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【日比野隆司】ガバナンス改革で競争力高まったか そろそろ評価が必要だ

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
大和証券グループ本社会長の日比野隆司氏=東京都千代田区

■コロナ禍でも好調なのはオーナー企業

――ここ数年のコーポレートガバナンス(企業統治)改革は、安倍政権の経済政策アベノミクスをきっかけに、政府主導で加速した印象が強かったです。

コーポレートガバナンス改革を政府がリードしたというのは、その通りです。アベノミクスでは「成長戦略」の一環として位置づけられ、政府が「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)と「スチュワードシップ・コード」(機関投資家向けの行動指針)の両コードを策定しました。金融庁と東京証券取引所、経済産業省が中心となるかたちで改革が推進されました。

ただ、コーポレートガバナンスの考え方が日本に存在しなかったかというと、そうではありません。1990年代の後半に、日本企業による不祥事が相次いで、2000年ごろから経営改革の一つとしてガバナンス意識が高まりました。

当社においても、法改正をふまえて2004年に「委員会等設置会社」(当時の名称)、いまで言うところの「指名委員会等設置会社」(取締役が指名委員会・監査委員会・報酬委員会という三つの委員会の活動を通じて経営の監督をおこなう会社の形態)に移行しました。

コーポレートガバナンスについては、民主党政権下ではあまり言われませんでしたが、安倍政権が誕生すると、13年に政府が策定した「日本再興戦略」においてコーポレートガバナンス改革が柱の一つに据えられました。成長力を高めるためには、経済活動の主体である企業こそ競争力をつけなくてはならない。そこで、政府がデフレ脱却や低迷していた株式市場の活性化も視野に入れて、コーポレートガバナンス改革に切り込んでいった、という流れでしょう。

大和証券グループ本社社長に就任することが決まり、記者会見で抱負を語る日比野隆司氏(右)=2011年、朝日新聞社撮影

――「成長戦略」に位置づけられたガバナンス改革を推進してきたことで、日本企業の競争力や成長性は高まったのでしょうか。

コーポレートガバナンスの「かたち」を整えれば、すぐに企業の競争力が備わるという話では当然ありません。「かたち」の話でいうと、株式会社の3種類の機関設計に優劣はないはずですが、一般的には、指名委員会等設置会社が一番進んだガバナンスの「かたち」と考える人が多いのではないでしょうか。しかし、指名委員会等設置会社を採用している会社の業績がよいかというと、そうともいえない。じつは、統治の「かたち」と競争力や業績の相関関係は、ほぼゼロといってよいでしょう。

一方、「監査役会設置会社」(取締役会が業務を執行し、それを監査役が監督する会社の形態)は、欧米企業と統治のスタイルが異なるため、よく「分かりにくい」「遅れている」と言われがちです。「遅れている」という指摘については、決してそうではないと思います。機関設計においては、指名委員会等設置会社がいいのか、監査役会設置会社の方がいいのか、各企業が自社に適したガバナンス形態を選べばよいと思います。

コーポレートガバナンス改革では当初から、海外の投資マネーを呼び込むことも意識されました。外国人投資家の動きを見てみると、アベノミクス効果もあり、13年、14年には日本株を大幅に買い越しましたが、コーポレートガバナンス・コードが導入された15年に売り越しに転じ、20年まで、ほぼ一貫して売り越している状態です。改革がなかったら、もっと売られた可能性も否定できません。ただ、ガバナンスの「かたち」を整えれば、海外から投資マネーが入ってくるという事実は見当たりません。

このコロナ禍でも、株式市場でのパフォーマンスが好調なのは、創業者が率いる企業が多いです。ファーストリテイリングやキーエンス、日本電産、ニトリなどに共通するのは、経営能力が高い創業者のもとで、一貫して成長力を保ち業績がよいので、海外の投資家からの注目度が高く、株価も上昇しているということです。これらの企業はいずれも指名委員会等設置会社の形態をとっていません。こういったことからも、統治の「かたち」と海外からの投資との相関はほとんどないことが分かります。

■心配なのは社外取締役の「数合わせ」

大和証券グループ本社会長の日比野隆司氏=東京都千代田区

――ガバナンス改革をめぐる議論では、「社外取締役」のあり方に注目が集まっています。

大和総研の試算によると、このたびのコーポレートガバナンス・コードの改定で「取締役会において少なくとも3分の1は独立した社外取締役にする」ことが決まると、ざっと1300人ほどの社外取締役が市場で不足する見通しです。

このような状況で心配なのは、各企業が社外取締役の「数合わせ」に動くことです。本来の目的は、社外取締役を活用することで取締役会の質を高め、競争力をつけることのはずですが、数合わせが先行してしまうと、それがおざなりになる恐れがあります。安易な人選で数合わせに走れば、企業の競争力を高めるどころか、経営の足かせにもなりかねません。

コーポレートガバナンス・コードでは、企業がコード(指針)に従うか、従わない場合にはその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」という手法がとられています。企業にとっては、社外取締役を「3分の1以上」にしない理由を説明する余地が残っているといえるのですが、残念ながら実態はそうなっていません。

「独立社外取締役を3分の1以上」という指針にコンプライしないと、つまり従っていなければ、機関投資家の議決権行使を通じて、取締役選任などで「反対票」を投じられてしまうリスクを負います。そういう場合、本来は機関投資家と企業との建設的な対話があるべきですが、実際には議決権行使助言会社の助言に従い、やや杓子定規に反対票が投じられる懸念がぬぐえません。それを避けるために、社外取締役の数合わせに走ってしまう企業も少なくないのでは、と危惧してはいます。

――社外取締役には、どんな人材がふさわしいですか。

コーポレートガバナンス改定をめぐる議論では、経営経験者を入れることが望ましいという意見が出ています。経営経験がある人材はいくらでもいる、という意見もありますが、適格者がそれほどいるかというと難しいところです。

社外取締役は、その業界におけるビジネスの本質や企業文化などを、きちんと理解できる人でないといけませんし、いまや、ジェンダー、国際性、スキルなどのダイバーシティー(多様性)も求められます。一方、主な取引先、政策投資株式保有先、取引銀行や幹事証券会社の関係者などは、機関投資家や議決権行使助言会社が求める「独立性基準」をクリアできません。従って、改定ガバナンスコードが求める、経営の根幹の機能を担うことができる「独立社外取締役」探しはなかなか大変だと思います。

そういった中、これまでは弁護士や公認会計士、大学教授、官僚出身者などが、複数の企業を掛け持ちするケースが多かったです。しかし、一般に、社外取締役の兼務は3~4社が限度だといわれます。企業価値の向上に資する社外取締役の人材プールをどう整えるかは、大きな課題です。

■ガバナンス改革自体の評価が必要

大和証券グループ本社の社長時代、インタビューに答える日比野隆司氏(現会長)=2015年、朝日新聞社撮影

――コーポレートガバナンス改革の議論では、「社外取締役の重要性」が盛んに強調されますが、実際の経営で具体的にどう役立っているのか分かりづらいところもあります。

コーポレートガバナンス・コードは、成長戦略の一環として15年に策定されて、3年ごとの改定を重ねていますが、そろそろガバナンス改革という政策自体の評価が必要なのではないでしょうか。社外取締役の数が増えたとか、開示内容が増えたとかいう形式的な評価にとどまらず、例えば、社外取締役が入ったことで、実際に企業の競争力強化や成長性の向上にどうつながったのか、きちんと総括する必要があるのではないかと思います。

改革のコンセプト自体はすばらしいもので、私自身もコーポレートガバナンス改革を否定するつもりはまったくありません。ただ、実際にどんな効果が見られるのか、ケーススタディー的なものの積み上げも含め、さらに有効なガバナンスのあり方を具体的に追求していくといいと思います。その中で、社外取締役のさまざまな貢献のあり方も見えてくるのではないでしょうか。

――コーポレートガバナンス改革はもともと欧米流の企業統治を参考にしていることもあり、経営者の中からは「日本企業には独自の企業文化がある」という本音も聞こえてきます。

そういう気持ちを持っている経営者は多いかもしれません。そもそも日本のコーポレートガバナンス・コードは「OECDコーポレートガバナンス原則」の趣旨に沿って策定されています。ですから、日本のコーポレートガバナンス改革に「木に竹を接ぐ」かのような側面があることは否定できません。

一方、改革の出発点である、15年の「コーポレートガバナンス・コード原案」の序文に書かれている内容にはコード導入にあたっての良心が感じられます。会社ごとの状況を十分に尊重することを求め、コードの一律適用をいさめています。つまり、業種、規模、事業特性、国際性、機関設計などが異なる、それぞれの会社の実情によって、ベストのガバナンスは異なるという点について丁寧に言及しているのです。さらに、株主に対して、会社の個別の状況を十分尊重することを求めると同時に、会社側にもコードに対応しない部分についての、丁寧な説明を求めています。

こういった内容は、コーポレートガバナンスの大切な理念だと思います。

■「継続性」より「革新性」

――デジタル革命やグローバル化、足もとのコロナ禍も加わって、変化が激しい時代になったように思います。日本企業の経営のあり方はどう変わっていくのでしょうか。

コロナ禍においても企業経営において「やるべきこと」が変わったわけではありません。ただ、企業が対応すべき環境変化が加速しているということは実感します。とりわけ、DX(デジタルトランスフォーメーション)が激しく変化を加速しています。昨春、米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが、「2年分のデジタルシフトがわずか2カ月の間に起きた」と語っていましたが、DXに関しては、そんなスピード感で今も世界を変えつつあります。DXに加え、世界的な(温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする)「カーボンニュートラル」へのうねりが、事業環境を劇的に変えつつあります。電気自動車メーカー、米テスラの時価総額は昨年1年間で9倍にもなり、世界の主要自動車メーカーの時価総額の合計を大きく上回ってしまいました。株式市場では、変化の加速そのものも織り込んでいるように見えます。

このように変化が加速する時代、企業経営において「継続性」より「革新性」の方がより重要な時代になったのは事実でしょう。求められるのは、変化をリードする姿勢、少なくとも変化を恐れない姿勢です。ビジネスの世界では昔から「立ち止まっているのは、後ろに向かって歩いているのと同じ」とよく言われますが、まさにそういう状況が加速しているのです。

日本的経営のあり方も大きな変化を迫られます。新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった1970年代までの日本に成功をもたらした雇用慣行なども、ようやく見直しの機運が広がっています。企業自体の存続、成長のために、もはや待ったなしの状況ではないかと思います。経営層も年功序列ではなく実力本位で若い人の登用も広がってきています。DXの時代、デジタルネイティブと呼ばれる若い世代には、どんどん活躍してもらう必要があります。