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新型コロナは静かにそして突然やってきた 現場の医師が伝えるイギリスを変えた1週間

英国のお医者さん

それは2020年3月18日朝、私が働く地域の医療者を対象とするWhatsApp(メッセージアプリ)グループに1つのコメントが投稿されたことから始まりました。

Two deaths and one on ventilator.

近隣の病院で新型コロナウィルスにより2人の患者が亡くなり、1人は人工呼吸器に繋がれたとのこと。

数分後、別の人がコメントを残しました。

It begins...

私たちの地域で新型コロナウィルスの感染者が初めて確認されたのはそのほんの数日前、こうした死亡者や重症者の報告は初めてでした。その1週間ほど前から緊張感が高まってはいましたが、これを読み、私の周りの空気がピリッと張り詰めたように感じました。いよいよか...。

私たちの新型コロナウィルスとの戦いは静かに、
そして突然やってきました。

イギリスを変えた1週間

数週間前までイギリスは、少なくとも私の目には比較的落ち着いて見えました。中国で始まった新型コロナウィルスが欧州にも飛び火し、イタリアを中心に感染が急速に拡大、死亡者が増加しているとのニュースが連日テレビを騒がせてはいましたが、イギリスはまだ報告された感染者数、死亡者数ともに少なかったからです。国の対策通り、感染者の早期発見、隔離、感染経路の解明など感染の封じ込めに努めていましたが、私たちの日常には特段大きな影響はなく、いつも通りの生活を送っていました。

しかし、3月12日夕方に行われたボリス・ジョンソン首相の演説でそうした状況は一変しました。丁度そのライブ中継を、私は7ヶ月の息子を抱きながら家のテレビで見ていました。その要約は以下のようなものでした。



ここまでできることはやってきました。おかげで時間を稼ぐことができた。しかし、いよいよパンデミックになり、イギリスでも今後感染者が増えていきます。季節性インフルエンザとは異なり、私たちはこの新しい感染症に免疫を持っておらず、とても厄介です。正直に言います。今後さらに多くの家族が愛する人を失うことになるでしょう。

しかし、私たちには戦略があります。今まで行ってきた第1段階の「封じ込め」から、第2段階の「遅延」に移行する時期がやってきました。いくつかの対策があります。重要なのは、感染リスクが最も高まり、NHS(イギリスの公的保健医療制度National Health Service)に最も大きな負担がかかる流行のピーク時に、リスクの高い人たちをこのウィルスから守ることです。

科学的根拠に基づき、必要なことを適切なタイミングで行っていきます。まず明日から咳もしくは熱などの症状のある人(以下、症状のある人)は1週間自宅待機してください。



続いて、政府に科学的助言を提供している主席科学顧問パトリック・ヴァランス氏と、主席医務官のクリス・ウィッティー教授が続きます。



私たちは今、流行の初期段階にいます。今後目指すのは、流行のピークを遅らせ、抑え込むことです。ピークを抑え込むことで一度に医療を必要とする人の数が減り、ピークを遅らせることでNHSの負担が減少する夏にピークを持ってくることができます。それに、一般的に夏になると感染力は弱まってくる傾向にあります。

すべての人を感染から守ることは不可能ですし、望ましいことでもありません。なぜなら集団としての免疫を獲得できないからです。これは今後、このウィルスから社会を守るために必要なものです。

そのための3つの重要な対策があります。それは、1)症状のある人の自宅待機、2)症状のある人の世帯の自宅待機、3)高齢者や基礎疾患を持つ人などリスクの高い人の自宅待機です。他にもありますが、これらが一番効果があります。

まずは先ほど発表したように、症状のある人の自宅待機から始めます。世帯の自宅待機はまだ行いません。これを流行初期にやっても症状を持つ人が実際に新型コロナウィルスに感染している可能性は極めて低いからです。リスクの高い人の自宅待機も今の時点では行いません。孤立や他の影響があるからです。

休校もまだ行いません。感染の広がりを抑えることはできますが、子供はかかっても軽症ですし、休校の社会的影響が大きいためです。また、実施するとなると13週間から16週間以上しないと効果は期待できないため正当化できるだけの理由が必要です。

早すぎる介入は皆を疲れさせ、効果が最も望まれる時にその効果が減少してしまうので、実施のタイミングが重要です。

最悪のパターンで80%の人口が感染し、死亡率は1%以下と予想しています。



私はこの会見を見てとてもショックを受けました。これは大変なことになる。

この1時間後、私は息子の粉ミルクが切れることに気づき、すぐに近所のスーパーに行きましたが、すでにいくつかの生活必需品は殆ど売り切れていました。どこかで落ちたのか、やや歪んだ形をした粉ミルク缶を一番下の棚の奥の方に1つだけ見つけ、手に取りました。最後の1つを買う罪悪感を覚えつつ、これであと数週間は大丈夫と思うとホッとしました。

ほぼ空っぽのスーパーの棚(澤憲明撮影)

翌日には演説の内容が大きなニュースになり、イギリスはパニックに陥りました。スーパーに一斉に人が駆け込み、棚は1日もしないうちに空っぽになりました。

なぜロックダウンしないんだ!人を見殺しにしている!など政府のやり方が不十分ではないかとの声がメディアを騒がし、一部の科学者は国の作戦の科学的根拠(エビデンス)の提示を政府に求めました。

そうした状況の中、パトリック・ヴァランス氏が政府の作戦の理由を説明していきます。



完全なロックダウンをすれば数ヶ月は流行を抑えることはできるかもしれない。けれども、これまでの研究によると、それを止めるとまた流行が戻ってくる。だから、第2波が来ないように、そもそも不可能な封じ込めは行わず、逆にリスクの低い人たちが多く感染し、人口の60%ほどが感染することによって集団免疫を獲得し、それがみんなを守ってくれる戦略を取る。



しかし、それから1週間の間に状況はさらに変わりました。

16日、ボリス・ジョンソン首相は施行予定としていた、症状のある人の世帯の自宅待機、高齢者などリスクの高い人の自宅待機に加え、全国民に対し不要不急な外出自粛、可能な限りの在宅勤務の推進を一気に発表しました。続いて20日には休校、そして23日には「緊急事態」が宣言されました。

社会的距離政策(社会で全市民が互いに最低2メートルの距離を置くこと)が施行され、外出は1日1回の運動、必要不可欠な活動以外は自粛となり、3週間のロックダウンが始まりました。

人がまばらなリーズの市営公園ラウンドヘイ・パーク(澤憲明撮影)

政府を動かしたインペリアル・カレッジ・ロンドン研究者チームの論文

こうした政府の対応の急激な変化の裏側には、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者チームから発信された1つの論文の影響があったようです。

それによると、私たちにできる対策は「緩和政策」と「抑圧政策」の2つ。

緩和政策は、感染の拡大を遅らせる対策で(政府が始めの会見で言及した3つの対策がこれに当てはまる)、それらにより医療需要のピークを2/3、死亡者を半分まで減らすことができるかもしれないが、これだけでは不十分で、集中治療や一般病棟の需要が受け入れ可能な数の8倍まで上昇し、NHSは圧倒され、約25万人が亡くなると予想される。

これに対し、さらなる対策として抑圧政策が必要である。これは流行のプラス成長をマイナスに逆転させ、感染者数を低レベルにまで下げ、その状況を無期限維持すること。これには全市民の社会的距離政策が必要であり、これに休校を追加実施することでさらに効果的となる。

問題は、これを緩和するとすぐに流行の第2波が来るため、ワクチンが開発されるまで、この状況を少なくとも断続的に18ヶ月もしくはそれ以上維持する必要があるかもしれず、この社会・経済的影響は計り知れない。

しかし、多くの国はこうした対策をすでに実施しており、イギリスのような流行の早い段階にいる国も直ちにこれを実施すべきである。

との衝撃の内容でした。

緊急時の医療提供体制への転換

この一週間の間に、国から私の診療所に1つの手紙が届きました。内容は以下のようなものでした。



新型コロナウィルスに対応可能な医療提供体制へと抜本的な転換をはかるべく、以下の方針で動いてください。

1)入院・集中治療のキャパシティを最大化する

不急な入院手術の延期、退院可能な患者の早期退院、独立病院の活用などにより、集中治療・一般病棟のベッド数を30,000増やす(通常時の集中治療ベッド数の約8倍)。

2)呼吸補助を必要とする大量の入院患者に備える

必要となる酸素、人工呼吸器、PPE(個人用防御具)を確保し、呼吸管理に対するスタッフの再教育を通し、呼吸補助を必要とする入院患者に備える。

3)スタッフを支援し、労働力を最大化する

自宅待機を必要とするスタッフに対する検査、テレワークの推進、電話・ビデオ診察の活用、ここ3年以内に退職したスタッフの復職、医学生・看護学生の動員、通常の専門業務を超える医療行為など、スタッフを支援し、労働力を最大化する。

4)政府の社会に対する新型コロナ対策を強化する

社会隔離を必要とする最もリスクの高い集団を支援する、電話・ビデオ・Email・SMSなどの遠隔診療を推進する、対面診察を提供する医療機関を地域単位で検討の上で限定する。

5)医療機関の負担を緩和する

外部監査の中止、規制緩和のための法改正、通常通りの診療報酬の保証、国による追加必要経費の負担



この大規模な医療対策に加えて、過去最大の緊急経済対策としてGDP(国内総生産)の15%にあたる総額3500億ポンド(約47兆円)の投資も平行して実施することも発表されました。ひと月あたり2500ポンド(約33万円)を上限に、休業を余儀なくされる従業員や個人事業主の通常収入の8割を国が補償、納税期限の延期、住宅ローン支払い延期などがあります。

対面診察から電話・オンライン診療のトータルトリアージへ

こうした緊急対策を受け、プライマリ・ケアの現場も大きく変わり、患者と医療者の感染リスクを最小化するため、現在アクセス方法を「トータルトリアージ」に変更しています。

これにより私の診療所でも、これまで行っていた予約不要のウォークイン外来や要予約の外来(第15回参照)を止め、まずは電話で相談してもらうという形に切り替えました。もちろん時には目で確認する必要がありますが、その際もできるだけ接触を避けるため、ビデオ診察を導入しました。どうしても対面診察を必要とする場合はPPE(個人用防護具)を装着の上で診察しています。

これにより、現在は電話相談のみで大部分の問題に対応しています。第6回でも説明しましたが、検査や身体診察は診断を下す上でのジグソーパズルの一部のピースに過ぎません。それ以上に、患者自身の基礎情報や症状、また病院とは異なる低リスクな環境であるプライマリ・ケアにおける疾病構造を把握することが欠かせません。これは専門的に「臨床推論」といいますが、私たちGPはこれを頭の中でフル活動させて診断しています。普段の診察より少し時間がかかりますが、思ったよりも多くの問題が問診のみで解決できていて、驚いています。

定期薬の処方はリフィル処方(第15回参照)で対応し、全ての処方箋は電子処方箋として患者指定の薬局に送信しています。診断書は診療所側でスキャンし、それを患者もしくは勤務先のメールアドレスに送ります。こうした取り組みも感染リスクを最小化するためです。

症状のある人の自宅待機や症状のある人の世帯の自宅待機の際に診断書が求められる場合は、NHS111(第15回参照)の新型コロナウィルス専門のウェブサイトの質問事項を記入することで、患者指定のメールアドレスに送られるようになっています。

また、スタッフの中にも自宅待機によって職場に来れない人もいます。こうした場合は、セキュリティが担保された仕事用のノートパソコンから電子カルテにアクセスし、電話相談やビデオ診察などテレワークを行っています。対面診察はできませんが、これを必要とする状況は稀で、労働力の目立った低下は今のところ見られません。

こうしたリモートワークを支援するため、国はNHSメールアドレス保持者に対し、マイクロソフトが提供するコミュニケーションツール「Microsoft Teams」の無償提供も始めました。私の診療所でも、これを早速導入し、毎朝チームでビデオ会議を行ったり、情報共有しています。この際でも社会的距離を保つため、出勤しているスタッフであってもその多くは各自の部屋から参加します。

オンライントリアージ(第15回参照)の導入も急ピッチで進んでいます。私の診療所でも近々使用開始する予定です。

同じ地域の診療所同士でも連携して、新たな役割分担を進めています。咳や熱などの症状がある患者は、同地域にある1つの診療所を「レッドゾーン」とし、診療所群で任意参加のローテーションを組み、診察する体制を整えています。私の診療所からも毎週誰かが出向き、PPEを装着して診察にあたります。年齢や基礎疾患の有無によってリスクを判断し、リスクの高い人は引き続き診療所で勤務し、リスクの低い人がレッドゾーンに行きます。

リスクの最も高い人たちを新型コロナウィルスから守るため、そうした人たちの同定も進めています。臓器移植後、抗がん剤や免疫抑制剤投与中、重度の肺疾患など、感染による死亡リスクが最も高いと考えられる人たちが、国の試算によると全国に約150万人いるとされ、この人たちに国から必要なアドバイスを記載した手紙を送るようにしています。また、これ以外にも、診療所や病院が、例えば重度ではないもの中等度の基礎疾患を複合的に抱えてる人などリスクが高いと考えられる患者群を同定し、外出禁止など徹底的に人との接触を避けるシールディング(shielding)と呼ばれる強固な隔離対応を少なくとも12週間行うようにお願いします。

自宅待機を促すメッセージを流す道路上の電光掲示板(澤憲明撮影)

こうした場合、誰かの助けなしに生活することが難しくなるのですが、そうした状況の方々の代わりに買い物をしたり、薬を届けたるするボランティアの活動も盛んに行われており、もうすでに全国で75万人以上の応募者がいるようです。私の妻も参加しています。

また、緊急対応の必要な疾患や癌などの重大な病気を、この新型コロナウィルスの対応と並行して今まで同様に対応していくために、そのほかの緊急性の低いルーチンのサービスは延期し、受け入れ患者のキャパシティをできるだけ上げるようにしています。例えば、診療所では、避妊コイルの挿入などは延期し、その間にピルの処方に変更する、定期的な血液検査が必要なワーファリン(血液をサラサラにする薬)を飲んでいる人はできるだけその必要がない薬へ変更していく、などしています。

同様に、不必要な入院を避けるため、介護施設などに連絡を取り、DNAR(蘇生措置拒否)やACP(アドバンスド・ケア・プラニング)の確認を進めています。

また、「NHSナイチンゲール病院」と呼ばれる新型コロナウィルス感染の重症患者を受け入れるための最大4000床規模の仮設病院がロンドンオリンピックにも使われたコンベンションセンターExCelに作られ、最近オープンしました。こうした仮設病院の開設は全国に広まっており、私の地域のハロゲートという街でもコンベンションセンターに500床規模の仮設病院を準備中で、あと一週間以内にオープンの予定です。

期待される抗体検査の拡大

先程言及したインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームによる論文に相違を訴える研究がオックスフォード大学から出ています。

それによると、イギリスにおける新型コロナウィルス感染は実は1月頃から始まっており、もうすでに国民の半数以上が感染しているとのこと。よって、最終的な死亡者の数は予測されているほど多くはならないというものです。

しかし、これは1つの仮説であり、実証される必要があります。そのためにはどれくらいの人が実際に感染したのかを正確に把握することが必要です。

それを知るための検査を「抗体検査」といい、イギリスはこれを今後大規模に実施していく予定です。まずは医療者を対象に行い、一般市民にも広げていく予定です。

これを進めていけば、この研究が正しいかどうかがわかることに加え、今実施している抑圧政策の今後の方向性を決める羅針盤となりうるとても重要な検査です。

路上の所々で見つけるNHSスタッフに対する応援メッセージ(澤憲明撮影)

以上になります。

執筆時現在、イギリスで今日に新たに報告された死亡者数は938人、合計で7097人にのぼります。今後にさらに多くの家族が愛する人を失うことになるというボリス・ジョンソン首相の言葉が頭をよぎります。

国はこの新型コロナウィルスによる死亡者数を最終的に2万人以下に維持できれば上々だとしています。国内で他の地域よりも感染状況が進んでいるロンドンでは、政府の情報によると、もう既に4000人以上の新型コロナウィルス患者が入院しており、一部地域ではベッドの数が不足しつつあるとの報道もありますが、全体としてのキャパシティはまだ余裕があるそうです。しかし、エリザベス女王の異例のスピーチ、その直後にボリス・ジョンソン首相自身がロンドンのNHS病院の集中治療室に入ったニュースが流れるなど予断を許さない状況です。私たちはこの困難を乗り切ることができるのか。感染のピークはまだ見えていません。