つかると深層温度は約0.5度上がり、元に戻るまで90分だった。そこからさらに下がるため、睡眠中の状態に近づき、「深い眠りにつくことができる」と言うのだ。
平日に残業や飲み会などが続いて睡眠時間が短くなり、週末に取り返そうとして長く寝るが、その分夜更かしして、酒でも飲んでしまう。その結果、睡眠の質は下がり、週明けはつらくなる――。そんな経験はないだろうか。西野は「生活と体のリズムが崩れ、パフォーマンスが悪くなるのですっきりしない。規則正しいのがいいのはみんな分かっているんですけど、なかなかできないですね」と話した。