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宇宙めぐる安全保障の強化、ようやく重い腰上げた日本 元自衛官が考える課題と懸念

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
宇宙作戦群新編行事で鬼木誠・防衛副大臣から隊旗を受け取った群司令の玉井一樹・1等空佐
航空自衛隊の宇宙作戦群を新編する行事で鬼木誠・防衛副大臣から隊旗を受け取った群司令の玉井一樹・1等空佐。同作戦群の編成は、その後の航空宇宙自衛隊の名称変更につながる強化策だった=2022年3月18日、東京都府中市の航空自衛隊府中基地、代表撮影

日本の宇宙開発、ビジネス市場は限定的だった

在ベルギーの防衛駐在官などを務めた日本宇宙安全保障研究所の長島純理事は、宇宙を巡る各国の勢力図について「抜きんでた米国を中国が猛追しています。さらにロシアがいて、その後を日本、インド、独英仏加豪らが追いかける構図です。宇宙では技術力と人材、資金が重要で、自己完結した能力を持っているのは、日米中ロ印くらいでしょう」と語る。

長島純・防衛大学校総合安全保障研究科非常勤講師=本人提供

ただ、日本の宇宙産業規模は決して大きくない。米国が主導するアルテミス計画では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を窓口に、トヨタなど様々な企業が参入しているが、これまでは科学技術の研究が先行し、企業の活動がほとんど見られなかった。

宇宙基本法の制定と、宇宙の開発や利用を巡る国家戦略を盛り込んだ宇宙基本計画が初めて策定されたのが2008年。2022年1月の経済産業省宇宙産業室の資料は、モルガン・スタンレーの予測として、宇宙ビジネス全体の市場規模が2017年の37兆円から2040年までに100兆円規模になると紹介。このなかで、日本の宇宙産業の市場規模は約1.2兆円に過ぎず、 2030年代早期に2.4兆円規模に倍増することが政府目標だとした。

専門家からは、「日本の従来の宇宙開発には制約が多かったうえ、科学技術優先で、企業のマーケットを明確に示してこなかった」との指摘が出ている。

安保での利用も可能になったが…

2008年5月に制定された宇宙基本法の特徴の一つは、1969年の国会決議で制限されていた宇宙の安全保障利用が可能になったことだ。背景には、2007年1月に中国が行った衛星破壊実験や、北朝鮮による核・ミサイル開発などもあった。

当時、航空幕僚監部防衛部長だった平田英俊・日本宇宙安全保障研究所顧問(元空将)は「宇宙の安全保障利用の推進については航空自衛隊がリードすべきだ。できれば、初代の宇宙軍司令官をやりたい」と周囲に語った。

平田英俊氏
平田英俊氏=本人提供

空幕の運用、技術、情報等の担当者でチームを作り、様々な宇宙関連企業から意見を聞いた。安全保障分野での宇宙利用について議論し、航空自衛隊が取り組むべき分野や事業について検討した。

そのうえで、平田氏らは衛星や宇宙ゴミ(デブリ)などを監視するSSA(宇宙の状況監視)能力、航空機や移動発射台からの発射等、迅速な衛星発射能力の確保を目指すべきという報告書をまとめた。

空幕はこれに基づいてSSA関連の予算要求を行おうとしたが、防衛省としての予算要求は見送られた。平田氏は「省全体の予算枠が決まっていたため、宇宙の予算を要求したら、他の予算を削らなければならなくなるという受け止めでした。安全保障のための宇宙利用や宇宙の安全保障に対する当時の防衛省や日本の認識は、私自身を含め、まだその程度のものだったように思います」と語る。

ポイントは衛星コンステレーション?

そして、2022年12月に決まった安保関連3文書が宇宙分野で特に強調したのが、「衛星コンステレーション」の構築だ。防衛力整備計画は「スタンド・オフ・ミサイル」の運用を始めとする領域横断作戦能力を向上させるため、宇宙領域を活用した情報収集、通信等の各種能力を一層向上させる」と説明。衛星コンステレーションについても「米国との連携を強化するとともに、民間衛星の利用等を始めとする各種取組によって補完しつつ、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションを構築する。」ことと、「衛星を活用した極超音速滑空兵器(HGV)の探知・追尾等の対処能力の向上について、米国との連携可能性を踏まえつつ、必要な技術実証を行う」という二つの事業が明記された。だが、元自衛隊幹部の一人は、この記述について、今後検討すべき課題が多いと指摘する。

防衛整備計画が触れた二つの衛星コンステレーション事業は、自民党の宇宙・海洋開発特別委員会が2022年4月5日に行った提言「安全保障における宇宙利用について」が指摘している。

提言は、HGV兵器開発は「すでに存在する脅威」とし、国産化を基本としながら米国との連携等で早急に衛星コンステレーションによるHGVの探知・追跡等ができる体制の整備を求めた。

反撃目標を探知・追尾するターゲッティングについては、偵察・監視、データ中継、通信などの機能を備えた官民の小型衛星コンステレーションを構築し、自衛隊がリアルタイムに衛星情報を運用に活用できる体制を構築することを提言した。

安保関連3文書では、HGVの探知・追跡等については、「必要な技術実証を行う」にとどめた。元自衛隊幹部は、この表現について「自民党の提言が最優先の課題として一刻も早い体制整備を求めていたことと温度差を感じます」と語る。

赤外線や熱源のセンサーを搭載した小型衛星の低軌道コンステレーションでHGVを探知・追尾するための国内の技術力が、まだ技実証がかなり必要なレベルにとどまっているためかもしれない。

また、反撃能力に関して、ミサイルの長射程化などが大きく報じられているが、実際には艦艇や地上の反撃目標がどこにあるのか「ターゲッティング」(目標の探知・追尾・目標割り当て等)ができなければ反撃能力は使えない。

米宇宙軍の宇宙開発局は、現在の主要な研究開発任務として衛星コンステレーションを使った「HGVの探知・追尾」と「ターゲッティング」の二つを挙げている。

自民党の提言も「自衛隊がリアルタイムに衛星情報を運用に活用できる体制の構築」を実現目標に掲げている。自衛隊元幹部は、「ターゲッティング」のための衛星コンステレーションの構築が自衛隊情報本部を中心に行われることに不安を感じるという。米軍では、宇宙システムを利用したターゲッティングを情報機関ではなく作戦部隊に直結する宇宙軍が担当しているからだという。

元幹部は「作戦情報で最も重要なことはスピードです。偵察・監視によって得られた情報を融合し、いち早く提供して目標の割り当てができるかどうかが、反撃能力のための絶対条件です」と語る。平田氏も「公にされていないだけだとも思いますが、全体の運用構想がいま一つはっきり見えない今のコンステレーション構想では、自分がやられるという事実を、あらかじめ知ることができるだけに終わりかねません」と警告する。

航空自衛隊は2022年3月、主にSSAを行う部隊として宇宙作戦群を創設し、人材の育成や装備の充実を急いできた。

宇宙作戦群新編行事を終えて記者団の質問に答える群司令の玉井一樹1佐
宇宙作戦群新編行事を終えて記者団の質問に答える群司令の玉井一樹1佐(左)=2022年3月18日、東京都府中市の航空自衛隊府中基地、代表撮影

2019年に創設された米宇宙軍の初代トップを昨年11月まで務めたジョン・レイモンド宇宙作戦部長が在日米軍第5空軍副司令官だったこともあり、米宇宙軍は自衛隊の人材を積極的に受け入れてきた。JAXAと自衛隊の人材交流も活発になっている。自衛隊の元幹部は「航空宇宙自衛隊は、宇宙領域の安定的利用のため、衛星やデブリなどを監視する宇宙領域把握能力と、相手方の指揮統制・情報通信等を妨げる能力の育成を急いでいます」と話す。

米国は兵士の呼び名を軍種別に分けている。陸はソルジャー、海はシーマン、空はエアマンだ。宇宙軍も独立した軍種であり、ガーディアンと呼ぶ。航空宇宙自衛隊は独立した軍種にはなっていない。平田氏は「日本に見えている宇宙は、ごく一部の領域に過ぎません。これからは(米、英、豪、加、ニュージーランドの英語圏5カ国による独自の情報網を持つ)ファイブアイズはもとより、衛星運用能力を有する多くの同志国との連携・協力が不可欠になるでしょう」と語った。