1. HOME
  2. LifeStyle
  3. こんにちは! 日本人イギリスGPがお届けします

こんにちは! 日本人イギリスGPがお届けします

英国のお医者さん 更新日: 公開日:
英国・ヨークシャー地方の町、ナレスボロの風景=澤憲明さん撮影

みなさん、イギリスは遠い国だと思っていませんか。遠くて日本と全く違う国だと。でも、少なくとも、これまで日本とイギリスで人生の半々を過ごしてきた私は、そうは思っていません。

一つの分かりやすい例を挙げてみます。例えば、バス停や銀行、イベント会場など、何かを待つ時、日本人の私たちは通常「列」を作って並んで順番を待ちます。これは私たち日本人にとってはごく自然なことですが、イギリスでも全く同じ。規則正しく列を作って並ぶ光景をよく見かけます。おかげで、イギリスに来た当初、私はなんの違和感もなくこの風景に馴染むことができました。
しかし、私たちにとって普通のこの光景は、他のヨーロッパや世界の他の地域から来た人からすると驚かれることが多い場面です。イギリスでは、ひとたび誰かが列を乱す禁じ手「queue jumping」を取ろうものなら、一種の罪として認識される空気が漂うほどです。とはいっても、かすかに聞こえるくらいのため息や目線で抵抗するのが多くの場合での最大限、といったところも日本とよく似ているように思います。

こうした、私の個人的な印象だけでなく、実際、日本とイギリスには、多くの共通点があります。まず、お互い、経済が発展していて、ともに島国です。そして、両国ともに長い歴史を持ち、その中で生まれた独自の文化や伝統を誇っています。その他にも、皇室、王室の存在や、上記に見るように社会の秩序を大切にすることなど、個人が社会との兼ね合いを強く意識しながら生活している点も挙げられます。

同時に、お互いが、パブリックな保健医療制度を有し、国民が安心できる持続可能な保健医療の実現を目指す、という共通のゴールを持っています。

その傍ら、似ているからこその共通の悩みも抱えています。医療技術が発達することでコストが増加していること、高齢化に伴って医療や介護のニーズが増えていることや、サービスを使う側の医療に対する期待が高まっていることなどが原因となって、医療費や介護費が右肩上がりに上昇していることなどが挙げられます。
一方で、長引く経済の低成長や、少子高齢化によって働ける人の数が減っていることなど、制度を支えるためのお金の確保が難しくなっている点も共通しています。つまり、両国とも、より良い保健医療を持続可能なものとして届ける、質とお金の両方が保てるようにするにはどうしたらいいか、というチャレンジングな問題に向き合っているのです。

こうした中、イギリスはどのようにしてこの事態を乗り切ろうとしているのでしょうか。日本は、世界最高水準の長寿や健康を達成し続けている「長寿・健康大国」で、イギリスが学ぶべき点が多いことはもちろんなのですが、日本とイギリスの間では共通点が多く、イギリスの考え方や経験が何かのヒントになるかもしれません。

私は現在、イギリス中部の街、リーズ近郊の診療所でGP(General Practitioner, ジー・ピー)という医師として働いています。地域にて、地域住民の健康問題に幅広く対応する医師のことです。日本語で言うなら、家庭医となります。

私がGPを選んだ理由は、私が実践したい医療に近づく上で、病院での医療に限界を感じたとともに、地域での医療に大きな可能性を感じたからです。私が研修医として働いていた病院では、いろいろな患者さんが治療を受けて帰っていくのですが、再び同じ病気で戻ってくる人が多かった。聞いてみるとアルコールを飲み続けていたり、家族と上手くいかずストレスを感じていたり、根本的な問題を抱えているのに、病院ではそうしたことに対応するのが容易ではありませんでした。地域で身近な存在として患者さんに寄り添い、医学的対応だけではなく、社会的、精神的な問題も含め、総合的に対応する存在もいないと、人々の健康と幸福により良く貢献していくことは難しい、とその時痛感しました。地域は、医療の人間的側面をより育みやすい場所であり、私の目指したい医師のイメージにピッタリだったのです。

英国・ヨークシャー地方の国立公園、ヨークシャー・デールズの風景=澤憲明さん撮影

リーズがあるヨークシャー地方というのは、私が生まれ育った北陸のように、水が美味しく、自然が美しい、かつ人々が素朴で優しいところだと感じています。どちらも私の大好きな地方です。現在、私が働いている診療所がある地域は、イギリスの中でも比較的貧しく、ニーズの高い人たちが多いところです。私はこれまでGPとして、一つの診療所で3年間、その後の二年間で約30の診療所で働きました。中には、イギリスのテレビドラマ「ダウントン・アビー」に出てくるような大邸宅で貴族の方々を相手にしたり、裕福な人たちが多い地域で働いたりしたこともありました。しかし、最終的に、GPとして現在の地域に根を下ろす決断をしたのは、「より助けを必要とする人たちに貢献したい」という私の価値観からでした。同じ価値観を共有する仲間に溢れるこの診療所は、私にとって最もやりがいのある職場です。

この連載では、そんな私の日々の仕事の内容を含めた、GPとしての視点からの英国の保健医療制度を紹介していきます。