1. HOME
  2. People
  3. 【浜田宏】社長のクビを切る仕事。社外取締役には、それだけの覚悟を求める

【浜田宏】社長のクビを切る仕事。社外取締役には、それだけの覚悟を求める

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
浜田宏・ARUHI会長兼社長

■社外取締役、「形」よりも「人」

――近年は、日本企業でもガバナンス改革が加速しています。社外取締役という「外部の目」を活用することで企業価値を上げていこうという動きが広がっています。

まず、「正しい」社外取締役を選ばないといけないでしょう。コーポレートガバナンス改革は、一定数の社外取締役を入れなくてはならないということで、どこの企業も社外取締役になってくれそうな人材を探しています。とりあえず形式だけ整えようとか、とにかく女性比率を上げようとか、メディアによく出てくる有名人を集めようといった動きも目立ちます。

経営を知らない人を上場企業の取締役にして、「さあガバナンス強化だ」といったところで、それは無理です。どんなに見た目を整えても機能しません。一般論として、社外取締役たちの質も玉石混交です。社外取締役の仕事を、単なる「名誉職」と思っている人たちも多い。ガバナンスの形式の議論はそれはそれで大事なことだが、最終的には「人」です。どんな人物を社外取締役にもってくるか。それで成否が決まります。

「東証1部上場」を祝うイベントに参加する浜田宏会長兼社長(中央)=ARUHI提供

――アルヒの場合は、3人の社外取締役をどのように選んだのでしょうか。

当社の3人の社外取締役のうち2人は上場前に、1人は上場後に、会長兼社長の私も一部関与して候補者を選びました。私が候補者を選んだ基準は極めて明確で、「この社外取締役の人たちにならば、自分の首を切られても仕方がない」と思える人たちだった、ということです。

――「自分の首を切られてもしょうがない」という部分は、とても興味深いのですが、そこをもう少し具体的に教えてください。

うちの会社に来てもらう社外取締役にとって一番大切な仕事は、「私をクビにすること」だと考えていました。言い換えれば、ARUHIにとって「正しい社長を選ぶ」ということです。

だから、社外取締役の3人には、「もし仕事の結果がついてこないとか、業績がどんどん悪くなっていくとか、トップの私が原因で社内のモラルが低下していったり、嫌気がさして社外に逃げていく人が増えてきたりして、このままだと会社が大変なことになると思ったら、どうぞ私のクビを遠慮なく切ってください」とお願いしています。もし社長が、そういう風に言い切れないのであれば、社外取締役という仕組みは機能しないでしょう。「仏つくって魂入れず」になります。「正しいトップを選ぶ」ために、社外取締役はいるのだと思います。

ただ、いまは私がARUHIの企業価値を一番上げられる人間だと思っています。だからこそ、「会長兼社長」「最高経営責任者(CEO)兼最高執行責任者(COO)」という肩書でやっています。私よりもすごい人間が出てきたら、すぐにでも自分のポストを渡すべきだと考えています。

――「私のクビを切ってもらって構わない」というのは、相当な覚悟だと感じました。

そのかわり、社外取締役には、私の方から「この会社のことを本気で理解してください」とお願いしています。本気で仕事ができないのであれば、社外取締役の仕事を、こちらからご遠慮いただくことがあるかもしれない。受け入れる側にも、相当な覚悟が必要です。

社外取締役を「名誉職」扱いしておけばいいと言って、社内議論に巻き込まなかったり、「まあまあ、とにかく数年ほど職にいてくださればいいですから」と言ったりしていては、意味がない。私自身も、社外取締役を数社経験してきましたが、やはり受け入れる企業側、加わる社外取締役の両方が本気じゃないとダメです。

ある会社で社外取締役の人が、取締役会が終わってから、「勉強になりました。ありがとうございます」と言ったのです。発言を聞いて、私は機嫌が悪くなりまして。というのは、会社のことを勉強してもらうために来てもらっているわけじゃないです。社外取締役は、経営を執行する側を監督するのが仕事なのだから、勉強しに来られても困ります。「私も知らない経営のやり方をやっているので、その点は勉強になりました。でも、この点は改善を加えたらどうでしょうか」とか、そういう視点で語ることが、社外取締役のあるべき姿じゃないのか、と思いました。

「東証1部上場」を祝うイベントに参加する浜田宏会長兼社長(左)=ARUHI提供

――経営者の中には、社外取締役が中心になって社長を決める「指名委員会」のような仕組みには、抵抗感があるようです。

日本企業の社長は、自分が働いてきた会社でずっと生きていくケースが多いです。代表取締役社長から副会長、会長になって、名誉会長になって、さらに特別顧問になって、最後は社友になる。そんな肩書が書かれた名刺を持ち続けます。社長をやめ、そういうポストに退いてからも、自分の子飼いの番頭のような人を社長に据えて、院政を敷いている人もいるようです。そういう人にとっては外部から社長人事に口出しされるのは嫌でしょう。

■「プロ経営者」という言葉、好きじゃない

浜田宏・ARUHI会長兼社長

――デルの日本法人やHOYAでトップを務め、いまはARUHIで社長を務めています。「プロ経営者」とも呼ばれていますが、ARUHIの社長になった経緯を教えてください。

経営者は誰もがプロであるべきで、「プロ経営者」と呼ばれるのはあまり好きではありません。デルやHOYAを経て、次はどうしようかなと考えていたところ、米投資ファンドのカーライルがやってきた。「住宅ローン会社を買収したのだが、社外取締役とかアドバイザーとかやってくれないか」ということだった。金融業界に興味はないし、経営したこともない、会社の規模も大きいとはいえなかったので、お断りしてきた。あまりにしつこいので、一度だけ話を聞きに行った。そこでもお断りをしたのですが、後日もう1回だけ話を聞いてほしいと言われ、会いに行きました。

そのとき、突然、事業アイデアが一気におりてきたのです。1時間ほどの間に、こうしたら面白い会社になるんじゃないかとか、ひらめきました。そこでカーライル側には「好きなようにやらせてもらえるならば」と引き受ける意向を伝えた。すでに社長はいましたから「会長兼CEO」でどうだと。好きにやらせてもらい3年以内に株式を上場させてみせる。その際、「好きにやらせてもらう」と条件を付けたわけです。

そのころ持っていた資産をほとんど解約し、この会社に株主として投資しました。会長兼CEOとして着任し、のちに社長を務めるようになりました。その間もARUHIの株を買い続けて、個人筆頭株主になりました。

社長になって、会社名も自分で考えて「ARUHI」にしました。「ある日、人生を変えたい、家を買いたい」という思いを大切にしよう、そんな思いを応援しようという意味です。企業ロゴもデザイナーの力を借りながら自分で考えました。会社のミッションやビジョンも自分が中心となって書きかえたのです。

もともと、前身となる「SBIモーゲージ」という母体となる会社はあったわけです。純粋な意味での起業とは違いますが、自分の戦略やビジョンを100%反映させて、おかげさまで当初予定の3年どころか就任2年半で東証1部に上場することができたのです。

――そのパワーの源泉はどこにあるのでしょうか。

勢いがどこから来るかというと、私は半分投資家でオーナーであり、半分は社長でありCEOであるという執行サイドのトップかつ総責任者である。その両方があったからではないでしょうか。ファンドに雇われただけの社長だと迫力もあまりないかもしれないが、私の場合は、納得できないことがあったらおれはやめるぞ、といいますか、それぐらいの気持ちで取り組みました。ありがたいことに大株主のファンドも全面的にサポートしてくれました。

本当に「魂のこもった経営」をするには、経営者自身が金銭的リスクもとらないといけません。リスクをとって自分を逃げ場のないところに追い込まないと。悪い「サラリーマン社長」の例がそうであるように名誉と権力を追い求めるだけだと、世界に伍して戦っていく企業にすることはできません。

■プロボクサーとアマチュアボクサーの違い

――日本企業の場合、新卒で入社した会社で階段を上がっていき、最後にあわよくば社長になるというコースがふつうですね。

下から上がって最後に社長になるという仕組みとか、企業間の人材の行き来がほとんどない、という企業カルチャーはどうなんでしょう。日本は「自前主義」の会社が多い。人材も自前主義、技術も自前主義。大企業を見ていてもそうだが、外部から人を入れても社内のアレルギー反応が強くて、結局、力を発揮できない。自前主義でやっているかぎりは、その会社のことしか知らない人、その会社のやり方、お作法しか知らない人が上へ上へと行くわけで、根本的な企業変革はほとんどできないのではないか。

だから、競争相手が誰だろうと全然負ける気がしない。だって、怖いだろ、新しいことやって失敗したら怖いだろって思う。おれは怖くないからな。簡単に言うと、そういうことです。恐れずに言えば、プロボクサーとアマチュアボクサーのような違いを感じる。明確な差が出るのは、最後はその部分じゃないかと思っています。

経営者はリスクをとらないといけないと思います。私がお付き合いさせていただいている経営者は尊敬できる立派な方ばかりですが、日本企業を見渡すと、中には企業価値を上げようと、真剣に思っていない経営者が少なくないようにも見えます。4~6年間、問題なく社長をやり、副会長になって、会長になり、経団連や経済同友会の要職に就く、業界団体の会長になる、政府の諮問委員会に入る、それで勲章をもらう。これが目的になってしまってはダメです。

――浜田さんのような社長は、日本企業では珍しいかもしれませんね。

私は、世間でよく言われるようなサラリーマンの趣味は全然やらないのです。ゴルフやカラオケ、接待、マージャンとか。そういう意味で、私は変人かもしれないですね。

会社の中で偉くなって、会社を辞めても、名誉と権力にすがる生き方は好きじゃないです。米国のビジネスパーソンなんかは、会社を辞めたあとに、すんなり違う人生を歩むことができている。会社を離れてから、「元○○会社CEO」などの名刺を持っている人はまずいません。ちなみに、私の次の人生の目標は、ヨットで世界中の海を航海する探検家になることです。

浜田宏・ARUHI会長兼社長=畑中徹撮影