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【新浪剛史】これからの会社を作るのは「パーパス」と、修羅場をくぐったトップ

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
サントリーホールディングスの新浪剛史社長=東京・台場、迫和義撮影

■「アメリカ式」企業ガバナンスでいいのか

――2015年に金融庁と東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を示してから、日本企業のガバナンスのあり方が変わってきました。ガバナンス改革の現状をどう見ていますか。

日本企業の内部統制が強化されたのは事実ですが、コーポレートガバナンス・コードが示されて5年以上が経過し、考え直すべき時期に来ていると思っています。

――具体的には、どういうことでしょうか。

コーポレートガバナンスのお手本となった米国で、株主を中心に据えた一株あたりの利益を短期的にあげる金融資本主義から転換し、企業が世の中の役に立ち、さまざまなステークホルダー(利害関係者)から評価されるからこそ、企業価値も上がるという「ステークホルダー資本主義」が唱えられ始めました。

SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)投資ということも盛んに言われ、さらにこのコロナ禍で企業のあり方が再考され、資本主義はどうあるべきかというテーマも議論されるようになった。「これまで通り、米国型のコーポレートガバナンスをめざして本当に大丈夫ですか」と問い直すタイミングなのだと思います。

――たしかに、米主要企業でつくる経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は2019年夏、「脱・株主第一主義」を表明し、世界をあっと言わせました。日本企業の間では、米国企業が日本の「三方よし」の考え方に近づいてきた、との受け止めもありました。

片方が、お金もうけに貪欲な「グリード」とすれば、もう片方は「モラル」です。モラルの代表といえば、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」で、日本企業は三方よしをやってきたと言われますが、本当にそうでしょうか。日本企業は、「グリード」「モラル」の両方とも中途半端だったのではないかと思います。

日本は「もうかる」「金もうけ」ということに対して批判的な風土があります。しかし、上場企業にはそれぞれ株主がいることを考えれば、やはり収益を上げるということに、しっかり取り組まなくてはいけない。収益性の低い日本企業は「グリード」の点で、後れをとっています。

一方、「モラル」が高いかといえば、そうともいえない。社員の満足度では欧米企業の方が高いというデータも出ています。なかなか賃金が上がらない、上の世代が詰まっていて若い人が昇進できないとか、年功序列で上の世代は働かなくてもそれなりの給料がもらえるとか、働く人たちの間ではそういう不満も出てきている。収益を上げることも中途半端、三方よしも中途半端という状況で、どうしたらよいのか。両者の真ん中に「解答」があるのではなく、日本企業は今後、収益を上げるということと、従業員をはじめ、すべてのステークホルダーと向き合うことの両方をやらなくてはいけない。

■修羅場経験は社長候補者に欠かせない

ローソン社長時代の新浪剛史氏。ヒット商品「おにぎり」を手に=2003年2月、朝日新聞社撮影

――両方やらなくてはならないとなると、企業経営はますます大変になります。

いまの時代は、経営者というものがすごく難しい仕事になっている。注目されている渋沢栄一の「論語と算盤」でも、論語だけをやっていればいいとは言っていない。彼があれだけの数の企業を立ち上げたのは、算盤のところも優れていたからです。

――経営者というものが難しい仕事になったとのことですが、いまのような変化の激しい時代だと経営トップに求められる資質も変わってくるのでしょうか。

トップの資質として重要なのは、「修羅場」を何度も経験し乗り越えていることでしょう。伝統的な日本企業では、経営幹部候補生を「弾が当たらないような部署」に配置するということもありましたが、経営を担う人材こそ、現場の大変なところに出して、修羅場経験をさせることが大事です。そういう経験を経た社長でないと、これからの時代は厳しいと思います。

「時代に合った経営者」を選ぶことも大事になるでしょう。いまのように時代が大きく変わっていくときに求められるのは、従来型のエリート部署を歩いてきた人ではないはずです。経営に携わる人材の育て方に関して、変える企業と、そうではない企業があって、少なくとも10年後にはその差が歴然と出ることでしょう。

――コーポレートガバナンス改革の議論では、「社外取締役」の役割も大きな焦点になっています。

私は、社外取締役には、事業を経験した社長、もしくは会長などが加わることが大事だと考えています。現職の社長に社外取締役として入ってもらうのは時間の制約から難しいかもしれませんが、会長職であれば可能ではないでしょうか。経営トップをやった経験がある人にこそ、独立社外取締役をやってほしいですね。

経営で修羅場経験をした人、大変な思いをして経営を立て直した経験がある人だと、なお望ましい。トップをやったことがない人は、トップにアドバイスすることができないからです。トップとナンバー2はまったく違うものなのです。トップ経験のある人は、社長の良き相談相手になれます。

コーポレートガバナンスにおいては、社長の良きサポートをするとともに、苦言を呈すことも重要ではないかと思います。ただ「数」を整える形式的なコーポレートガバナンスから、経営トップの経験者が必ず独立の社外取締役に名を連ねるなど、「質」への変革が必要です。

■日本企業に足りない「異なるもの」を受容する力

――日本企業が強くなるには、何が足りないでしょうか。

いまの日本企業にもっとも足りないことは、「D&I」だと思います。ダイバーシティ・アンド・インクルージョン(多様性と包摂)です。ジェンダー平等にとどまらず異なった文化を持った人たちを積極的に受け入れる。異なるものを受け入れて、さまざまな視点や発想を集結させ、成長していくことが必要です。日本企業は、異なるものを受容する力が弱くなっている。イノベーションとは、多様性があるからこそ起きるのだと思います。

サントリーホールディングス社長への就任が決まり、記者会見に臨む新浪剛史氏(右)。左は当時の同社社長、佐治信忠氏=2014年7月、朝日新聞社撮影

――サントリーホールディングスにおいては、米国の蒸留酒大手ビーム社(現ビームサントリー社)を7年前に買収して、グローバル化が加速しました。

約1兆6千億円もの巨費を投じて米国のビーム社を買収し、世界的な食品酒類の総合企業として歩み始めていますが、日本は人口が減っていくから国内市場は残念ながら大きく成長しないため、当社に限らず、世界に打って出ないといけないと考える企業が増えてきました。

面白い企業があったら、グローバルなM&A(合併・買収)もどんどんやるべきだと思います。例えば、業種が異なるシリコンバレー企業でもいいし、まったく違う文化を持った企業でもいい。思い切って、グループに加えていく。そして、自分たちに必要のない部門は売却していく。コーポレートガバナンスはそういうことを果敢にやろうとする社長を支援できる仕組みとも言えます。そういう意味で、取締役会は社長の「応援団」でもあるといえます。

イノベーションを起こして、企業の新陳代謝を高め、成長産業に人の移動を促していく。そんなダイナミズムをどうつくっていくか。アントレプレナー(起業家)がどんどん生まれてくるような社会にする。彼らがつくった若い企業を大企業などが買収するといったことも必要でしょう。シリコンバレーなどでは、ベンチャー企業は上場するよりも、大企業が買収することも多いようです。起業家たちがつくった会社が育ったら手放して、彼らがまた新しい会社をつくっていく。そんなサイクルができたらいいですね。

――日本企業のガバナンスで、これからの課題は何でしょうか。

何のためにコーポレートガバナンスに取り組むかといえば、最終的には、企業の持続的成長の実現、そのために必要なことは「社会との共生」です。その会社が存在することが世の中にとって重要だと、社会から評価されなければ、会社の価値が持続的に上がっていかない。そこで大事になってくるのが「企業の理念」だと思います。自分たちの会社が何のために存在しているのかということを、さまざまなステークホルダーに理解してもらう。取締役会は定義した「パーパス(存在意義)」を、社長が忠実に執行しているかをしっかり監督していく役割が最も大切なのではないでしょうか。