目算はずれたロシア
ロシア軍は2022年2月、ウクライナに対し、南北と東から侵攻した。部隊の一つは首都キーウ(キエフ)を目指し、特殊部隊がキーウに侵入したという報道もあった。当時、ロシア軍が投入した兵力は最大19万人とされ、日本の約1.6倍あるウクライナ全土を占領するためには少なすぎるという評価もあった。
ところが、ウクライナは緒戦の1カ月で、ロシア軍の戦車400両以上、軍用機100機以上を破壊した。ロシアは2022年4月初めまでにキーウ周辺から完全撤退し、作戦の練り直しを迫られた。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)は2022年11月末、ロシアはウクライナを占領するまでに必要な作戦期間を10日間と見積もっていたとする報告書を発表した。11月に『ウクライナ戦争の教訓と日本の安全保障』(東信堂)を共著で出版した松村五郎元陸将は次のように語る。
「ロシアは、2014年のクリミア併合と同じようなハイブリッド戦争で、激しい戦闘を避けながらウクライナの属国化を達成しようと考えたと思います。作戦を2、3日から長くとも1週間で完了するつもりだったと思います。戦力を分散して多数の正面から侵攻したこと、ベラルーシからキーウに突進した部隊の戦闘準備が不十分だったことは、軍事力をもっぱら威嚇のために使用するという狙いだったからでしょう」
ロシアは2022年1月、ウクライナの政府機関や金融機関などにサイバー攻撃をかけた。侵攻前日の2月23日になると、電磁波に攻撃をかけてウクライナの衛星通信網を無力化し、軍の通信や民間のインターネットを使えないようにした。
特殊工作要員をキーウ市内などに潜入させ、彼らは侵攻が始まった後にやってくるロシア軍空挺部隊が襲撃すべきポイントをマーキングして回った。
アメリカ、クリミア併合から手口研究
なぜ、ロシアのハイブリッド戦争が敗れ去ったのか。米国の政府や国防産業関係者、専門家らは2022年5月、ワシントンを訪れた自民党訪米団に対し、ウクライナが勝利した背景の一端を明らかにした。
米国など北大西洋条約機構(NATO)加盟国は、2014年にロシアがクリミア半島を強制併合した事実を深刻に受け止めていた。特に、ロシアがその際に使ったハイブリッド戦争に注目。米国はロシアによるウクライナ侵攻の兆候が出始めた2021年夏ごろから、特殊部隊要員をウクライナに派遣し、ハイブリッド戦争への対応策について教えていた。そのなかで、力を入れた戦術の一つが「宇宙での戦い」だったという。
米国は湾岸戦争(1990年)やイラク戦争(2003年)などで宇宙を独占して勝利した。湾岸戦争で、衛星情報などを使ってイラクの軍事目標を正確に破壊していく米国の戦いは、「初めての宇宙戦争」と言われた。
この動きをみていたのが、中国やロシアだった。中国は2007年1月、自国の衛星を標的にした衛星破壊実験を実施した。ロシアも2021年11月に同様の実験を行っている。元自衛隊幹部は「米国は2007年の中国による衛星破壊実験をみて、宇宙が自分の独占物ではないことに気がついた」と語る。米国は2019年12月、米国の6番目の軍種として宇宙軍を創設した。
米国は、ロシアがハイブリッド戦争を挑み、ウクライナのインターネットや衛星通信などを無力化するだろうと予測した。
日本など世界では、ウクライナの通信インフラを支えたのが、米スペースX社の衛星インターネットサービス「スターリンク」だとされている。米国が仲介し、ウクライナの通信網のバックアップとしてスターリンクのサービスを提供したのは事実で、ウクライナ侵攻は「初めての民間参入宇宙戦争」とも呼ばれる。
しかし、米側は自民党訪米団に対して「スターリンクはあくまでも一部に過ぎない」と説明したという。自民党関係者は「米国の動きをカムフラージュするため、わざとスターリンクの存在を内外メディアにアピールしたようだ」と語る。
米国の国防産業はすでに十数年前、各国が宇宙で使用している様々なシステムをリンクするシステムの開発に成功していた。ウクライナの衛星通信網を米国のシステムに連結することはもちろん、ドローン(無人航空機)などの地上偵察網や戦車、戦闘機などの攻撃システムにも連動させた。
米側の説明によれば、ロシア軍は確かに、ウクライナの衛星通信網の無力化に成功した。ところが、ウクライナ軍は米国の通信網に完全にリンクしていた。インターネットの利用はおろか、接近してくるロシア軍の戦車や装甲車、ドローンなども映像を通して、リアルタイムで把握できたという。ウクライナ軍は、米軍から教えられたロシア軍戦車などの急所を正確に攻撃し、次々に撃破していったという。
日本も安保戦略を宇宙に拡大
政府が12月16日に閣議決定した新たな国家安全保障戦略は、「宇宙の安全保障の分野での対応能力を強化する」とうたった。国家防衛戦略は「日米共同による宇宙・サイバー・電磁波を含む領域横断作戦を円滑に実施するための協力及び相互運用性を高めるための取組を一層深化させる」と宣言した。
今月11日に開かれた日米安全保障協議委員会(2+2)も共同発表で「閣僚は、とりわけ陸、海、空、宇宙、サイバー、電磁波領域及びその他の領域を統合した領 域横断的な能力の強化が死活的に重要であることを強調した」とうたった。現実は「宇宙を制する者はすべてを制する」という時代になっている。
自民党関係者の一人は「これからは、陸海空だけでなく、宇宙もサイバーも電磁波も一体化しないと戦争には勝てない。宇宙はそのカギになる場所だ」と指摘した上で、こう危機感をあらわにした。「もう、米国の51番目の州にならない限り、この国を守れない」