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【冨山和彦】会社はやっぱり、頭から腐る 社長人事を変えなければ生き残りはない

令和の時代 日本の社長
冨山和彦氏(2017年撮影)

「社長人事ほど難しいものはない」。これまでに約100件の社長人事に関わった冨山和彦氏の実感だという。社長の力量は、会社の命運すら左右しかねない。とくに、この激変の時代はそうだろう。デジタル革命やグローバル化の波が押し寄せる「令和」のいま、「社長の選び方」もまた変わっていく必要があると、冨山氏は言う。経営トップに求められる資質は、昔とどう変わったのか。コーポレートガバナンス改革はどうして必要なのか。社長が変われば、その会社も変革できるのか。

■「野球からサッカー」ほどの転換

――日本航空やカネボウなど有名企業の再生案件に加え、中堅・中小企業も含めると、これまで100件近くの「社長人事」に関わってこられました。こうした経験をふまえ、企業が下す意思決定の中では、「社長人事」が一番重要であると指摘しています。なぜでしょうか。

いまの時代は、社長の「出来の良し悪し」が、企業経営にそのまま反映されてしまうからです。グローバル化の進展とデジタル革命という二つの大きな流れがあり、相当激しいビジネスモデルの転換を、かなりのスピードでやらなくてはならなくなった。この判断を誤ると、事業が消えてしまうこともあるし、もしくは会社そのものが死んでしまうということにもつながりかねない。

スポーツに例えるならば、やっている種目が、いきなり、野球からサッカーに変わるほどの変化が起きている。そうなると、激しいビジネスモデルの転換が必要になり、従来の会社のかたちのままでは対応できないのです。その変化に対応するために、社長や最高経営責任者(CEO)といった経営トップは、「あれかこれか」というシビアな経営判断を常に迫られる。トップが相当な胆力をもって厳しい意思決定をしていかなくてはならない。そういうなかで、サッカーにうまく転換できる人(社長)がいれば、うまくできない人も出てくるわけですね。トップが変革に尻ごみしていると、会社の存続に関わるような大変な事態に陥ってしまう。いまは、そういう、深刻な問題が出てきています。

――著書「会社は頭から腐る」(ダイヤモンド社)の初版は2007年でした。このタイトルにある考え方は、いまも変わりませんか。

まったく変わっていません。いま現実に起きている「不連続の変化」に対して、企業がどう対応していくのか。そこでカギを握るのは、やはりリーダーシップです。ダメになっている会社というのは、リーダーがしかるべき役割を果たしていないから、いろいろな問題が起きてくる。のちに振り返ってみると、「あの時点でリーダーがちゃんとした決断をしていれば、会社がつぶれることはなかった」というケースだってあります。だからこそ、トップのあり方、そしてトップ人事は、圧倒的に重要であると考えています。

――日本企業では一般的に、社長は「会社員すごろくの上がり」ポストと言われました。先ほどおっしゃったように、種目が野球からサッカーに変わるほど経営環境が変わる時代だとすれば、社長に求められる条件や資質、さらにはその選び方も変わるのでしょうか。

業種にもよります。これからも「野球」という種目でやっていけるのであれば、これまで通りの社長のタイプ、社長の選び方で構わないでしょう。例えば、電機メーカーが最初は洗濯機をつくりました、それが掃除機になりました、今度は炊飯器も手がけるようになりました、そしていまテレビ事業に力を入れていますという展開は、本質的にすべて「野球」という種目の枠内の話です。これらの基本は、「大量生産」と「大量販売」ですから。野球という枠の中で、手がける商品を変えたり、改善や改良を積み重ねたりしている。

そういう環境であれば、プロ野球の監督(社長)になるコースもこれまで通りで構わないでしょう。かつてリトルリーグで注目され、高校野球のころは甲子園に出場し、プロ野球ではドラフト1位で指名され、さらに巨人やソフトバンクでのコーチ経験もありますので、監督になる十分な資質がありますと。同じように企業においてもそういう経歴の人が社長に選ばれてきました。

問題は、グローバル化とデジタル革命が業界を直撃して、気がついたら、稼げる事業分野が「野球」ではなく、「サッカー」になってしまったときです。そのとき、プロ野球の監督(社長)になるうえで、かつて高校野球で甲子園に出ましたとか、プロ野球ではドラフト1位でした、巨人やソフトバンクではコーチをやっていたという経歴は、いったい何の役に立つのでしょうか? そうした野球の経歴があるからといって、欧州サッカーのチャンピオンズリーグでレアル・マドリードという組織を率いることができるのか、ということです。分かりやすく例えてみましたが、それがいま日本企業に起きているのです。

1960年ごろ、私が生まれて以降ですね、そこからは大量生産・大量販売の時代、改善や改良が大事にされ、「欧米に追いつけ追いこせ」でキャッチアップするということでやってきました。それで、さあ「欧米に追いついた追いこした」、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言っていたら、結局、日本の成功モデルはすでに古びてしまっていた。1989年、日本のバブル絶頂期には、世界の時価総額ランキングでトップ10社のうち7社を日本企業が占めていたが、いまは40位前後にやっとトヨタ自動車が入っているだけになってしまった。グローバル化やデジタル革命で、顧客もビジネスモデルも競争相手も多様化し、不連続に変化する時代になり、従来型のサラリーマンの延長線上に「社長」という仕事がないとすれば、会社としては、経営のプロフェッショナルとしての社長・CEOをつくっていく努力も必要になるでしょう。

■「社長の一存」に任せるのはリスキー

旧産業再生機構時代の冨山和彦氏(左端)

――コーポレートガバナンス改革の議論でも「社長選任」は大きな論点の一つです。日本企業の「社長選び」は変わっていくでしょうか。

変わらなくてはならない。日本企業は一般的に、新卒一括採用で、ずっと同じメンバーでやっているわけです。極めて同質的、閉鎖的なムラのようになっている。ムラ型組織の中には、暗黙の了解事項とか、見えない約束が存在するのです。その空気感に上手に合わせていくことが大事になる。そこには、ムラ型組織なりの行動原理ができあがっているために、事業の実態などがずれてくると、いろいろな不都合が出てきてしまう。

例えば、業績が悪くなったとき、「もうファブレス(自らは生産設備を持たないで製品づくりを外部に委託する経営スタイル)の時代だから、自社工場はやめなくてはいけない」と分かっていても、工場があることが前提の社内の空気感に慣れていたら、とても社内でそんなことは言えないでしょう。結局、そういう流れにうまく合わせる人、そういう意味での協調性があって、空気を読む人たちが会社の中で偉くなっていきやすい。そうなると社内全体の意見を「全部足して4で割る、5で割る」ということが上手な人がトップになりやすくなります。

――「指名委員会等設置会社」に移行した日本企業の数は、現在、80社ほどに増えてきました。その中には、社外取締役が過半を占める指名委員会で次の社長を決めるという動きも出てきました。一方、経営者の中には、「社外の人にうちの会社の人材が分かるのか」という本音も見え隠れします。

「社外の人に何が分かるか」というのは、まったくのおごりですね。繰り返しますが、いまの時代、やっている種目そのものが変わってきているんです。種目が変わらないのであれば、これまで通りの社長選びで構わない。しかし、競争の種目が変わったのであれば、野球しかやってこなかった人が、野球選手として見ただけの部下の評価のみで「次の社長」を適切に選べるかというと、それは無理でしょう。

中西さん(中西宏明・日立製作所会長、経団連会長)も言っていましたが、中西さん自身、最初は「種目が変わっている」という認識がなかったというのです。日立の出世コースである工場長の延長線上で社長を選んでもよいと、日立自身が思っていたんです。だけど、「おい、ちょっと状況が違うぜ。野球がうまくても、いまは社長が務まるかどうかは分からないね」ということに、中西さんらトップが気付いた。そこで、大胆なコーポレートガバナンス改革に着手しました。

コーポレートガバナンスや社外取締役のあり方であれこれ批判的なことを言うのは結構だけど、グローバル化とデジタル革命の影響に一番さらされてきたエレクトロニクス業界を見渡して、いまどこが調子いいんですか? コーポレートガバナンスの改革を地道にやってきたところの業績が、やはりいいですよね。日立製作所であれ、ソニーであれ。

――「次の社長」は自分で選びたい、と思っている社長は多いかもしれません。

自分の会社のことは、自分が一番よく分かっているから自分が指名した方がよい、正しいんだという考え方は、その理屈は分からないではないが、自分で次の社長を選びたいと考えている現社長に私が聞いてみたいのは、「あなたは、これまでに社長人事というものを何回やったことがあるんですか?」ということです。間違いなくゼロでしょう。社長人事って、ほかの人事とは違う。これは私の経験から、はっきり言えます。部長や副社長を選ぶこととワケが違う。最終的な経営判断をくだす「ザ・ラストマン」を選ぶことだから。これは、川村さん(日立製作所の元会長、川村隆氏)の言葉ですが、ザ・ラストマンというものは、会社に常に一人しかいない。現社長がその一存で次の社長を選ぶとして、そういう機会は一生に一度しかない。しかも、そのときが初めての体験なのです。これを「社長の一存」に任せるのは相当リスキーなことです。

■「うまくいった」と思える社長人事は3分の1

日本航空の再建に関わったころの冨山和彦氏(左から2番目)=2009年9月

――コロナ禍でも業績を維持しているのは、創業者トップがいたり、オーナー経営者がいる企業です。

創業経営者って圧倒的に強いですね。「あれかこれか」の意思決定がすぐにできる。ボトムアップなんて、やっていない。創業経営者が冴えているうちは、極端な話、ガバナンスの議論も必要ないかもしれない。柳井さん(ファーストリテイリングの柳井正氏)や永守さん(日本電産の永守重信氏)が冴えているうちはガバナンスの議論は関係ない。ただ、あえていえば、人間は衰える、冴えなくなるのです。その場合はもしかしたらどこかの段階で創業経営者のクビを切らなくてはいけないかもしれない。それができる「安全弁」の仕組みを入れておく必要があるかもしれない。衰えたオーナー経営者が、自分の引き際を間違えるかもしれない。「あんなに立派な経営者だったのに……」というケースは、いくらでもあります。圧倒的なカリスマ経営者がいなくなったとき、その企業がうまくいくかどうか。次の社長が経営しても健全に機能するかどうか。これは真剣に考えなくてはいけないでしょう。一業一代で終わってしまった企業も、いっぱいあるんだから。

冨山和彦氏

――これまで100件近くの社長人事に関与してきて、「うまくいった」と思えるのは、そのうちどれぐらいの割合でしょうか。

正直に言って、だいたい3分の1です。「これはうまくいった」と思った社長人事の共通項というのは、おおざっぱにいうと、その会社が抱えている課題が何かが明確に分かって、これからどんな改革をやらなくてはいけないかの整理がついたときです。これらの人事はもちろん私の一存で決めたわけでなく、人選に関係した人たちが本当に真摯に議論して、社長候補となる人物のこともしっかり把握できたときに「うまくいった」と思います。

それでも、実際に社長を託してみたら、社長になったご本人にとっても、選んだ私たちにとっても、もくろみが外れてしまうケースはありました。なぜなら社長になる本人も、じつは社長業に耐えられる人物かどうかって、よく分からないのです。やったことがないから。本人にとって加重負担だということもありえる。社長人事とはそんなに簡単にできると思わない方がいいです。