今回は、プライマリ・ケアの特徴の1つである、「すべての人のあらゆる問題に対応すること」についてお話しします。
第13回でも紹介した通り、イギリスでは、まず診療所がかかりつけの医療機関となって、地域住民の相談に乗り、必要に応じて病院など適切なサービスへと繋いでいくのが基本の形となっています。
診療所は、サービス利用者の年齢や性別または社会文化的背景、そして健康問題の種類や程度にかかわらず、健康に関することはどんな相談でも受け入れています。
風邪や胃腸炎などの急性的な問題や、高血圧や糖尿病などの慢性的な問題といったよくある内科的問題以外にも、小児科、産婦人科、皮膚科、精神科、緩和ケアなど幅広く診療科をまたいで診ています。こうしたアプローチを専門的には「非選択的に診る」と言います。
それでは具体例を前回お話しした外来診療、電話相談、在宅医療の3つに分けて、紹介していきます。
外来診療
- 36歳女性 - 数日前から喉が痛くて咳が止まりません。
- 50歳男性 - 職場の健康診断で引っかかってしまいました。どうやら血圧が高いのと血液検査の結果もおかしかったみたいです。
- 生後8ヶ月の赤ちゃん(母親と)- 2日ほど前から急に高い熱が出て、今朝から発疹がポツポツと...。
- 62歳男性 - ここ半年ほど何故か胸が痛くて。
- 32歳女性 - 生理でもないのに血が出るって普通ですか。
- 75歳男性(妻から)- 最近物忘れがひどくて。認知症じゃないですよね。
- 40歳男性 - 最近、夜の機能が衰えてきまして...。
- 14歳女性(母親と) - この子、昨日の学校の授業中に急に倒れちゃったみたいで。
電話相談
- 74歳女性 - また膀胱炎になったみたいです。。
- 35歳男性 - 花粉症がひどくて。出張中なので、近くにある薬局に処方箋を送ってください。
- 28歳女性 - 最近、ストレスを感じているのか、全然眠れません。
- 22歳女性(妊娠中)- つわりが酷くて、薬をもらえますか。
- 26歳女性 - 旅行に行くので生理を遅らせる薬をもらえますか。
- 41歳男性 - 飛行機が怖いので、リラックスできる薬をください。
在宅医療
- 58歳女性 - ぎっくり腰で動けません。
- 72歳男性(妻から) - お腹が痛そうで、尿に血が混ざっています。調子が悪くて歩けなさそうです。
- 83歳男性(訪問看護師から) - 末期癌を患っていて、今朝からずっと吐いています。
- 86歳女性(介護施設から) - 最近体重が落ちています。
このように「非選択的に診ること」の特徴として、医学的な問題だけを診るわけではないという点も挙げられます。予防や健康増進、また心の問題や生活面に近い問題など医学的でない問題も診ます。
- 生後2ヶ月の赤ちゃん(母親と) - 予防接種お願いします。
- 43歳男性 - 最近体重が若干増え気味で..。
- 20代のカップル - 彼が些細なことで怒ってばっかり。
- 7歳児の母親 - 息子がジャンクフードばかり食べる。
- 46歳女性 - 親の介護で困ってます。
- 35歳男性 - ホームレスになりました。
医学的な問題でないなら医療機関が対応する必要などない、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。これに関してはある患者さんのお話をすることでご説明したいと思います。
ある男性から私が電話相談を受けた時のお話です。開口一番「テレビが壊れた。直してくれ」と言われました。始めは一種のジョークかな?と思いましたが、すぐにこれは本気だ、と気づきました。私は彼のことをよく知っていました。70歳高齢、一人暮らし、足腰が弱くて外には出ない。家族や友達もなく、孤立している人でした。そんな彼がすることといえば、一日中テレビを見ること。ですので、そのテレビが壊れたことの彼にとっての意味を私は理解できました。だから「それは大変。今日のお昼に伺います」と答え、彼の家に行くことにしました。テレビは実際に壊れていて、私は電源を入れ直したり、バンバン叩いてみましたが、当然ですが直りません。「大丈夫。僕はテレビに関しては素人だけど修理できる人を知ってる」と伝え、電気屋を手配し、テレビを直してもらいました。
このエピソードから私がお伝えしたいのは、家庭医の専門性は、特定の臓器や疾患ではなく、「人」にフォーカスすることであり、その人自身が何を問題と感じているかに応えることが重要であるということです。患者の訴えが医学的か、非医学的かという境界線は重要ではありません。実際、不健康の本質的な原因の多くは医療の外にあります。
社会と医療との接点をできるだけ大きく取るこのような包括的な対応は、プライマリ・ケアの大きな特徴の1つです。
また、一度に1つの問題だけを診ているわけでもありません。腰痛によってうつ病が悪化した患者、乳幼児検診と共に避妊相談をしたい母親、介護疲れの娘と住む肺炎の疑いありの認知症患者など、一度に複数の健康問題や複数の人を診たりしています。
さらには、例えば、狭心症患者でありながら、うつ病でアルコール依存、児童虐待の過去を持ち複雑な家庭環境の上、無職で生活保護であるというような、複雑な問題を抱えるニーズの高い人たちにも対応しています。実は、私たちはこうした集団に多くの時間とエネルギーを割いています。
もちろん、これら問題の全てを医師1人で診ているわけではなく、多職種協働のチームとして対応しています。また、必要に応じて、病院の支援も必要とします。けれども、こうした体制があることによって、イギリスでは、プライマリ・ケアで健康問題の90%に対応できています。
病院や診療科別の専門医に頼らずに健康問題の9割に対応すると聞くとビックリなさる人がいるかもしれません。本当に診れるの?って思っちゃいますよね。
このような対応が現実的に可能である理由は2つあります。1つ目は、この世に存在する病気の数はとても多くあり、実際、国際疾病分類には7万ほどの診断名が存在しますが、現実に起こるのはよくある病気が殆どで、その数は限られているということ。2つ目は、効果的に治療可能な重大な病気の数も限られているということです。
例えば、イギリスのプライマリ・ケアに特化した臨床ガイドラインClinical Knowledge Summariesには執筆時現在、約370の健康問題や疾患が記載されています。少なくともこれくらい把握していれば、9割の問題に安全かつ効果的に対応することが可能になるのです。決してスーパードクターである必要はありません。
加えて、第6回でもお話ししましたが、リスクが高い集団を診る病院とリスクが低い集団を診る病院の外の環境とでは、検査の信憑性の違いもあり、求められる臨床アプローチが本質的に異なります。地域というリスクが低い環境では「この症状の原因は何か」と可能性を追求するやり方ではなく、「この症状で見落としてはいけないものは何か」というリスクを管理するやり方がより適切になってきます。このように地域という環境に適したアプローチを取ることによってより安全な医療の提供に努めています。
患者が訴える症状の原因は、必ずしも1つの診療科の病気に限定されることではありません。どのような症状や健康問題、もしくは状況がリスクの高いものとなりうるのか、ということを診療科の隔たりなく把握し、それらに適切に対応できる総合的な能力がかかりつけ医には欠かせません。
以上になります。
次回は多職種協働の実際についてお話しします。