■日本企業が「二極化」する可能性
――ここ数年、日本企業のガバナンス改革が加速しました。改革はいま、「何合目」に到達したと考えますか。
2014年に「スチュワードシップコード(機関投資家に求められる行動原則)」、15年に「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」、その後もガイドラインや実務指針などが策定され、形式をめぐる整備はおおむね完了したといえます。日本のコーポレートガバナンス改革は「形式から実質へ」という段階に入ったと思います。その一方で、日本を代表する企業の不祥事が減っているとは言いがたい。そういう意味で、いまは「5合目」だと考えます。
――コーポレートガバナンス改革の狙いの一つには、日本企業の「稼ぐ力」を高めることがありました。ガバナンス改革を進めることで、収益向上につながったのでしょうか。
企業の「稼ぐ力」をあらわす指標の一つ「ROE(自己資本利益率)」や、株主還元の面では改善がみられたのではないでしょうか。
一方、デジタル化の加速や足もとのコロナ禍で社会が大きく変化する時代ですから、日本企業が世界の市場での存在感を示し、牽引(けんいん)していけるかどうか正念場を迎えていると思います。コロナ禍が去ったあとに「コロナ前」の世界に戻るならばいいのですが、そうならず、そもそもビジネス環境が変わってしまうということも考えられます。
今後は、そういう激しい環境変化に対応できる企業と、そうではない企業の「二極化」が進むのではないでしょうか。そう考えるならば、現在は、まさにガバナンス改革の真価が問われる重要なターニングポイントにあると思います。
■社長に「耳の痛いこと」言えるか
――ガバナンス改革では、社外取締役が果たす役割に期待が集まっています。一方で、企業経営者の中には「社外の人たちに、うちの社内のことが分かるはずがない」という本音も見え隠れします。
社外取締役が、社内の人と同じように社内に精通し、「同じ土俵」で会話をしようとしても限界があるのは事実だと思います。ただし、取締役会の役割は「経営の監督」であるとすれば、社外取締役が社内の人と同じように内部事情の隅々まで精通する必要はないですし、評価や監督という役割については十分に果たせます。
一方、社外取締役にも相応の「覚悟」が求められます。「社長のお友達だから参加した」ということでなくて、株主の負託を受けて選ばれている以上、社長にとって「耳の痛いこと」もしっかり言わないといけないですね。一般に社内出身の取締役は、自分の上司でもある社長に対して、「そうはおっしゃいますが……」と意見を述べることはとても難しい。やはり、取締役会において「議論」のきっかけをつくるのは、社外取締役の役割といえるかもしれません。経営を執行する側の社長と、経営を評価・監督する側の社外取締役の間に、いい意味での「緊張感」が欠かせないと思います。
――社外取締役という「外部の目」を入れて自社の社長・CEOを選任する試みが、日本企業の間でもじわりと増えてきました。こうした流れをどう評価していますか。
透明性のあるプロセスで選ばれることは極めて重要だと思います。ただ、一般に日本企業では、「経営人財」の選抜は企業ごとに閉じられていて、社長・CEOのほとんどに他社の経営経験はなく、まったく異なる価値観や考え方に基づく多面的なトップ選びはできていません。これは、ほとんどの上場企業の実態でしょう。
そうなると、統治のかたちだけ「指名委員会等設置会社」(取締役が指名委員会・監査委員会・報酬委員会という三つの委員会の活動などを通じて経営を監督する形態の会社)に移行して、トップ選任のプロセスに社外取締役に関与してもらっても、なかなか効果が出にくいでしょう。
ならば、時間はかかりますが、人材育成の戦略をつくる段階から社外取締役がしっかり関与するところから始まって、社長をはじめ新しい経営陣を選ぶプロセスにじっくり関与することが必要だと思います。そのためには、普段から経営幹部の候補者と社外取締役との接点を増やすなど、企業側も努力することが大事になりそうです。
■変革のカギは「社長にあり」
――ひと言にコーポレートガバナンス改革といっても、多くの課題や論点があります。15年にコーポレートガバナンス・コードが示されて、その後コードの改定を重ねながら改革が進んできました。21年のいまの時点で力点を置くべきところはどこだと考えますか。
デジタル革命やコロナ禍により、どこの日本企業においても、「100年に1度」といわれる大きなビジネス環境の変化に直面しています。私はもはや「過去の延長に未来はない」と思っていて、そういう強い危機意識のもとで、それぞれの企業は中長期的に企業価値を向上させるために、新たな「価値創造」と、社会の共感を生む「価値伝達」の力が問われていると考えています。
その際、重要になるのは、何といっても経営トップである社長・CEOたちが、経営改革への確固たる意思と、さらに「覚悟」を持つことだと思います。まずは、社長・CEOが「この会社をこのように変革したい」と思わないことには何も始まらない。社長・CEOは、社外取締役としっかり連携しながら、変革の牽引役となる取締役会を実効性のあるものに高めていくことが求められます。
「コーポレートガバナンスに力を入れたところで、もうからないじゃないか」と言う経営者は、ちょっと認識がずれていると言わざるをえません。そもそも企業は成長が求められます。成長に向けた「エンジン」となるのは取締役会であり、その実効性を高めていくことこそがコーポレートガバナンス向上の鍵なのです。
――先ほど、「社長・CEOの覚悟が重要になる」との指摘がありました。やはり、コーポレートガバナンス改革を担っていくのは社長・CEOなのでしょうか。
そう思います。これまでは、社長が実権を握って、大事なことは俺が決める、俺こそがルールだという時代もあったかもしれません。後任社長を決める際には「盾突かない後輩」を選び、自分の実績を否定しない人が選ばれやすかったのも事実でしょう。でも、それでは企業自身がもたなくなってきたと思うのです。
「過去の延長線上に未来がある」時代であれば、そういう経営トップだとしても構わないと思います。しかし、それでやっていると、結局は業績が悪くなってしまう。実際に、多くの日本企業がそういう現実に直面してしまった。この状況を何とか打破しなくてはならないということから、いわゆる「攻めのガバナンス」が言われるようになりました。これは外部の問題ではなく、日本企業に求められているのは「内なる改革」です。
企業が変革できるかどうかは、結局は、社長・CEO次第ですが、社長・CEOだけでは会社全体を動かせず、「笛吹けど部下は踊らず」ということがあるかもしれない。だからこそ、社外取締役の声を最大限いかし、取締役会を変革に向けたエンジン役に位置づけることが大事になる。「変革の必要性は社長・CEOだけじゃなく、社外取締役を含めた取締役会メンバーの総意である」ということを、社内全体に浸透させていくべきでしょう。コーポレートガバナンスをうまく活用していく知恵が求められます。