父が亡くなったので、2月後半に予定になかった一時帰国をしました。もうすでに日本はコロナウィルス対策のため、安倍首相が学校を春休みまで休校とすることを要請した時期で、ここ15年こんなに人が少ない空港を見たことないくらいガラガラの成田空港に降り立ちました。パリ経由で帰りましたが、ウィルス感染者が多数報告されていたフランスの空港では体温を測ることも、どこから来たか聞かれることもありませんでした。成田でも、中国に滞在した人は申し出てください、というメッセージはありましたが、体温を測った実感もなく入国できたので「あれ?この時期にこんなにさらっと入国できてしまうんだ」と逆に驚きました。
日本帰国の直前にあった西アフリカの出張では、行きに経由したガーナでも、出張先のシエラレオネでも、帰りによったトーゴでも、過去14日間に滞在した国を聞かれ、飛行機から到着すると、マスクをし、白衣を着た医療関係者が到着した乗客の体温を測っていました。セネガルに帰国したときには「咳、発熱などの風邪の症状が出たコロナウィルス当該国から帰国者の方は以下の番号に電話してください。治療費は無料です」というカードが渡されました。2013年に起きたエボラ出血熱での経験が生きているのでしょうか、とてもシステマティックにウィルス感染の可能性がある入国者を見つけようという姿勢を感じました。
今週、世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長が新型コロナウィルス感染症を「パンデミック」(世界的大流行)と表明し、数週間前にはまだ下火であったイタリアやフランスでもたくさんの感染者が報告されています。セネガルでも3月15日の時点で21人の感染者が確認されています。私の所属する国連世界食糧計画の本部は感染者が一万人以上確認されたイタリアにあり、政府が薬局と食料品店以外は閉鎖と決めたこともあり、本部の事務所は今週から4月3日まで最低限のスタッフが出勤し、あとは在宅勤務となりました。
セネガルは私が日本にいた3月第1週の時点ではまだ4人しか公式には感染者が確認されてはいなかったものの、アフリカでも、エジプトやアルジェリアをはじめコロナの感染者数が倍増し、「一旦感染者が見つかったら爆発的に広がっていくのでは」とコロナへの警戒レベルが高まってきていた時期でした。3月9日にダカールに戻っては来ましたが、娘は学校から2週間は自宅待機させるよう指示がきて、私も在宅で仕事をすることになりました。火曜日と木曜日にはミュンヘンにいるチームと、南アフリカ、サントメプリンシペ、コートジボアールの同僚とともにオンラインのワークショップに参加し午後は溜まっていた仕事を仕上げています。
娘は幼稚園や習い事に行けなくて退屈そうですが、普段やれないひらがな強化週間にしたり、たまたま休暇で家にいる父親とガーデニングをしたりして2週間乗り切らせる予定です。周りのママ友らとアイデアを交換し、インターネットで公開されている教材等も使って有意義に乗り切ろう!と思っています(なかなか机に向かって勉強させるのは難しいですけれど)。
そんなことを考えていたら感染者が一気に5倍に増えた3月15日にセネガルでも大統領令で一か月間の学校閉鎖が通告されました。国境を(自国民とレジデンス以外に)閉鎖する国や、国際便を一時停止にする航空会社も出てきて、3週間休暇中の夫も勤務国に戻れなくなりました。在宅勤務の私、在宅学習の娘、仕事に戻れない夫、と予期せぬ家族の時間が増えたのは不幸中の幸いです。
コロナのせいで社会が混乱し、経済的にも大きな打撃を受けていますが、混乱があることで逆に今まで現実に考えられてこなかった在宅勤務が可能になったり、それによって無駄にエネルギーを消費する渋滞や満員電車を回避できたり、実はそこまで重要度の高くなかった会議や出張がなくなったり、家族と一緒に過ごす時間が増えたり、社会全体から無駄をそぎ落とせたり、大切なものを再確認できるのは「けがの功名」でしょうか。ホリデーになったわけではないので、家で仕事をしていても家事に時間を取られすぎたり、逆になし崩しに仕事をしないように、「自己コントロール」は必要になりますが、雨降って、地固まることを祈りつつ、この世界的危機を乗り越えていこうと思っています。
多くのものや人が昔に比べて簡単に国境を越えられるようになった現代に、ウィルスや社会問題も世界規模で加速し広がっていくのだという怖さを今、身をもって感じています。途上国だけの問題ではない感染症、私たちの今までの行動や習慣を振り返り、前例のない危機を私たちが一歩成長する機会に変えていければ、と思っています。