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イギリスのかかりつけ医(GP)受診2週間待ちは本当か

英国のお医者さん 更新日: 公開日:

今回からイギリスの公的保健医療制度(National Health Service、以下NHS)の現場で実際に何が起きているのか、一つひとつ見ていこうと思います。

第13回でも説明した通り、NHSはプライマリ・ケアを基盤とするシステムです。ですので、プライマリ・ケアの現場を紹介することがNHSの全体像へと近づく一つの手だと考えています。今回は、第8回で触れたプライマリ・ケアの特徴の一つである「適切なアクセスの担保」についてお話しします。

疾病構造の変化や高齢化など日本同様、多くのチャレンジに直面しているイギリスですが、ここ10年ほど続く保守党政権の緊縮財政により、医療費は年々プラスながらその伸びがとても低く抑えられてきました。これは実は「医療費抑制の時代」と揶揄される一昔前のサッチャーら保守党政権時よりも低く、NHSはその設立以来、最も厳しい時代を迎えています。その間、生産性の向上に努めてきましたが、深刻な資源不足を指摘する現場の切実な声が強まっており、British Social AttitudesによるNHSの国民満足度調査の結果も2010年時を最高に以降下がってきています。

そうした中で、どのように適切なアクセスを担保しようと試みているのか、紹介していきます。

ネットやSNSなどで見られる日本人によるイギリスGPの情報では、日本と比べてアクセスが悪いというのが定説ですが、その多くは個人の経験を過剰に一般化してしまったり、イメージで語ったりするもので、実態を正確に伝えているものではありません。また、そもそも、文化やシステムが違う不慣れな海外でその国の医療を外国語で受けることは、住み慣れた自国で母国語で受ける医療とは本質的に異なり、簡単ではありません。単純に両者を比較して評価することはできないのです。

イギリスは基本、日常的な健康問題は身近な地域のかかりつけ機関となる診療所が、そして診療科別に特化した外来や入院、救急医療は病院が対応する診療体制を取っています。ここは日本とは大きく違うところです。また、日本では医者にかかる時は「病院に行く」と言うのが一般的だと思いますが、イギリスでは「Going to the doctor」とよく言います。医療機関ではなく医師、そしてその医師をaではなくtheと表現します。要するに、「かかりつけ医に行く」という意味になります。

かかりつけとなる診療所は、自宅から徒歩20-30分以内、車で5-10分以内が一般的です。病院に比べて小さく、自然と顔見知りのスタッフも増えるので、物理的にも精神的にもアクセスのハードルが低い環境となっています。あまり知られていない印象ですが、英語でのコミュニケーションが難しい人には多言語対応の電話通訳サービスが無料で利用可能です。

第12回でも説明しましたが、NHSによるサービスは原則、全額公費で賄われるため、利用者は自己負担ゼロで受けることができ、経済的理由により受診を控える必要はありません。このように、経済的ハードルが低いことはアクセスしやすい医療の不可欠な条件の一つです。処方箋は原則、薬一種類につき9ポンドかかりますが、16歳未満、60 歳以上、妊婦、糖尿病などの慢性疾患を抱える人、生活保護者などニーズの高い人たちは免除になるため、実際は約90%の処方箋が無料で提供されています。

診療所では、利用者の多様なニーズに合わせて、できるだけ多様なサービスを提供するようにしています。一つひとつ簡単に紹介していきます。

1)外来診療

まずは外来診療についてです。これは「予約不要」「要予約」の2つがあります。

例えば、私の診療所では午前中に「予約不要」のウォークイン外来を毎日提供していて、8時から10時までに来院した人たちを順番に診ています。5歳以下や待つのが難しいと感じる人は優先的に診ます。

午後は「要予約」の外来を提供しています。事前に予約する形ですが、当日枠もあり、その日に予約して受診することもできます。対応すべき患者数が予約枠を超えた場合は、グループ診療制の強みを生かした外来免除の当番医が対応します。診察時間は、一人あたり平均10-12分間(通訳サービスを利用する場合や相談事が複数ある場合はその二倍)確保できるように調整します。診療所の受付や電話以外にも、最近ではネットや「NHS App」というスマートフォンのアプリからでも一部予約を受け付けています。

診療所によって外来へのアクセス方法は様々ですが、私が知る限り、待ち時間を短縮し、利用者の負担を減らせる「要予約」のシステムの方が人気があります。また、自己負担ゼロのため窓口での支払いが発生せず、診察後はすぐ帰れるようになっています。

いつ外来にアクセスしたいのか、そのタイミングも人それぞれで、すべての人が「今日診てほしい」と望んでいるわけではありません。GP Patient Surveyの今年の結果を見ると、「いつの予約を希望しましたか」という問いに対する回答は、当日(42%)、翌日(15%)、数日後(21%)、来週以降(4%)、希望なし(16%)、思い出せない(3%)となっています。

また、すべての健康問題が当日診る必要があるものでもありません。私たちの健康問題は風邪やインフルエンザなどの急性的な問題と、高血圧や糖尿病などの慢性的な問題の2つに別れます。急性的な問題は早めの対応が必要ですが、慢性的な問題は余裕を持った対応でも医学的に問題ありません。資源不足もあり、すべての要求に応える余裕はないものの、第12回でも紹介した「ニーズを基盤とする」というNHSの価値観に沿って資源を配分するようにしています。上記調査によると、「実際に予約を取れたのはいつでしたか」という問いに対する回答は、当日(33%)、翌日(10%)、数日後(26%)、来週以降(25%)、思い出せない(6%)という結果でした。希望と実際の結果には若干のギャップがありますが、そこにはこういった背景が関係あるのかもしれません。また、この結果はあくまでも要予約の受診に関しての統計で、ウォークイン外来など予約不要の他のアクセス方法は含まれていません。それらを含めると実際当日にアクセスできている人の割合はこれ以上だと推定されます。

イギリスGPはかかるまでに平均2週間待ちという定説がありますが、上記情報を踏まえるとこれは正しくありません。言説の内容が事実に基づいているかどうかのファクトチェックを行っているイギリスのチャリティー団体Full Factも、こうした主張を支持する信頼性の高いデータは存在しないと主張しています。

2)電話相談

電話相談も提供していて、外来と同様に予約不要と要予約の2つがあります。医療機関に足を運ばなくても相談でき、必要に応じて検査予約や薬剤処方ができるため、特に忙しい働く世代からは人気のサービスです。電話相談は患者だけではなく、家族、病院医師、訪問看護師、ソーシャルワーカーなどGPに相談したい人は誰でも利用できます。

3)在宅医療

在宅医療も毎日行っています。病気や障害などにより通院が困難な人はもちろん、日頃は問題なくてもギックリ腰などの一時的な問題によって通院が難しくなってしまった人など、誰でもニーズに応じてこのサービスを利用できます。

4)リフィル処方

「リフィル処方(repeat medication)」と呼ばれるサービスも提供しています。これは定期薬が切れる度に受診しなくても処方箋を診療所や薬局から受け取れる仕組みです。日本では聞き慣れないかもしれませんが、イギリス以外の多くの国でも見られる一般的なサービスです。例えば、高血圧患者で血圧が安定している場合、一定期間内であれば降圧薬を定期的に複数回受け取ることができます。薬が切れる度に来院する必要はありません。

リフィル処方と聞くと、あたかも画一的で医療者による管理が不足してしまうかもしれないと不安に思う人がいるかもしれませんが、実際は患者のニーズとリスクの程度に応じて、更新頻度や処方量を設定できます。リフィル処方のリクエストを受けるスタッフは専門のトレーニングを受けており、過剰処方を防げる仕組みにもなっています。

5)電子処方箋

電子処方箋(electronic prescription)も提供しています。患者が指定する薬局に診療所が電子処方箋を送信し、そこで処方薬を受け取ることができます。例えば、いつもの薬が切れた場合、処方箋を送信してもらうことで、診療所に行かずに薬局から薬を受け取る事ができます。どの薬局でも指定できるので、例えば休暇中などで遠方に滞在していても利用可能です。保健省によると現在、イギリス国内すべての処方箋の70%がペーパーレスの電子処方箋として処方されています。

6)受付を介したアクセス

簡単な臨時処方(不定期に短期間処方すること)や比較的シンプルな対応は、医療者と直接コンタクトを取らなくても、窓口もしくは電話やemailなどを通して受付に伝えることでアクセスできるようになっています。例えば、私の診療所では「以前処方してもらった痛み止めがほしい」「前もらったステロイド軟膏がほしい」「診断書が切れたから更新してほしい」などの低リスクな相談は、受付からその情報伝達を受けた当番医が電子カルテ上で患者情報をチェックし、問題なければ薬の処方や診断書の更新を行います。これらの殆どは当日対応可能です。

7)オンライン診療

すべての診療所ではありませんが、NHSの枠組みの中で「オンライン診療」を提供するところも増えてきています。例えば、かかりつけ医療機関のホームページ上にあるフォームに相談内容を入力し、送信すると、その内容に応じた適切な対応がなされる「オンライントリアージ」。また、スマートフォンのアプリからビデオチャットで医療者を受診する「ビデオ診察」などがあります。国はすべての患者が2021年4月までにGPによるビデオ診察含むオンライン診療にアクセスできるように整備すべきとの目標を掲げています。

8)24時間365日アクセス

診療所が閉まる平日の夜間や週末・祝日は、各地域の時間外専門サービスへと対応がバトンタッチされるケースが一般的で、GPや看護師などプライマリ・ケアチームによる外来、電話相談、在宅医療などのサービスは24時間年中無休で提供されます。かかりつけの医療機関に電話すると自動的にこのサービスに繋がるようになっています。

こうしたサービスと並行して、「111」と呼ばれるサービスも存在します。何か健康問題に遭遇した場合、セルフケアすべきなのか、医療者に相談すべきなのかなど、何でも相談できるサービスで、これも24時間年中無休で提供されます。

111に電話するとコールセンターにつながり、専門のトレーニングを受けたオペレーターからアドバイスを受けることができます。オペレーターは、各自のニーズに応じて、上記の時間外専門サービスも含めた地域で利用できる適切なサービスへと繋げます。緊急時は「999」に電話します。

以上、少し長くなりましたが、イギリスのプライマリ・ケアにおけるアクセスについてお話ししました。

次回は、「すべての人のあらゆる問題に対応する」ことについてお話しします。