■変化に即応。これが社長だ
――日本企業のガバナンス改革が進んでいます。「社長の選任・解任」が主なテーマとして議論されています。どうして「社長」が注目されるのでしょうか?
時代が大きく変わったからです。時代はどんどん変化する。変化というものに、対応できるかどうか。企業にとって一番大事なことで、それを担うのが社長だ。では、「社長とは何ぞや」と聞かれたとき、ひと言でいえば、やはり「時代の変化に即対応できる経営者だ」と言いたい。社長の役割とは、時代の変化に対応し、会社を成長させていくことです。
――「時代が変わった」ということですが、社長に求められる資質や役割も変わったのでしょうか?
いまのように変化の激しい時代でなかったら、日本の伝統的な経営のやり方は、それで通じるのでしょう。だが、いまは「新しいもの」をどんどん吸収していかなくてはだめです。世界がどんどん変わっているから、変化への対応力が必要。経営に自分の考え方をしっかり持っていることが重要です。年功序列に沿って、ただ下から上がってきたという人物では難しい。
新しいものを吸収する一方で、トップの社長が自分の考え方をはっきり持っていないといけない。そうしないと、経営はうまくいかない。いまの時代の社長とは自分の確固たる考え方がある人です。
■分からないことは、分かる人に任せる
――日本企業では、新卒で入った会社でコツコツ階段をのぼり、最後に社長にたどり着く、というコースが一般的です。
日本の会社というのは新入社員で入ってずっとそこに勤めて、社内の階段を上がってきた人が社長をやります。日本の会社は、社内で育った人が多いから社風も大きく変わらないし、会社に染みついた伝統とかが根強く残っている。世の中がそれほど大きく変わらないのであれば、そこで育った人が社長をやった方がうまくいきます。
いまは過去の延長線でやってきたことが通用しない時代になった。どこの業界もそうです。自分たちが培ってきた自信が通用しない時代。だからこそ、「いまの時代を自分のものにする」ということが求められます。世の中の変化を、常に自分の中に取り入れられたら何をやっても成功する。過去にやってきた、伝統的なやり方に拘泥する人だと難しいですね。会社員として、忠実に階段を登ってきた人ほど、新しいビジネスをやるのは難しいものです。
――人口減や高齢化、デジタル化やグローバル化の加速など日本経済をとりまく環境も激変して、経営のトップに立つ社長にとっては困難が多いです。
ぼくに分からないこと、例えばデジタルのことね。若い人たちはいま、それをふつうに会得していますよね。「分からない」と言っているのは我々だけなんでしょう。だったら若い人たちに任せればいいじゃないですか。その人たちの力をどうやって活用していくか、そういう風に考えればいいわけです。
自分が「分からないこと」を学んで、自分のものにしようと思ったら、それは大変です。リーダーである自分が全部ものにしようと思わなくていいから、できる人材をどう活用するか。そういう考え方に立てばいいのでは。ぼくは流通業界に入ってから、店頭に立ってモノを売ったことがなければ、自分で商品を仕入れたこともない。それができる人に任せればいいと思ってきた。
――ガバナンス改革では、「将来の社長」をどう育てるかが焦点の一つになっています。これを受け、意識的に育てようとする企業も増えてきました。「後継者育成」については、どう考えますか。
後継者を「つくる」のは無理です。せいぜい、適格者を「探す」ことしかできない。学校の勉強だったら、子どもに勉強させて、学校でもクラスでもできるようにしてあげられるが、経営の後継者を育てるということはちょっと違う。
――「将来の社長」を育てることが難しいならば、「自分で育つ」しかないのでしょうか。
できるとすれば、見込んだ人材に仕事の「責任を負わせる」ということじゃないですか。与えられた責任をまっとうする人材がいたら引きあげる。だけど、これは「教える」ということではないよね。教えるってことは難しいです。
――米国では、トップのCEOを、いきなり外部から招くということが珍しくありません。こうしたやり方は、日本でも広がるのでしょうか?
日本の会社は、会社に染みついたもの、伝統というのか、そういうものが根強く残っている。米国の会社はトップが代わって経営方針も変わると、わりと素直に受け入れる。米国であれば、いきなり外部から社長・CEOが来てもトップの方針が日本より浸透しやすく、日本よりやりやすい。ずっと、そう見ていました。日本と米国の会社には、大きな風土の違いがある気がする。
日本の会社に残る根強い伝統はいい面でもあるが、新しいものを受け入れがたいという側面もある。それだけにトップを外部から連れてきたとしても、うまくいくことは少ないのではと思います。
■役に立つ社外取締役は1割か2割
――ガバナンス改革の議論では、社外取締役をどのように活用するか、ここに注目が集まっています。
社外取締役でいえば、本当に経営の役に立っている人というのは、全体の1割か2割程度だろうと思っている。最近、「社外取締役の割合を何割にしなさい」という議論もあるが、あれは学者や評論家が言っていることだ。実務家がそう言っているという話は聞いたことがない。
社長が、自分の方針を持って経営をやる。社長が優秀であれば、リーダーは1人いればいい。意思決定するのは1人なのです、会社というものは。そういう人を配置することによって、ほとんどの会社は成り立っている。
――そうなると、優秀なリーダーを持てない会社は、経営の屋台骨が揺らぐこともある、ということですか。
そういうことです。みんなが腹が減っているという時代ならば、「そこそこ」のものがあったら、みんなそれを食べて満足していた。だけど、いまのように、多くの人が満腹の状態のときに、何かを与え、かつ食べた人みんなを満足させることは難しい。時代の変化に対応しながら会社を成長させるが社長の役割です。
――会社の経営を担う人の呼び方もいろいろあります。「社長」「経営者」「実業家」のほか、会社をつくったトップであれば「起業家」など、さまざまです。鈴木さんは、どれだと思いますか。
(即答で)経営者だろうね。「社長」といっても、千差万別でよく分からないところがありますね。「社長」と呼ばれる人は、どこにでもいます。「経営者」といえば、事業を実際にまとめていく人物のことでしょう。やはり経営者ですね。
――「社長」や「経営者」という言葉を、意識的に使い分けてきましたか?
あまりそういうことはなかったけれど、自分でやってきた仕事を振り返ってみて、何をやってきたかといえば、やはり「経営」です。「社長になりたい」と思ったことはまったくなかった。「目の前にあるこの事業を何とか成功させよう」ということだけ、いつも考えていた。
■「経験」が通用した時代は楽だった
――社長になったのは、「目の前の事業」をやってきた結果だった、ということですか。
そうそう。ふと過去のことを考えると、私の場合、やることなすこと、すべて反対された。セブン―イレブンを始めるときは、みんなに反対された。「日本には、すでに小売りの商店街がいっぱいあって、そこに小さい店をさらにつくっても、うまくいかない」「日本では各地にスーパーが進出していて、商店街の多くが衰退している状況を見ても、小さな店は成り立たない」とか。それが当時の流通業界の常識だった。でも、そうじゃなくて、なぜ日本の小売業が大型店中心になって小さな店は伸びないのか、それは時代の変化に対応できていないからではないのか。そういう風に考えた。日本に商店街がたくさんあるからといって、関係ないだろうと思っていた。「大きいことはいいことだ」という時代だから、反対論の根拠は規模の大きい小さいの話ばかりだったし。
だから、反対されても何とも思わなかった。あんなに反対されたのに、何でやったのか。世の中に反抗してやろうとか、そんなことを思ったわけでもなく、「なんで反対するんだろう、やってもいないのに」と思っていた。うちの伊藤(=イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊氏)からも「そんなことやっても、うまくいかないよ」と言われていた。
当時、アメリカにコンビニがあったとはいっても、あれは自分で土地を買い、店をつくり、オペレーションする人たちを採用するやり方だった。私たちがやったのは、商店街の酒屋さんであったり、食品店であったりしたところを、資本を出さないでチェーン化していった。世界で初めてでした。だから学者などは、そんなことできないと言いました。
――セブン銀行をつくるときも、同じように否定論の嵐でしたね。
「銀行をつくる」と言ったときも、わざわざメインバンクのトップが来られて、「鈴木さんね、素人がやるって言ったって、銀行業って大変なんです、難しい。私たちが付いていながら失敗ってことになったら、あなた方も大変だろうし、私たちも笑われてしまう。だから、おやめになった方がいいですよ」といろいろ忠告を受けた。そのとき考えたのは、先ほど言ったように「なんで反対するんだろう、やってもいないのに」ということだけ。都市銀行と同じものをつくるわけじゃないからね。
だから、セブン―イレブンをやるときも銀行をつくるときも「さあ、とんでもないことに挑戦するんだ」とは、全然考えなかった。何というか、絶壁を、崖をはいあがるような難しさは感じていなかったですね。やろうとすることを「これは難しいことなんだ」って考えたらダメなんじゃないか。物事を「難しい」と考えたらできなくなってしまう。
――周囲のみんなが反対するなか、その事業をやろうとするのは、多くの会社員にはなかなかできません。
反対するってことは「前例がない」からなんです。「前例がない」ことに対しては、みんな反対するんだよね。これまでの「経験」にとらわれるんです。たしかにこれまでは、経験というものが通用する世の中だったのよ。経験というものが通用した時代は楽だった。
経験が通用した時代における「優秀な人」っていうのは、記憶力に優れている人のことでした。つまり「過去にこんなこと、あんなことがあった」ということを覚えていて、それをまねすればよかったから。いまの時代の社長は、まねだけじゃだめです。自分の確固たる考え方を持ったうえで「率先垂範」を実践する。リーダーがしっかりしないと。
――やはりリーダー、社長が大事ですか。
よく昔から言うでしょ、企業というのは「社長の器以上にならない」と。その通りです。