人類が感染した最古のウイルスのDNAが確認され、実験室でこれを再構成することにも成功した。
B型肝炎の系統に属するウイルスで、二つの研究チームが個別にいくつもの古い人骨を調べたところ、計15体からそのDNAが見つかった。最も古い骨は、7千年前に現在のドイツで暮らしていた農民のものだった。
それまでは、ヒトの遺骨から発見された最も古いウイルスのDNAは、450年前のものでしかなかった。今回は年代を大幅にさかのぼっており、B型肝炎ウイルス(以下HBV)の進化の過程を解き明かす手がかりをつかめるかもしれないとの期待も出ている。B型肝炎は肝臓がんに進行する危険性もあり、現在、世界中で2億5700万人もが感染していると推定されている。「人類にとって最もこわい病原体の一つだが、その理解が飛躍的に深まる節目にもなりうる」と豪シドニー大学のウイルス学者エドワード・C・ホームズは今回の発見の意義を説明する。
二つの研究チームの一つを率いたのは、デンマークのコペンハーゲン大学の遺伝学者エシュケ・ウィラースレフだ。先史時代を解明する手法として、遺骨のDNA解析を導入するという画期的な功績をあげたことで知られている。歯や遺骨の一部を粉末にするなどして遺伝物質の断片を抽出。遺体のすべてのDNAを再構成できた事例もいくつかあった。こうした作業を重ねて分かったのは、ヒト以外の遺伝子も含まれていることだった。
ウィラースレフらの研究チームは、欧州とアジアで発掘された青銅器時代の遺骨を調べ、2015年には腺ペストを引き起こすペスト菌のDNAを見つけた。さらに、数百の古代の遺骨から集めた遺伝子の解析を進めるために、英ケンブリッジ大学の病原体進化研究センターに生の遺伝子データを送った。
「これが、まさに宝の山だった」とセンターの若手研究員で、今回の古代のHBVについての論文をまとめた執筆者の一人、バーバラ・ミューレマンは振り返る。
送られてきたのは、今から200~7100年前に生きていた304人の遺骨から集めた1140億ものDNAの断片データだった。ほとんどは、さして関心を呼ぶものではなかった。
ところが、12体の遺骨は違った。ごくわずかだが、ウイルス由来のDNAの断片が含まれていたからだ。さらに詳しく調べると、遺骨はみな同じウイルスに感染していたことを示していた。HBVだった。
HBVは、現在では人類への重大な脅威になっている。血液や唾液(だえき)に潜み、妊婦から胎児に感染し、性行為や注射針の使いまわしでうつる。B型肝炎が慢性化すれば、肝臓がんに進むこともある。世界保健機関の推計では年間88万7千人が死亡している。しかし、どうしてこれだけ世界中に広まったのかは、大きな謎だった。
インフルエンザのように、空気感染もし、トリやブタにもうつる場合は、数週間で世界的な流行になることもある。しかし、B型肝炎は人間同士の密な接触で感染するので、こうした広がり方はありえない。
韓国では1600年代の終わりのミイラ化した遺体の調査でHBVのDNAが2012年に見つかっている。今日、アジアで見られるHBVと同じ系統のウイルスだった。 18年1月には、450年前のイタリアのミイラ化した遺体からHBVのDNAが発見された。今でも地中海地域に存在するタイプだった。
これに対して、200~7100年前の検体を調べていたケンブリッジ大の研究センターで見つかったHBVは、820~4500年前のものだった。その研究論文は、英総合学術誌ネイチャー(訳注=18年5月9日付)に掲載されており、B型肝炎は早ければ青銅器時代には欧州からアジアにかけて広まっていたとしている。
「人類がいかに古くからこの病魔に苦しめられてきたのかという事実に、まったく新しい光をあててくれた」と古代のDNAを研究しているカナダ・マクマスター大学のヘンドリック・ポイナーはこの論文を評価する。
一方、ドイツ・イエナにあるマックス・プランク人類史学研究所の専門家も古い遺骨からDNAを収集し、B型肝炎の存在を疑うようになっていた。
ヨハネス・クラウゼを含むこちらの研究チームは、現在のドイツにいた古代の53人の遺骨の歯からDNAを抽出して調べてみた。すると、3人がB型肝炎を患っていた。1人は1千年ほど前に、もう1人は5300年前に生きていた。3人目は7千年前で、トルコ経由で入ってきた欧州の最初の農耕民族に属していた。
クラウゼが驚いたのは、見つかったHBVのDNAの多さだった。3人とも、B型肝炎末期の深刻な感染状況にあり、それが死因にもなったと見ることができると言う。こちらの研究論文も18年5月上旬に、ネットで公開された。
二つの研究チームが個別に古代人のB型肝炎感染を明らかにし、現在ではもう存在しないタイプのHBVを見つけたことについて、クラウゼは「この病気がすでにかなり広まっていたことを示しているのではないか」と推論する。
今回の二つの論文をあわせ読むと、いくつかの疑問が新たに浮かび上がる。その一つは、HBVはそもそもどのようにして現れたのかということだ。
クラウゼらが発見した石器時代のHBVは、今日ではチンパンジーやゴリラでしか見られないタイプと似ていることが分かった。そこから考えられるのは、人類の祖先がまだアフリカにいたときに、類人猿から感染したことだ。「人類を苦しめる病原体として、10万年以上も前から存在した可能性が高い」とクラウゼは見る。
クラウゼの研究チームは今、ネアンデルタール人(訳注=約40万年前に出現したと見られる)の化石からHBVを抽出することを試みている。他のウイルスが見つかることもありうるだろう、有力なのは天然痘だ。
ネイチャー論文の研究チームの一人も、新たな取り組みを始めた。もはや存在しなくなったHBVを安全性の確保された実験室で再構成することだ。ドイツの肝炎研究機関の分子ウイルス学者ディーター・グレーベは、古代人の遺骨から見つかったウイルスの遺伝子を含むDNA分子をつくるところまできている。そのDNAをヒトの細胞に移せば、古代人が患ったHBVが何千年か後に初めて復活することになる。
グレーベが青銅器時代のHBVを復活させて調べたいのは、現代のHBVとの違いだ。昔のウイルスを詳しく研究し、進化の過程を解明できれば、今のウイルスがこれからどうなるのかの手がかりを得られるかもしれない。
「過去をつぶさに見ることで、未来を予測することができる」とグレーベは言う。(抄訳)
(Carl Zimmer)©2018 The New York Times
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