「Old age and poverty, ain’t it?」
― 高齢と貧困かい?
私が診ている患者さんの多くは高齢者の方々です。そして、これは、診察の最中、彼らがたびたびジョーク紛れに、でも半分真剣に、時にはどこか少し諦めたように、自分たちに起きている健康問題の原因について聞いてくる際の言葉です。
「Not everything」
― すべてがそうではないですよ。
私はいつも返事に困りますが、多くの場合、1、2秒考えてからこう言います。こういったケースの殆どでは、正直あたっているので否定もできず、でも自分でコントロールできることにも原因があるのも事実。どうすれば、正直に、かつポジティブに答えることができるのか、考えていたった言葉です。
私はこれを聞く度に、患者さんは自分たちの病気や健康上の問題の本質的な原因を自分たちの肌で感じ取っている、という思いがします。実際、患者さんのこうした考えを裏付けるデータがこれまでに多く出てきています。
ただ、医療の本質的な問題はこれだけではなく、他にも多くあると言われています。そして、それらはイギリスだけのものではなく、グローバルな問題でもあるのです。
そして現在、それらに対し、いろいろな対応策が打ち出されています。中でもある一つの対応策に注目が集まっていて、それに向かって多くの国は急ピッチに動き始めています。
それについてお話しする前に、まず、イギリスを含め世界の多くの国が抱える共通の課題について紹介していきます。
(1)人口の高齢化
日本だけではなく、世界でも高齢化が進行しています。世界人口に占める60歳以上の人の割合は2050年には現在の2倍の約20%へと上昇し、同時に、医療・介護のニーズも急速に増加していくと見込まれています。
(2)食生活やライフスタイルの変化
偏った食事、運動不足、飲酒、喫煙、肥満、孤独など、私たちの日々の生活がこれまで考えられてきた以上に私たちの健康に大きな影響を与えるということが明らかになってきています。訴えられる健康問題の医学的対応のみではなく、その土壌となっている人々の生活背景にまで気を配ることの重要性が高まっています。
(3)都市部への人口集中と広がる格差
都市部へ人口が集中しています。現在、都市部で暮らしている人の数は世界人口の半分以上、これからさらにこの割合は増していくと予想されています。もちろん都会に住むことで利便性が上がる、雇用機会が増えるなど数多くの利点がありますが、その一方、狭くコストの高い住居、通勤ラッシュ、ストレス、生活習慣がより不健康になりやすい、などといった別の側面もあります。
また、うつ病や不安障害などの精神的な問題や、片親家庭、虐待、ホームレスなどの社会的な状況・問題は、都市部でより頻繁に発生すると言われています。加えて、所得や教育水準など、多様な格差が都市部にはより大きく存在し、この格差が知らず知らずのうちに同じ社会で暮らす私たち全員の健康に悪影響を与えていること、そして希薄化する人間関係により、地域社会の結びつきが弱くなり、結果、社会が不安定になっているとも指摘されています。
(4)疾病構造の変化
多くの国では、疾病構造が、感染症中心から慢性疾患中心へと大幅に変化しています。かつては多くの人が結核や赤痢などの感染症で苦しんでいましたが、現在は経済成長に伴う生活水準・衛生環境の改善や、医療の発達により、これら感染症で命を落とす人は激減しました。逆に現代では、糖尿病、心臓疾患、うつ病など、慢性的な問題を抱える人が急激に増えています。高度に発展した医学の力を持ってしても、こうした問題の完治は難しいのが現状です。
(5)複数の慢性疾患や複雑な健康問題を抱える人の増加
人口の高齢化や疾病構造などの変化に伴い、一つ以上の慢性的な病気を複合的に抱える人や複雑な健康問題を抱える人が増えています。そうした人たちの多くは複数の身体的問題に総合的に対応することはもちろん、精神的なケアや、介護や福祉などの社会的支援といったトータルなケアを必要とします。一つひとつの問題を別々に診るのではなく、人をまるごと診るという視点やスキルの重要性が高まっています。
(6)予防医療や地域全体を診る視点の高まり
医療で対応しにくい病気にかかる前に、予防していくことの大切さにも注目が集まっていて、「治療から予防へ」と保健医療サービスの重点がシフトしています。
その中で、自分から健康診断に行くような健康意識の高い人だけではなく、あまりそういったことを気にしない、出来ない人たちも対象に入れた、地域全体への健康増進の重要性が高まっています。
以上、世界の多くの国が直面しているチャレンジについてお話いたしました。次回は現代医療の知られざる側面についてお話します。