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【遠藤俊英】ガバナンス改革の旗を振った金融庁 現場主義の前長官がみた「できばえ」

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
遠藤俊英・前金融庁長官=東京都港区

■日本企業は本当に「三方よし」か

――2015年に金融庁と東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を示してから、日本企業のガバナンス改革が本格的に動き出しました。改革の現状をどう見ていますか。

改革の枠組みをうまく活用して、ガバナンスの水準を大きく上げている企業は確実に増えてきています。一方、取り組みが足りないと思われる企業もある。全体を見ると、「いい方向に向かっているが、まだ、でこぼこしている状態だな」という印象です。

――ガバナンス改革の議論では、企業の「稼ぐ力」を高めることに力点が置かれました。稼ぐ力は、実際に高まったのでしょうか。

「稼ぐ力」が高まった企業はあると思います。ただ、ガバナンス改革に取り組めば、すぐさま収益の向上に結びつくかといえば、それは難しいでしょう。経済・マーケット環境、ビジネス環境への配慮、顧客や取引先との良好な関係の構築など、業績を決める要素はたくさんあるわけですから、ガバナンス改革だけ取り組んでいればいいわけではありません。

しかし、取締役会の議論がこれまで以上に活性化し、多様な意見が出てくるようになれば、収益向上につながる「可能性は高まる」と思います。幅広い知見を持っている社外取締役の意見を聞きながら経営するわけですから、その仕組みがない場合と比べて、経営層が決断するうえでの深さとか強さは、おのずと違ってくると思います。その意味において、「稼ぐ力」は高まっているのではないでしょうか。

コーポレートガバナンス改革に対して、冷ややかな視線を向ける企業経営者もいるのでしょう。でも、そういう人たちには逆に問いたいですね。「じゃあ、あなたは経営者としてどう動くのですか。ガバナンス改革に代わる何かをやっているのですか」と。

――日本でのガバナンス改革は、米国をお手本にしている面もあります。米国の主要企業でつくる経営者団体、ビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月、「脱・株主第一主義」を表明し、世界をあっと言わせました。当時、日本企業の経営者間では、米国企業が日本の「三方よし」の考え方に近づいてきたという受け止めもあったようです。

米国型のコーポレートガバナンスは、「株主至上主義」のイメージが強いです。これに抵抗感を感じる人たちは「米国型のガバナンスは、日本の企業文化に合わない」とか、「日本はもともと、『売り手よし、買い手よし、世間よし』の『三方よし』を大事にしてきた国である」と主張することが多いですね。

ビジネス・ラウンドテーブルの表明を受け、「米国の経営者も、日本の三方よしに近寄ってきた。日本型経営は正しかったのだ」といった意見も出たが、それはちょっと違うのではないか。そもそも日本企業は本当の意味で「三方よし」といえる経営をやってきたのか。株主や顧客、従業員、地域社会などに対して、「適宜うまくやっておけばよい」という程度の甘えがなかったかと感じますね。

■取締役会の改善を実感

金融庁長官時代の遠藤俊英氏

――遠藤さんは金融庁時代、金融機関などの現場にもよく足を運んでいらっしゃいました。現場に行くことで、日本企業のコーポレートガバナンスはどう見えましたか。

金融庁にいたころ、金融機関のコーポレートガバナンスの状況を見てきました。金融機関の経営トップから話を聞いたうえで、社外取締役の方々をあまねく訪ねて話をうかがいました。その結果、金融機関の取締役会というのはこのように運営されているのかと、手触り感をもって把握することができました。

大手金融機関の場合ですら、最初は正直言って「取締役会って、この程度なのか」と思ったこともありました。しかし、その2~3年後に話を聞くとずいぶん変わっていました。どんどん改善されている印象を受けました。

一方で、地方銀行の社外取締役が集まる研修に呼ばれて、「社外取締役の役割」について説明すると、彼らから「初めて自分たちに期待されている仕事を理解しました」と言われることも多かった。社長や頭取には、社外取締役を活用しようという意識にバラツキがあったことに加え、社外取締役にも「経営判断の邪魔にならないように」という控えめな態度が見受けられました。上場企業といってもガバナンスの水準は、かなり違いがあると思いました。

――コーポレートガバナンス改革では、「社長の選び方」も論点の一つです。これまで、多くの日本企業では「社長の一存」でトップを選んできました。

「社長の一存」だと、どうしても主観的になりますね。「ずっと一緒に働いてきて気の合う人だから」といった理由で引っ張り上げようというバイアスはかかりますよ、人間って。

その時代によって、求められるトップの資質も違ってくるでしょう。「経営環境が厳しい時代は、軋轢を生むかもしれないが、剛腕な人物がいい」とか「平穏な時代だから、組織を調和させることがうまい人がいい」とか、いろいろな考え方がありえると思います。そういう意見を、社外取締役とも戦わせるべきじゃないでしょうか。それでも、実際に社長になってみないと、選んだ人が適任かどうかは分からないものですが、それでも、プロセスとして「やるべきことはやった」といえることが重要です。

■「後任は私が選ぶ」という社長に伝えること

金融庁が入る中央合同庁舎第7号館=東京都千代田区

――「社長選び」に関して、企業経営者の中には、「社長選び」のプロセスに社外取締役が関わることに根強い抵抗感もあるようです。

ある企業のトップの話ですが、長く存じあげているすばらしい経営者です。この方は、社外取締役が議論に加わって社長を選ぶシステムを信じていないのですね。「自分の後任として誰がふさわしいのかは、自分が一番よく分かっている。外部の人にいろいろ言われるのは好まない」とおっしゃるのです。これに対し、私はこう申しあげました。「ご自分が一番分かっているのはその通りですが、まずはトップ選びの手順を踏んでみたらいかがですか。社外取締役に対して、『自分はこんな理由で、この人が後任として適任だと思っている』と説明すればいいじゃないですか」

企業のトップ人事を名実ともに社外取締役に全部委ねるということは、おそらくどこもやっていないでしょう。現社長が社外取締役に対し、「私の頭の中にある次の社長候補には、こんな人たちがいます」と伝えたうえで、数年間にわたり、その人たちを見てもらうという流れじゃないでしょうか。

私は、社外取締役に説明するという手間をいとわないことが大事なのだと思います。その説明をしたうえで、社外取締役の人たちが「言った通り、いい人材ですね」となれば、現社長が考えていることがしっかり裏付けられたわけです。社外取締役もそれぞれ忙しい中、時間をとって集まってきています。そういう彼らの知見を最大限生かすことを考えた方がいい。社長が考えていることを彼らに提示すると、思いがけないアドバイスが出てくるかもしれません。

――コーポレートガバナンス改革を進めていくうえでは、海外投資家の目線も意識する必要があります。

当然、そうだと思います。とくに外国人投資家が投資するような大企業にとっては、そうですね。企業統治の「かたち」は意外と重要なんですね。例えば、日本企業に多い「監査役会設置会社」(取締役会が業務を執行しそれを監査役が監督する形態の会社)の仕組みは、海外投資家には理解が難しいのではないでしょうか。

私自身は、ガバナンスの「かたち」は、監査役会設置会社でも、指名委員会等設置会社(取締役が指名委員会・監査委員会・報酬委員会という3つの委員会の活動などを通じて経営を監督する形態の会社)でも、どちらでも構わないと考えています。形式じゃなく、実質が大事だと思います。ただ、海外投資家に分かってもらうことを優先して、委員会等設置会社への移行を決断をした企業もありましたね。

――トップが動かないと、その会社におけるコーポレートガバナンスは機能しないように思います。

コーポレートガバナンスが機能するかどうかは、経営トップ次第でしょう。トップの役割はすごく重いですよ。トップが「こんなもの必要ない」という態度だとしたら、コーポレートガバナンスはまったく機能しなくなりますから。

■結局は、各企業の「本気度」次第

――コーポレートガバナンス改革は、安倍政権の「アベノミクス」の一環として進められ、いわば「官主導」で改革のスピード感を増したようにも見えました。

「コーポレートガバナンス・コード」「スチュワードシップ・コード」をつくったという意味において、一見、官主導のようにみえるかもしれませんが、企業側に危機感があり、時代の空気が後押しして「コード」はできたのだと思います。ガバナンスを整えないと経営が成り立たない。日本企業が復活するためにまずガバナンスをしっかりさせて、立て直さなくてはならないという機運は、企業側にはっきりと存在したということでしょうね。そこに、うまく「コード」策定のタイミングが合致したと思います。

「官主導」のように見えても、行政が個別企業に何か注文できるわけではありません。大きな枠組みをつくっただけです。ここからは、各企業がどれほど本気でガバナンス改革を実施していくかに尽きます。個別企業のガバナンスを、官が引っ張っていくことはできません。

――このコロナ禍でも、安定した業績を保っているのは、オーナー経営者が多いように見えます。

オーナー社長や優れたカリスマ経営者がいる企業では、そのトップがすべての経営判断をくだすのでしょうが、そういう企業は必ずしも多くはない。多くの企業においては、オーナーやカリスマ経営者がかじ取りするわけではなく、社内で出世の階段を登ってきた社員が社長になって、会社を引っ張っていくわけです。

私が勤務するソニーグループでも、もはや(創業者の)井深大さんや盛田昭夫さんから直接指導を受けた人は少なくなっています。そういう状況で、だれをトップに据えるのか、どのようなビジネスを展開していくのか、それらを考えるためには、それなりのシステムをつくっておかないと難しいです。コーポレートガバナンスとはそのための装置なのだと思います。