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なぜイギリスのGPに? 私がこの道を選んだ理由

英国のお医者さん
語学留学当時(1998年)のウィンブルドンにて、ホストファミリーの家の外の風景=澤憲明撮影

イギリスの話の始まりとして、今回はまず自分の話をしようと思います。

なぜなら、イギリスの話をするなら、その前に、その話をしている人がどのような人物なのかをお伝えする必要があると思うからです。

私はこの連載を執筆するにあたり、客観的な文章を書くように努めてきました。しかし、そもそも論として、書くということは主観的な行為であり、客観的に書くというのは難しい...。ですから、文章を書いている私自身のことを読者のみなさんに伝えるのが礼儀ではないか。同じ景色を見ても、どう見えるかは人それぞれですから、その人自身の話もしないとフェアじゃないと考えました。

私は富山県黒部市で生まれました。父の仕事の関係で、富山、石川、福井を行ったり来たりしながら育った、根っからの北陸っ子です。

日本で高校を卒業した後、自分が本当に何がやりたいのかが分かっていない状況で大学に行くのを疑問に感じていたため、姉がイギリスの高校に通っていたこともあり、イギリスへ行き、自分を見つめ直す機会を持つことにしました。初めは英語が全く話せなかったので、テニスが大好きな私はイギリスと言えばウィンブルドンしか思いつかず、そこにある語学学校に行きました。もちろん、テニスは見に行きました。錦織圭選手の今のコーチであるマイケル・チャン氏が現役でやっていた試合を応援して、その後サインをもらえたことに感激したのを今でも鮮明に覚えています。

英語が少しずつ話せるようになると、勉強や世界中の留学生との交流が楽しくなってきました。スポンジが水を吸収するかのように自分の成長を実感できる、そんな刺激あふれる毎日でした。

語学留学当時のロンドンの地下鉄にて=澤憲明撮影

そんな中、私は勉強が好きであること、そして人間に興味があることに気づき、自然と「ドクターになりたい」と思うようになりました。

父は外科医でしたが、私に一度も医師になれと言ったことはありませんでしたし、私としても父が医師だからドクターになりたいと考えたことはありませんでした。しかし、無意識に影響を受けていたり、医師は私にとって具体的にイメージできる身近な職業だったというのがあったのかもしれません。

ドクターを目指すと決めた時、私の頭の中には2つの選択肢がありました。ひとつは日本に帰る、もうひとつはイギリスに残ることです。

まず、イギリスで留学に関する相談を受け付けているBritish Councilという機関に相談してみました。そこで、「あなたのように日本で生まれ育った人でイギリスの医学部に入学した前例は把握していない。日本に帰ったほうがいいのではないか」と言われました。それを聞いて「これだ!」と思いました。今まで恵まれた環境で育ってきて、これといった苦労も知らなかった私は、ずっと挑戦できる何かを探していました。自分の限界を知ることで、人の不安や痛みが分かる医師になりたい、苦難を乗り越えることで新しい自分を見つけたい、と。こうしてイギリスの医学部に進むことを決心しました。

当初は、循環器内科に関心がありました。映像でものを覚えるのが好きだった私には、心電図を見ると、そこに心臓が浮き上がってくる感じがして好きな理由のひとつでした。しかし、第1回でも少し触れましたが、研修医として病院で働いていた時に、それがガラリと変わる経験をしました。

それは、内科研修をしていた時のことです。そこには色々な問題を抱えた患者さんが毎日たくさん入ってきていましたが、治療を終えて退院しても、また同じ人たちが病院に戻ってくる。変わらずタバコを吸っている、お酒を大量に飲んでいる、薬を指示通りに飲んでいない。よく話を聞くと、処方された薬についてもあまり理解していない...。

ある日、患者さんに思い切って「あなたの病気の根本的な原因はお酒です。それをどうにかしないと解決は難しいです」と言ったことがあります。すると、「あなたは何もわかってない!」とその患者さんに怒られました。

「僕は家に帰れば家族も友達もいない。うつ病だってあるし、家に帰ってやることといったらテレビを見ながらタバコを吸って酒を飲む事くらいしかないんだ。そんな状況なのに酒を止めろと言われてもできるわけないじゃないか!」

それを聞いた時、我に返ったような思いがしました。私の目指していた医療とはなんだったのか。人々の健康と幸福に貢献したい。それなのに患者さんがより良く生きていくのを手助けできていないのではないか。今まで自分が行ってきた医療は一種の自己満足だったのではないか、とさえも思えてきて大きなショックを受けました。健康問題の本質的な原因の多くは病院の外にあるのに、そうした問題には何もしないまま患者さんを帰し、また病院に帰ってきたら患者さんを責めていた。なんて上から目線でおこがましい事をしていたのかと強く反省せずにはいられませんでした。

「このままではだめだ」と思っていた時、初めてGPだと思いました。1週間休みを取って、診療所の見学に行き、すぐに「あ、これだ!」と。そこにはより強い人間・信頼関係があるように感じました。医師と患者との距離が近い。病院の外の医療に大きな可能性を見た気がしました。

そしてその後、GPの専門教育に進みました。私にとってそれまでどこか白黒だった医療の世界がカラーを取り戻したように感じました。

GPとして実際働いてみてこれが天職だと実感しています。患者・社会から求められていることに応えることは、やりがいのある仕事です。

GPは患者の擁護者(アドボケイト)として、患者自身が自分の本当のニーズを見つけることを助ける仕事です。それは単に、患者の要求に表面的に応えるということではありません。患者とともに何が本当に問題なのか、それに対する最善策が何なのかを一緒に考える、ということです。医学的に正しいことと、その人にとって正しいこと、対話を通して共通理解に行き着く。これは患者の近くで行うクリエイティブな活動であり、同じ瞬間がない。この自由と独創性がGPの大きな魅力だと思います。

それに加えて、私は以下の3つの言葉を大切にしています(誰の言葉かは諸説あるも、ここでは一般論を引用します)。

1)“Be the change that you wish to see in the world.”- Mahatma Gandhi

「この世界で見たい変化に、あなた自身がなりなさい」 - マハトマ・ガンディー

2)“Love and compassion are necessities, not luxuries. Without them, humanity cannot survive.” – Dalai Lama

「愛情と思いやりは、贅沢なものではなく、必要不可欠なもの。それらなしでは、人は生きていけない」- ダライ・ラマ

3)“Illness is neither an indulgence for which people have to pay, nor an offence for which they should be penalised, but a misfortune, the cost of which should be shared by the community.”– Aneurin Bevan

「病いは、それぞれが償わなければならない耽溺でも、罰を科せられるべき罪でもなく、そのコストが地域社会によって分担されるべき不運である」 - アナイリン・ベヴァン

「自己表現」「思いやり」「社会的良心」の3つは、私が大切にする価値観です。

イギリスでGPとして働くということは、これら価値観を反映できる仕事であると感じています。この理由についてはこれからイギリスについてお話ししていく過程でみなさんにお伝えできればと思います。

それでは次回からは、イギリスの保健医療制度についてお話ししていきます。