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「午後に一気読み、記憶に一生」が売り イギリス書店のベストセラー

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:

やっぱり気になるドイツ

ローマ帝国下の紀元前から昨年の総選挙まで、2100年分の歴史を総ざらいしたドイツ史の本『The Shortest Story of Germany』が数週間にわたってベストセラー第1位(ノンフィクション部門)を占めている。大戦直後は「世界の凶悪犯」だったドイツが、今や英米を差し置いて自由世界のリーダーのように振る舞っていることが、見直しの機運を生んでいるのかもしれない。「午後の一気読みで一生記憶に残ります」とはある書店の宣伝文句だが、確かに本書の切り口の新鮮さ・大胆さのおかげで、意外と把握しにくいドイツのかたちを、既成イメージを破壊しつつわしづかみで理解させてくれる。

本書をつらぬくキーワードは「エルベ川」。ローマ執政官のネロ・クラウディウスがゲルマニアに快進撃したものの、エルベ川に達したところで落馬死。この事故を著者は象徴的出来事ととらえる。それから1900年後、西独初の首相アデナウアーは川を渡るたびに「ここからはアジアだ」と言って窓外を見たがらず、かつてのプロイセンが東独領になったことをむしろ喜んだという。ゲルマニアの野蛮人たちはローマによって「西欧化」されたが、それはエルベ川の西側であって、向こう岸は野蛮なままだった。ビスマルクによるドイツ統一とはプロイセンによるドイツ席巻、すなわち蛮族による文明の蹂躙であり、ヒトラーはそこから生まれた鬼っ子、というのが著者の解釈だ。

昨年の総選挙で躍進した右翼政党AfD「ドイツのための選択肢」もDie Linke「左派党」という極左もエルベの東に支持基盤を持つ。東側は好戦的で狭量だからこういう政党が出る、と著者は警告する。西側自由主義への礼賛が色濃い本書は、東西分離以前からあった古層への気づきを促しつつ、大国ドイツを長い歴史のなかで理解させてくれる。

著者は歴史家ではなく小説家。特にカフカ研究者として名高い。実存の不条理に懊悩しホロコーストを予言した、とされるカフカは実は第一次大戦中の1915年、利回り5.5%のオーストリア戦時国債に年収の3分の1をつぎ込んで、元も子も無くしてしまった事実を暴くなど、容赦ない。英独愛憎関係の、もっとこってりした味をお望みの方々には、同じ著者の『Englanders and Huns』をお勧めしたい。

 うるし塗りのような歴史本

John HirstThe Shortest History of Europe

歴史書の第一行目で笑ってしまったのは初めてだ。「結末がどうなるか知りたくて、最後のページをめくりたがるようなあなたなら、この本を楽しめるはず」。若干皮肉っぽく冗談めかした文章だ。超訳すれば、「短気な読者にうってつけの欧州史!」となるだろう。まあ、それはかなり正しい。全部で190数ページという、最近の英米書の水準からいくと薄手の本だが、その第1章「古代・中世ヨーロッパ」と第2章「近代ヨーロッパ」の小計40ページで著者の欧州史講義は終わる。とてもユニークなのは――著者がオーストラリア人であるせいだろう――最後のページをアボリジニーの物語で締めている点だ。欧州史を駆け足で通り過ぎ、明確な見取り図がしっかりと脳裏に刻まれたあと、アボリジニーの物語を借りて説く著者の訓戒はしんみりと心にひびく。

さて、ここまで来ても最後の第10章まで、まだ150ページも残っている。漆器の塗装は何度も何度もうるしを塗り重ねてゆくというが、本書もそれに似ている。残り8章で、著者はもう8度欧州史を振り返るのである。毎回異なったアングル、すなわち第3章「侵略と征服」、第4章「政府の形成」、第6章「皇帝と法王」、第7章「言語」、第8章「庶民」、等々の章題のもとで。

たとえば第8章「庶民」を読むと、めまぐるしく見える欧州史のローマ時代から19世紀初頭まで、いわゆる「第一次産業」に従事していた人口比率は85%から90%のあいだでほぼ変わらないことを再確認させられる。宗教改革があろうと都市の勃興があろうと、農業従事者の生活と技術はほぼ変わらない。であるからこそ、英国18世紀以降の農業革命とそれに続く産業革命が「異様」な現象としてくっきり立ち上がる。そして、何故英国においてのみこうした特異な現象が生じたか、著者はそれを議会制民主主義のたまものだと結論づける。絶対的王権に支配されていた大陸側は、ソ連時代の計画経済のように硬直した経済活動が主流だった、と明晰なコントラストを見せてくれる。

このように間口を広げずに、読者を覚醒させ納得させる材料や観点できびきびと話を引き締める、88層の重ね塗りの手際は見事である。欧州史を考えるときの芯のようなもの、今後詳細な歴史書を読むときに常に立ち返る価値のある基準枠を提供してくれる、きわめて有効なだけでなく、抜群に面白い一冊である。

ところで本書『The Shortest History of Europe』は最初に紹介した『The Shortest History of Germany』とほぼ同じ装丁とタイトル(そして値段も!)で、同じ出版社から出ている。だが、シリーズ物でもなんでもなく、本書の初版は9年前にオーストラリアで出版され、6年前に改訂新版が出た、割と古い本。なぜ今頃ベストセラーにのしあがってきたのかは不明だが、中国では昨年広西大学出版局が翻訳し、すでに30万部を売ったらしい。韓国やベトナムでも評判のようだ。

 危ないユーモアに包んで描く、医療の問題

Adam KayThis Is Going to Hurt

著者はロンドンのインペリアル・カレッジの医学部を卒業し、6年間産婦人科の医師として勤務したあとコメディアンに転職。テレビや映画の脚本も書き、時にはステージでピアノの弾き語りもする。

本書は20048月から201012月までの業務日誌の体裁を取っているが(副題として「若手医師の秘密の日記」とある)、抱腹絶倒の書である。病院でのできごとだから患者の死や不幸が材料になることもある。また黒人看護師を罵ったレイシスト妊婦の帝王切開時、仕返しとして下腹部のイルカの入れ墨部分をわざわざ切開部分に含めてやった、というようなエピソードもある。つまり、かなり危ない種類の笑いが山盛りなわけだが、アマゾンでは1,300以上のレビューのうち90%以上が5つ星という、実質満点評価を得ている。モンティ・パイソン的ブラックユーモアが許容される英国ならではの現象か。と思って参考までに大西洋の向こう側、米国アマゾンを覗いてみるとレビュー数は60しかなく(5つ星はそのうち80%)、案の定、みだら、不謹慎、冒涜という言葉が並ぶ。

とはいえ、本書は笑いのめしだけの本ではない。目下この国で最大の問題になっているNHS(国民健康保険)の矛盾や、過激な自己犠牲を要求されている現在の英国の若手医師の実態を知って、我々読者は笑いのあとに神妙になる。

英国のベストセラー(ペーパーバック・ノンフィクション部門)

5月5日付The Times紙より

 1 The Shortest History of Germany

James Hawes ジェイムズ・ホーズ

英国人小説家が200ページにまとめた畏怖と畏敬のドイツ史

2 BBC Proms 2018: Festival Guide

BBC Prom BBCプロム

毎夏ロンドンで催されるクラシックコンサート、「ザ・プロムス」のガイド

3 This Is Going to Hurt: Secret Diaries of a Junior Doctor

Adam Kay アダム・ケイ

産婦人科医を6年務めたあとコメディアンになった勤務医秘密の日記

4 Why I’m No Longer Talking to White People About Race

Reni Eddo-Lodge レニ・エド・ロッジ

英国社会でレイシズムを語ることに疲れた黒人ジャーリストの告発の書

5 Other Minds: The Octopus and the Evolution of Intelligent Life

Peter Godfrey-Smith ピーター・ゴドフリー・スミス

イカ・タコ類は高度に知的な生物だ。その知性は哺乳類とどう違うのか?

6 Sapiens: A Brief History of Humankind

「サピエンス全史」

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

人類の進歩を奇抜な切り口でさばく刺激的な本

7 Why We Sleep: The New Science of Sleep and Dreams

「睡眠こそ最強の解決策である」

Matthew Walker マシュー・ウォーカー

睡眠の全貌を語る。そのメカニズムから賢い活用法まで

8 The Shortest History of Europe

John Hirst ジョン・ハースト

細部への拘泥を放棄し欧州史の骨格を確実に把握させてくれる珠玉の一冊

9 The Templars

Dan Jones ダン・ジョーンズ

十字軍の時代に欧州を股にかけて活躍したテンプル騎士団の勃興と衰退

10 Playfair Cricket Annual 2018

Ian Marshall イアン・マーシャル

2018年のクリケット・シーズン観戦用ガイドブック