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医療だけじゃ足りない!病気を治す医療から生活を支えるケアへ

英国のお医者さん

今回はプライマリ・ケアの特徴(第8回)の一つである「必要なケアを様々な職種・機関と連携し、ケア全体を調整する責任を持つ」ということについてのお話です。

ここでいうケアという言葉は、一般的によく思いつく、「介護」「世話」といった狭義の意味ではなく、「人々の健康やウェルビーイングのために必要なもの」を意味するとても広い概念です。ですので、ここには、予防や医療はもちろんのこと、それ以外にも生活を支えるための様々なサービスが含まれます。

今回はこうしたケアを人々に届けるためのイギリスでの取り組みを、「在宅サービス」「セーフガーディング」「社会的処方」の3つに分けて紹介していきます。

1)在宅サービス

人々の生活を支えるには、その生活の中心となる自宅や施設など住み慣れた場でのケアが必要です。第15回でもお話しした通り、イギリスではかかりつけ医療機関を持つすべての人がニーズに応じて在宅医療を受けることができます。これは自宅や施設で介護サービスを受けながら生活する人たちも同様です。

しかし、人々の生活を支えるには医療だけでは不十分で、リハビリ、介護、福祉などそれ以外の分野からの助けが欠かせません。

第17回では訪問看護師や薬剤師など地域で従事するいくつかの職種について触れましたが、地域にはそれ以外にも、理学療法士、作業療法士、栄養士、介護士、ソーシャルワーカーなど様々な職種が活躍しています。

例えば、私が働く地域には、「My Therapy」という多職種リハビリチームがあります。仮にここに足腰が弱くなってしまってなかなか一人で動きづらい高齢の方がいたとします。この方に対し、このチームが自宅を訪れ、理学療法士が起きたり歩いたりなどの日常生活で必要な基本動作ができるようにサポートしたり、訪問作業療法士が階段の手摺や昇降機の手配、日常生活を送る上で必要なスキル(食べる、着替えるなどの動作)などの練習を通して、できるだけ自立して生活するための機能や環境作りのお手伝いをします。また、栄養士が栄養状態や咀嚼、嚥下機能の評価・改善や、安全に、できるだけ口から食べるためのサポート(刻み食やとろみなど)を提供します。

その他にも、「地域包括ケアチーム(Community Integrated Care Team)」というものもあります。訪問看護師や介護士などからなる多職種チームが24時間365日体制で活動していて、主に短期的かつ急な看護や介護の必要性が生じた場合に対応しています。例えば、一人暮らしの高齢の方が肺炎にかかり、入院するほど重症ではないものの、日常生活を送る能力が急に落ちてしまってこのまま自宅で生活することが難しくなってしまうことがあります。こうした場合、一昔前なら、医療的ニーズではなく社会的ニーズを理由に入院していましたが、今はこのチームが迅速に患者の自宅を訪問し、患者の生活機能が回復するまで1-2週間ほどサポートしてくれるので、こうした入院を回避しやすくなりました。

こうした中でお互いにスムーズに連携できるよう、患者情報を共有するべく、かかりつけ医療機関と電子カルテを共有しています。この電子カルテシステム上で、連絡が取り合えるようにもなっていて、かかりつけ医療機関からの要望など患者のケアについてのやり取りができるようにもなっています。

また、多くの地域には、地域に点在する多職種とかかりつけ医療機関や患者とをつないでくれるサービスがあります。

例えば、私が働く圏域(人口約36万人)には「Single Point of Contact(SPOC・スポック)」と呼ばれるサービスがあります。ここには 36のかかりつけ医療機関があるのですが、このサービスは、これらすべての医療機関や患者からの相談を電話で受け付けています。このSPOCオペレーターは、当日に採血が必要になった場合など特に急ぎ伝える必要のある情報をかかりつけ医療機関らの要望に沿って、訪問看護師やそのチームなど必要なスタッフに電話を転送してくれたり、伝言してくれたりします。また、患者側からケアスタッフ側に連絡をとりたい場合も、このサービスに連絡すればつないでもらえるようになっています。

また、がんや慢性疾患の末期の状態である人々は、在宅での緩和ケアが必要となります。こうしたケースについて、できるだけ自分が希望するケアが受けられるように、心肺蘇生をするかしないか(DNR)、最期を迎えたい場所はどこか、など、アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)に関する情報も、かかりつけ医(GP)だけではなく、訪問看護師、緩和ケア専門看護師、ホスピス、病院緩和ケアチームなどと電子カルテ上で共有し、それぞれが患者や家族と話し合った内容を記録していきます。かかりつけ医療機関では、緩和ケア専門看護師などと定期的に会議を開き、顔が見える関係を通して、患者ケアについて話し合っています。

それ以外にも、より長期的な介護などの福祉サービスが必要な場合は地方自治体が窓口として対応します。

イギリスの介護サービスは、原則無料(公費負担)で利用できる保健医療サービス(NHS)とは違い、原則自費で利用し、経済的にそれが難しい場合や医療依存度が高い場合など一部の状況でのみ公費で支援される形になっています。

ここでは、収入だけでなく資産も含めて所得を評価されるため、高齢になって介護が必要になった際に、住み慣れた家をその費用を工面するために売却しないといけない事態になる方も出てきていて、問題となっています。

その上、介護制度は、慢性的に財源不足で、施設・人材ともに足りておらず、すべての人が必要なサービスにアクセスできているとはいえない状況が続いています。結果、家族に大きな負担がかかってしまっています。現在、イギリスの高齢化率は日本の20年ほど前のレベルですが、今後高齢化がさらに進行していくと予測される中で、日本が20年前に介護保険制度を始めたように、イギリスでも介護制度の抜本的な改革の機運が高まっています。

2)セーフガーディング

日々の生活の中で人々を安全に保護する「セーフガーディング(Safeguarding)」という役割も、プライマリ・ケアの欠かせない役割の一つです。特に子ども、若者、バルネラブルな成人が虐待や家庭内暴力などに脅かされない生活を送れるようにするためのもので、今、特に新型コロナウイルスの影響でこうした問題が深刻化しており、その重要性が増してきています。

幼児虐待など重大な問題があると疑われる際は、例えば、スクールナースやソーシャルワーカーなどの福祉関連の職種が、その子供のケアに責任を持つ地域のプライマリ・ケアチームと電子カルテ上でその情報やアセスメントの結果を共有しています。診療所には必ずセーフガーディングの責任者がいて、医師、看護師、保健師のようなヘルスビジターなどが一緒になって定期的な会議も開いています。

また、診療所の外でもこうした会議は開かれていて、スクールナース、ソーシャルワーカーなど鍵となる職者や当事者である家族が参加し、情報共有や話し合いを行っています。かかりつけ医側からも情報提供を行っていて、例えば「子供が予防接種に来てない」「病院の小児科外来予約に来なかった」「母親は重度の精神疾患を抱えている」「父親は刑務所出所後で薬物・アルコール依存症」などがあり、こういった場で議論された内容や対応策は報告書としてまとめられ、電子カルテ上で共有されます。第16回では、プライマリ・ケアは複雑な問題の対応に多くの時間とエネルギーを割いていると言いましたが、セーフガーディングはその典型例の一つです。

3)社会的処方

第4回でも少し触れましたが、所得、雇用、食生活、ライフスタイル、格差、社会的孤立など、社会経済的な要因が健康に大きな影響を及ぼすということが近年明らかにされてきていて、その場しのぎの医療ではなく、健康によくない社会経済的状況への介入の必要性が高まっています。イギリスでは、こうした健康の社会的決定要因(SDH)の対応に目を向け、地域での多様な活動やボランティア・グループなどへ橋渡しすることで、患者がより自立して生きていけるように支援するとともに、ケアの持続可能性を高める仕組みとして「社会的処方」と呼ばれるサービスが全国で広がりを見せています。

こうした患者の非医療的なニーズに応えるという概念そのものは特に新しいものではありませんが、社会的処方という新しい言葉によって、その重要性がより明確に認識されるきっかけとなり、関心を集めるようになりました。

社会的処方の基本的な流れは次の3つのステップです。

① 患者を社会的処方サービスに紹介する

これはかかりつけ医療機関の医師が行うことが最も多いケースですが、看護師やソーシャルワーカーなどの場合もあります。社会的処方を必要とする患者のニーズを見極め、地域の社会的処方サービスに紹介します。

② 紹介された患者のニーズを全人的に評価し、適切な地域資源へとつなげる

社会的処方サービスには「リンクワーカー」と呼ばれる非医療者の専門職がいて、紹介患者の自宅を訪れるなどしてニーズの全人的なアセスメントを行い、そのニーズに合った適切な地域資源へと橋渡しする役割を担います。

③ 地域資源への参加

利用できる地域資源には、個人や集団で行う趣味やスポーツはじめ、ランチグループ、ボランティア活動、職業訓練、支援付き就労など様々あります。地域資源の最新情報を当該地域のリンクワーカーが把握し、ないものは時に紹介を受けた人とともに創り出したりもします。

それでは具体例として、私が実際に経験したケースを以下に紹介します。

A)往診要請の多い高齢女性

全身の痛みを繰り返し訴え、頻繁に在宅診療を要請していました。しかし訪問を重ねるうちにその訴えの裏にはロンドンにいる家族と離れて暮らしていたことによる孤独があることが分かりました。彼女の趣味に合わせて散歩クラブへ紹介、その後、往診要請の頻度は大きく減少しました。

B)訴えの多い中年男性

この方は、無職、うつ病、不安症、睡眠障害、アルコール依存を抱え、様々な訴えを持って外来を受診されました。お話をきくと、彼の一番の悩みはお金がないことであるとわかり、リンクワーカーに連絡を取り、そのリンクワーカーが生活保護の申請をサポートしてくれました。その後の継続的な受診で、さらに孤独による不安も明らかとなり、リンクワーカーからソーシャルクラブへの紹介もしてもらいました。結果、経済的な心配が減り、話し相手もでき、睡眠障害は改善、気分障害も安定しました。

C)睡眠障害に悩む高齢女性

長きに渡って眠れないことに悩んで来院した高齢女性です。睡眠薬を長期服薬しているものの効き目が無く、湯たんぽを抱えることでなんとか眠れると。よくお話を聞くと、一人ぐらしで、日頃からこれといってやることがなく、外出もほとんどせず、家の中でテレビを見ているのみの生活であることがわかりました。リンクワーカーによるアセスメント後、Befriending(友達になります)サービスへ紹介。話し相手となる人が定期的に訪問し、外出機会も増え、結果、睡眠障害が改善しました。

現在では、リンクワーカーは3万人から5万人規模の人口に対して一人配置されるようになってきており、私が働く地域でも私の医療機関含む複数の医療機関に対して一人のリンクワーカーがいる形になっています。リンクワーカーへの紹介も電子カルテ上で行い、リンクワーカーからの情報も電子カルテで共有されます。

以上になります。

イギリスではこのように人々の生活を支えるために医療だけではなく、リハビリ、介護、福祉など様々な形でケアを届けています。その中で、患者のかかりつけ医がケア全体をその人のニーズに合わせて調整する責任者となっています。

次は、まちづくりについてお話しします。