強硬保守派が揺さぶるアメリカ議会、アメリカ主導で国際秩序は取り戻せるか【前編】
今回は、2023年の国際秩序の行方をアメリカ内政と安全保障の視点から話し合います。(以下、敬称略)
中川 パックン、今年もよろしくお願いします。今回は、2023年の最初の対談ということで、今年、世界はどうなるかを果敢に予測していきたいと思います。
私は、今年は、これからの10年間の国際秩序を決定する一年になるんじゃないかなと思ってます。
ロシアのウクライナ侵攻が始まってもうすぐ1年になりますが、プーチンが仕掛けた戦争をいまだに誰も止められていません。それを止めるのは、アメリカ・バイデン大統領か、3選を決めた中国の習近平国家主席か、あるいは、単独では無理なので、集団で止めていく、国連安保理の存在意義も問われます。
日本の安全保障環境はどうでしょうか。日本は、今月から12回目の国連非常任理事国になりました。岸田首相は就任後、初めて首都ワシントンを訪問して、待望の日米首脳会談を行います(注:本対談は1月10日に実施)。
昨年12月には、ウクライナのゼレンスキー大統領が初外遊し、米議会で演説しました。ロシアの侵略は、民主主義を守る戦いだと同大統領は強調しました。
最後に、中国の動きですね。中国は今年に入りさっそく台湾周辺で軍事演習を実践しています。習近平国家主席は昨年12月、サウジアラビアを訪問。異例の厚遇を受けました。原油価格が高止まりする中、中東がアメリカと中国、世界の二大大国を手玉に取るような流れも出てきています。
パックン 中川さんがおっしゃるとおり、今年は、世の中が大きく変わる可能性がある一年なんですね。10年、20年後に2023年を振り返ったときに、ルールに基づいた国際秩序の構築を取り戻した年となるか、もしくは、崩壊した年になるかという感じですね。
本来、戦後レジームは、ルールに基づいた国際秩序が「規範」だったと思うんですね。アメリカがイラクに対して侵略戦争を起こすなど例外はあっても、基本的に、大国同士の戦いになりかねないようなウクライナ侵略ほどの「規範破り」はありませんでした。
これを放っておくと、国際法には罰則があまりないので、ここで抑止力を発揮しないと、国益を優先してルールを破る国が続々と出てくることになります。実際、違反者への制裁は大国のアメリカに任せて、ほかの国々は制裁の「すり抜け」をやってるんです。
例えば、中国とかNATOの同盟国トルコが、ロシアにさまざまなものを輸出することによって、ロシアは生き延びていると思われます。制裁のすり抜けに対する制裁がないから、各国の判断で自由にやってしまう。そうするとやっぱり規範自体が崩れてしまい、10年、20年後には、皆好き勝手にふるまう恐ろしい世界になっていると思うんです。
それから今年、僕が注目するのは、気候変動問題です。この10年間でCO₂排出量を半減させないと、国際的な目標とされている1.5℃に温度上昇を抑えるという目標は達成できないとされている中、昨年の世界の排出量は増えているんです。
ウクライナ戦争も相まって原油高になり、エネルギー重視へのシフトが加速しました。中川さんが指摘された中国の中東への接近。中東からアメリカがプレゼンスを引くことによって「真空状態」が生まれ、中国が新たに台頭するスーパーパワーとして、その穴を埋めることも当然考えられると思うんです。
また、昨年末には、イスラエルでネタニヤフ政権が再度発足しました。イスラエル史上、最右派の政権といわれています。パレスチナ人による第3次インティファーダ(反イスラエル民衆蜂起)が始まるかもしれないし、イランでは、昨年から反政府デモが続いている中で統治体制が、大きく混乱する可能性もあります。世界の目が再び中近東に向けられることになるかもしれません。
中川 アメリカでは、年明け早々、下院議長が15回にわたる選挙でようやく選出されるなど、今後の議会運営の見通しは暗そうです。
パックン 今回、トランプ派の保守派議員の集団が議長選挙を阻止していたわけですが、彼らには今までもいろいろ譲歩したわけですよ。法案の中身とか委員会の委員長の座を譲る、そういうことをやってきたから、今回もまたわめいて得しようとしたわけですね。泣いている子どもにアメを与えると一瞬泣きやむけど、泣けば得すると分かればまた泣く、というのと同じです。
下院議長なんて、どうでもいいじゃないと思うかもしれませんが、議長がいないと就任式が行えず、議員たちはまだ議員じゃなくて、議員当選者にすぎないわけですね。クオーターバックがいないとアメフトのプレーが始まらないと同じようなものです。
僕はどちらかというと民主党側なんで、下院議長選挙の(共和党内の)いざこざに関しては面白く見せてもらったんだけど、「危ないぞ」とも思うんです。たとえば、債務上限の引き上げが遅れてアメリカが債務不履行になってしまったらどうなるのか。アメリカ経済も、世界経済も大暴落ですよ。ウクライナ支援も止められちゃう。たった数人の極端な右派のみなさんが鍵を握っていいのかと、すごく危機感を覚えます。
中川 昨年12月のゼレンスキー大統領の議会演説はどうでしたか。アメリカ英語も含めた、訴え力、パフォーマンス力とかは、さすがだなという感じを受けました。民主主義の本場アメリカ、その議会での演説は特別だったのではないでしょうか。
パックン いや、うまかったですね。アメリカの歴史から、今回のウクライナの戦いに共通点を持つ歴史上の二つの戦いに触れました。
一つは「バルジの戦い」(Battle of the Bulge)って言うんですが、第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で、一番先端に降りて頑張った第101空挺師団について、突然ナチスに襲われて数字的な優勢が向こうにあるのに勇敢に戦って時間を稼いで、味方が助けにくるまで、踏ん張りました。ちょうど議会演説を行ったクリスマスの時期に勇敢に戦った思い出を一つ。
もう一つは「サラトガの戦い」(Battle of Saratoga)と言って、アメリカの独立戦争中にイギリス軍を追い返したという歴史的な戦い。両方ともアメリカ人が、誇りに思うものです。
アメリカの若者が犠牲を払いながら大義のために戦ったという、そういうイメージの歴史イベントを持ってきて、アメリカ人が反応する「ボタン」をたくさん押す、うまい演説でした。議員だけじゃなくて、アメリカ国民のハートもつかめたかなと思います。
ウクライナ支援には、アメリカが国際社会全体の60%の支援金を出しているわけです。ですから、ゼレンスキー大統領の初の外遊が、まずアメリカからっていうのは当然の判断ですよね。
中川 アメリカのウクライナ支援については、昨年12月、シカゴグローバル評議会が行った世論調査では、支援を続けるべきが48%で、昨年7月から10%低下しました。
そういう中でゼレンスキー大統領の議会演説がありました。
ただ一方で、年明けの下院議長をめぐるごたごたもある中で、冒頭の問題提起に戻りますけど、アメリカが今年、このウクライナ支援を継続、強化し、ロシアのプーチン大統領のストッパーになれるのかどうかっていうところが注目ですね。
今回、ゼレンスキー大統領がアメリカを訪問するにあたり、フランスのマクロン大統領は、よいことだと、まるで他人事の発言でした。アメリカ人にとっては、やはり欧州が率先して欲しいと思うのは当然ですよね。
パックン EU各国も、軍事同盟国ではないにもかかわらず、ウクライナへの支援は相当頑張っていると思います。たとえばウクライナ難民もそうです。隣国ポーランドは、ものすごい数を受け入れています。それでも、「支援疲れ」はあると思うし、アメリカが「遠い戦争になんでこんなに自分たちの血税を払わなきゃいけないんだ」と思うようになってもおかしくない。ただすぐに支援を止められるかって言ったら、そうでもないですね。アメリカ議会で共和党が下院を奪回したからといって、ウクライナ支援を全面的に止めることにはならないと思います。
中川 それにしてもアメリカのウクライナ支援は、巨額です。ただ、イラク戦争、アフガニスタン戦争以降、アメリカ軍が、海外の戦地に派遣されることはなくなりました。
今回も、もちろんロシアにもウクライナにも派遣されていません。トランプ大統領の登場以降、いろいろアメリカの民主主義も信頼を失いつつあると思っていましたが、やはり、民主主義への支援はしたい、それが金額に表れているということだと私は思います。アメリカ国民の民主主義への思いの強さはまだまだ不変で少し安心しました。
パックン 今回ウクライナにアメリカ兵を派遣しない判断は、アメリカ国民にも支持されています。たしかにイラク戦争、アフガニスタン戦争で、アメリカ自身が地上戦、”Boots on the ground”をして、多数の死傷者を出したトラウマもあるのは間違いないです。私にとっても、この言葉は耳が痛い嫌な言葉です。
でも今回は、それだけではなくて、これはあくまでもプーチンが仕掛けた戦争です。戦争主体の構造が違うんです。イラク戦争は、アメリカが引き起こした戦争、アフガニスタン戦争は、9.11テロで米国本土が攻撃されて、それへの報復です。いずれもアメリカが当事者です。今回は、アメリカの意思に基づくものでもなく、アメリカが当事者になる構造にしたくないから、アメリカは米兵を派遣しないんです。
中川 つまり、ウクライナを通じた代理戦争ということですね。
パックン そのとおりです。世界の軍事大国、核保有国であるアメリカとロシアが直接事を構えることだけは回避したい。これはアメリカ国民の感情であって、政権の判断でもあって、当然の考え方だと思うんですよね。米兵が派遣されて、ロシアに殺されるような、つまりエスカレーションのきっかけになるようなことをするべきではないと、私も思います。
中川 それでも、20年前は、アメリカはイラク・バグダッドに攻撃を仕掛けたわけじゃないですか。アメリカが最初からエスカレーションをかけている。ただし、イラク戦争はアメリカの意思だった。今回のウクライナはそうじゃなくて、ロシアが自発的に起こした戦争、だから派遣しないのは当然という理論ですね。
パックン 分かりやすいのはシリア内戦ですね。アメリカは反政府勢力を、ロシアはシリアのアサド政権を支援しましたが、米ロの直接戦争にはなりませんでした。アメリカは、代理戦争で構わないという判断をしたわけです。アメリカ人がロシア人と撃ち合うような情勢になってしまったら、これは代理戦争ではなく、直接戦争ですが、これは双方とも避けたいんです。
中川 2013年のシリアをめぐるアメリカとロシアの攻防は、現在の揺らぐ国際秩序の原点になってしまいました。
当時、オバマ大統領は、「アメリカが世界の警察官ではない」っていう発言をして、シリアへの介入をやめて、世界を驚かせました。アメリカはもはや直接戦争は望まない、代理戦争でいいという考えです。ただ、結果的にこの判断が、翌年(2014年)のプーチンのクリミア侵攻、そして昨年のウクライナ侵攻の引き金になったと言えます。プーチンにしてみれば、アメリカと直接戦わずして、領土を獲得できると踏んだわけです。
私は、アメリカが、アメリカが当事者でないからと言って、直接戦争に乗り出さないというのは、アメリカの世論はともかく、国際秩序の維持という観点からは、危険だと思います。
今年も、プーチンの戦争にアメリカが直接応じないのなら、習近平主席が台湾に仕掛ける戦争にも乗り出さない、ということは、日本有事にも乗り出さないということにもなりかねません。アメリカの海外へのコミットメントのあり方は、今後の国際秩序のあり方にも引き続き大きな影響を及ぼしますね。
(注)この対談は1月10日にオンラインで実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。