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【三木谷浩史】英語を社内公用語にしなければ、楽天は終わっていた

令和の時代 日本の社長
楽天グループの三木谷浩史会長兼社長=北村玲奈撮影

1995年、30歳で旧日本興行銀行(興銀)を辞めた三木谷浩史氏は、97年5月、5人の仲間とともに、わずか13店舗のインターネットショッピングモール「楽天市場」を始めた。いまや楽天市場の流通総額(2020年)は3兆円を超え、金融からトラベル、スポーツ、メディカルも手がける巨大企業に成長。4月からは社名を「楽天グループ」に変更する。

「時代を代表する経営者」の1人になった三木谷氏に初めて取材したのは20年近く前だった。成功を手にしたビジネスパーソンが語るには少々「青臭く」感じるようなことも、真顔で語り続ける姿はまったく変わらない。いまの日本に足りないものは何かと聞くと、「挑戦する人を称賛する文化だ」と即答した。三木谷氏が変えたいと思う日本特有のカルチャーとは。

日本郵政グループとの資本・業務提携を発表する楽天の三木谷浩史会長兼社長(左)=3月12日、楽天提供

■第2次大戦後と同じ変革期

――デジタル化の加速、コロナ禍をきっかけに、日本企業のあり方が改めて問われ、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉に代表されるように、企業経営にも変革が求められる時代になりました。

最近よく「トランスフォーメーション」ということが言われていますが、「過去の常識が非常識になる」という時代が来ていると思うのです。世の中が根本的に変わっていく。これは単純に買い物がネットショッピングになるとか、そういうことではなくて、人びとの生活も変わるし、教育も変わってくだろうし、これからの10年でこれまで常識と思っていたフォーマットが変わると思う。こういう中で、ビジネスもある意味では、第2次世界大戦後と同じような大変革の状況にあると思った方がいいのではないか。そんなことを考えています。

この100年で起こったことを振り返ってみても、わずか100年の間で、ものすごい変化が起きたわけじゃないですか。ちょうど、NHKの新しい大河ドラマ(渋沢栄一の人生を描く『青天を衝け』)を見ていましたら、「自分が生まれる100年前はこんな世界だったんだ」と思いました。それが100年のうちに、これほどまで世界が変化してきたのです。

例えば、いわゆる「化石燃料車」がなくなっていくなんて、だれも思っていなかったし、いまこの取材時でも、カメラで撮影してもらっていますが、カメラも「一眼レフかスマホか」という世界になるとは考えなかったし、コロナ禍によりZoomミーティングのようなもので仕事をするってことも、だれも予想していなかったです。もっと言うと、キャッシュレスじゃなくてゼロキャッシュ時代が来るんじゃないか、と考えています。

――日本企業も、経営者も、そうした激変の時代に対応を迫られています。

世界を見渡すと、米国や中国の人たちは大きく変化する未来を見据えながらそこに向かって仕事をするけれど、日本企業の社長さんたちはどうやって現状をキープするか、現状維持でどうやって自身の社長としてのターム(任期)を乗り切るか、ということを考えているように見えます。

これから時代が大きく変わるのだから「次のステージに向かっていくぞ」というものがあっていいと思います。米国ではそういうものを称賛する文化があって、チャレンジャーを称賛する文化があると思うけど、日本だと、足を引っ張るじゃないですか。ひがみ根性というのかな。社会全体として、そういうものへの許容度も少ないように見える。そういう部分が、この国のよくないところだと思います。それが日本の風土なのかもしれないが、それだといまのような変革期には弱いです。どうしたら挑戦することを称賛するような文化をつくることができるのか、考えなくてはいけない。

理由の一つは、日本という国が「島国」であるということでしょう。もし日本と中国が地続きだったら、日本にもっとすさまじい変化が起こっているかもしれない。でも、島国として「守られている」という感じがします。地理的な島国性に加え、規制でがんじがらめになっていて、既得権益なり規制業種が残るような仕組み、つまり官がすべてを制御する仕組みができてしまっている、と思います。「お上」という概念が徳川時代から、ずっと残っているように思います。

■社長業への報酬、低くないか

――先ほど日本企業の社長は「現状維持」を考えてしまうとのことでしたが、どうしてそうなるのでしょうか。

一つは、「社長業」というものに対する報酬が、米国などに比べて低いからです。次に向かっていくぞ、というインセンティブも働きにくい。社長が終わると「会長」「相談役」「名誉会長」になるとか、そういうことしか楽しいことがないのかもしれません。正直に言うと。実際にそうなんだろうと思います。

ビジネスで先取りしてリスクをとって、もしそれが失敗すると、たたかれてしまう。だから、そのような責任はとりたくないと思ってしまうのかもしれない。日本の社長、経営陣が責任をとりたくないと考えてしまうのは、日本にはこうした人たちの「セカンドキャリア」がないからなのかもしれない。トヨタ自動車から日産自動車に行く人はあまりいないだろうし、住友商事から三井物産、みずほ銀行から三井住友銀行に行く人もいないです。米国だと、それもありですよね。経営人材が移動するダイナミズムは、日本にも必要だと思います。

――コーポレートガバナンス改革の議論では、経営トップが前向きなリスクをとることを後押しするためにも、社外取締役がしっかり役割を果たすべきだと強調しています。

ぼくは、そこは逆じゃないかと思っています。社外取締役にいちいち、おうかがいを立てていると、経営判断のスピードは落ちてしまうだろうし、大きな判断もできない。社長に経営の先行きが見えていたとしてもリスクがとれなくなってしまう。ガバナンス改革の議論は、トップに決断力や判断力がないような前提になっています。社外取締役が社長にリスクをとるように促すのではなく、社外取締役は、執行役としてのトップなり執行役員がきちんとビジネスを執行しているかどうか、それを監督することが仕事ではないでしょうか。いわゆる指名委員会等設置会社(取締役が指名委員会・監査委員会・報酬委員会という3つの委員会の活動などを通じて経営を監督する形態の会社)のかたちを採用する会社からは、ディスラプティブ(破壊的)な会社は出てこない。ぼくはそう思います。

■「角の先を見る」のが本当の実業家

――4月からは「楽天グループ」に社名を変更します。1997年、わずか13店舗で「楽天市場」を始めた楽天という会社が、ここまでのグループ企業になることは想像していましたか。

全然イメージしていなかったです。いまでも、将来はどうなるか分からないですが、「何となくあっちの方向に行けばいいよね」って走っている感じでしょうか。

「旧態依然とした日本を変革したい」というところが、ぼくのそもそもの起業の動機としてあって、その一つの手段として「楽天グループ」という会社があるという風に思っているし、日本にとどまらず、世界にいい形で貢献できるような企業グループになったらいいと思ってやっている。お金もうけがしたいとか、そういうことは最初から目的ではない。だからこそ続いているという感じがします。

サッカー天皇杯を手に、神戸の選手たちと=2020年1月、朝日新聞社撮影

――97年のインターネットショッピングモールも、その後の金融事業やプロ野球など、どの事業に対しても、「無理だ」「無謀だ」などと言われてきました。それを突破する力の源泉は、どこにあるのでしょうか。

突破できたものと、突破できなかったものが両方ありますけどね。でも、自分たちには実行に向けたプランとか戦略といったものがあるのです。英語で言うと、See around the cornerでしょうか、「角の先を見ろ」ですね。それが本当の意味でのアントレプレナー(起業家)だと思っています。やはり他人に見えないものを見ることって大事だと思いますね。それはイーロン(米テスラCEOのイーロン・マスク氏)もそうだし、ジェフ(米アマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏)もそうだと思う。

――アントレプレナー(起業家)の話が出ましたが、楽天での肩書は「会長兼社長」ですが、ご自身を表現する肩書・タイトルとして一番しっくりくるのは何ですか。

「実業家」ですかね。アントレプレナーという言葉の訳語は、起業家ではなく、「実業家」だと思っています。もともとエンタープライズと同じ由来とされています。アントレプレナーとは基本的に「実業家」だと思っています。

――先ほど「挑戦者を称賛する文化」について言及されました。たしかに米国では起業家イーロン・マスク氏の足を引っ張るとか、そういうことはないですね。

イーロンがやろうとしていることに対し、社会の中に「これは面白い」という認識があるわけじゃないですか。だけど、日本において、例えば、ぼくが「ロケットをぶち上げて月に行く」と言っても、なかなか受け入れてもらえないかもしれない。携帯電話事業をやろうとしたときにも、いろいろな否定的なことを言われましたから。楽天グループとしてやってきたブレークスルーって、じつは海外からの評価の方が圧倒的に高いことが多くて、それっておかしいなと思うのです。

■英語公用語化、世界から人材が

――楽天の歴史の中で、大きかった出来事は何でしょうか。

大きかったのは、社内公用語を英語に変更したことでしょうか。これによって、日本的な企業風土を打破することができたことに加え、本当の意味でのダイバーシティー(多様化)の追求ということに成功しつつあると思っています。世界から人材を集めているので、本当に強烈、強烈な才能あふれる社員がたくさんいます。

そういう意味では、日本人だけじゃない多様化された組織にすることによって、組織のダイナミズムを維持できているということは言えると思います。じつは、社内公用語を英語にしていなかったら、この楽天という会社は終わっていたかもしれないなと思うんです。「つまらない会社」になっていたかもしれないですね、本当に。

――振り返ると、社内公用語を英語にするときにも、いろいろ批判的なことを言われました。

いまでこそ、みんな「英語が大事だ」と言うようになりましたけどね。だいたい、ぼくはいつも評価が低いんですよ。楽天がやろうとすることを否定されたときも、「そういう考え方もあるよね」という程度にしか、ぼくは考えていないです。だから、否定する意見に対して怒ることもないです。「ああ、なるほどね」っていう程度で受けとめている。常識的に考えたら、おっしゃる通りかもしれないけど、「おれは常識人じゃないし」とか思いながら。そもそも常識を超えていくのが、アントレプレナーだって思っていますから。あとは「根性」ですね。根性は大事です。

――私は米国勤務中、シリコンバレーで事業を次々と立ち上げる「シリアルアントレプレナー」(連続起業家)を取材し、そのパワーに圧倒されました。三木谷さんは、こうしたシリアルアントレプレナーをどう見ていますか。

そこは、いろいろなやり方があると思います。大河ドラマではないですが、渋沢栄一のようにさまざまな企業をつくっていくやり方もあれば、岩崎弥太郎のように三菱グループをつくるやり方もあるでしょう。米国ではイーロン・マスクのように、テスラをやったり、(宇宙開発の)「スペースX」もやれば、(地下トンネルを掘って実現をめざす新しい交通システム)「ハイパーループ」もやるとかね。楽天の事業も、ここまで大きくなって、ハンドオーバー(譲渡)ってことができれば、そういう選択肢もあるのかもしれないが、いまは楽天グループを「束ねる」ことが必要な段階にあると思っているので、その枠組みの中で新しいことをやっていくのでしょう。やろうとしていることが、明らかに「飛び地」のような事業だったら、グループと別のハコをつくるのかもしれません。

――これだけ企業グループが巨大化すると、三木谷さんが目配りできる範囲にも限界があるかもしれません。「任せるところ」「自分でやるところ」をどう仕分けし、このグループをどう束ねていきますか。

重要なのはグループとしてミッションを共有しているかということです。価値観やバリューを共有しているか。それを結び付けるための「プラクティス」が共有できているか。ここで言うプラクティスとは、例えば楽天グループ社員が週1度参加する「朝会」であったり、もっと言えば、自分たちで行う「月曜日朝のオフィス清掃」であったり。そういう共通思考は大事になってきます。あとは、ブランドネームを統一することかな。

例えば、アメリカ合衆国って、「ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ」じゃないですか。それぞれの州が一つの国になっているわけですが、じゃあ、それを束ねているものは何かというと、「合衆国憲法」ですよね。楽天グループの経営も、合衆国をどうマネジメントするかというイメージに近いかもしれない。統一するべきところと、自由度を与えておくべきところを、どうバランスをとるか。これは重要です。

――最近のコーポレートガバナンス改革の議論では、「社長の選び方」も焦点の一つです。

これまで日本企業でよくあった「減点法」で社長を選ぶというのではなくて、多少粗削りでも社長にしてみる。年齢じゃなく、そういう人材に勝負させる。勝負していく中で、石が川を流れて角が取れるようにより成熟した経営者になるというケースもあるわけじゃないですか。

――大手銀行では、三木谷さんと同世代の人たちが頭取や社長になっています。そのまま銀行にいたら、と考えることはありますか。

興銀(旧日本興業銀行、現みずほフィナンシャルグループ)にいたら、ねえ。うーん、やっぱり、興銀にはいなかったかな。でも、興銀をやめるときに「私が会社をつくったら、いずれ興銀をメインバンクにします。ぼくが行内にいるよりも、うちとビジネスをすることで銀行もお金がもうかるようになります」って言ったんですね。それは実現したかな。そういう風に思っています。