プーチン大統領は24日の演説で「ウクライナ政権によって8年間、虐げられてきた人々を保護することが目的だ」とし、ウクライナでの特殊軍事作戦を決断したと表明。AFP通信などによれば、ロシア軍はミサイル160発以上を発射して制空権を握った。最終的には首都キエフに侵攻し、親ロシアの傀儡政権を打ち立てるとの見方も出ている。
航空自衛隊で在ベルギーの防衛駐在官や北大西洋条約機構(NATO)連絡官などを務めた長島純・中曽根平和研究所研究顧問(元空将)は、今回の侵攻について「ロシアはあらゆる選択肢を準備していた」と語る。ロシア軍は昨年3月ごろから、ウクライナ国境への移動を開始。最終的には約19万人が国境近くに展開した。
長島氏は「あれだけの兵力があれば、親ロ派勢力の支配地域への限定的な進駐から、本格的な軍事侵攻まで何でもできる。最終的に、米軍を含むNATOが介入しないと確信したため、本格侵攻に踏み切ったのだろう」と語る。「まさにプーチン氏が陣頭指揮を執ったプーチン劇場。劇場の外にいた欧米諸国の声には全く耳を傾けなかった」とも指摘する。
一方、ロシア軍は今回、軍の動きを頻繁に公開した。ロシア国防省は1月下旬、ウクライナ東部との国境に近いロシア西部ロストフ州の演習場に向かうロシア軍戦車部隊などの映像を公開した。今月には同省のホームページやツイッターで、弾道・巡航ミサイル発射訓練を公開した。親ロ派支配地域の独立承認や、同地域への部隊派遣指示などもほぼ、リアルタイムで公表した。
情報分野に詳しい自衛隊OBはロシア側がこうした情報を公開する意図について、「欧米に外交による解決を促す意図があったのではないか」と語る。このOBは「陸上自衛隊の教範『野外令』にもあるように、奇襲は軍の常識だ。公開を繰り返す動きは、本来の軍事行動とは言えない」とも指摘していた。防衛省関係者もこうしたロシア軍の動きについて「軍事力を使って相手に譲歩を迫る強制外交と言える」と述べていた。
また、ロシア軍は一時、演習を終えたとしてウクライナ国境から撤収する部隊の様子も公開した。渡邊剛次郎・元海上自衛隊横須賀地方総監(元海将)は「欧米の様子をなお見極め、制裁などに対抗する手段を整えるための、時間稼ぎだった」と指摘する。外務省の元高官は「ロシアは、北京冬季五輪の閉幕を待って軍事行動を起こしたのかもしれない」と話す。
ロシア軍は24日、従来の動きを一変させ、全面侵攻に踏み切った。元陸上自衛隊中部方面総監の山下裕貴千葉科学大客員教授(元陸将)は「戦争は外交の延長線にあり、外交が失敗すれば戦争になる。外交のターニングポイントを見極めて、軍事作戦に移行する。このターニングポイントはバイデン米大統領が会談を拒否した22日だったのではないか」と語る。
米国のブリンケン国務長官は同日、ウクライナ情勢をめぐり、24日に予定していたロシアのラブロフ外相との会談に応じない意向を明らかにした。原則合意していた米ロ首脳協議の計画も白紙になった。
ロシア軍は侵攻にあたり、最初にウクライナ軍の防空能力を奪った。長島氏はロシア軍の動きは、基本的に2008年の南オセチア紛争や14年のクリミア併合と同じだが、陸海空に加え、電磁波や宇宙、サイバーなどを組み合わせたマルチドメイン作戦の傾向もうかがえたと指摘する。
ロシアは「偽旗作戦」と呼ばれる軍事戦略を行使してきた。ロシアが支援する親ロ派勢力による攻撃をウクライナの仕業だとして、SNSなどで広範囲に宣伝した。プーチン大統領らロシアの指導者らは繰り返し、今回の侵攻について「自衛権の行使だ」と釈明している。
こうした戦略は、自らの行動を正当化する目的がある。ナチスが1939年9月にポーランドに侵攻した際にも採用された。先の防衛省関係者は「中国の三戦(心理戦、法律戦、世論戦)のように、銃や大砲を使わずに相手をだまして、戦わずに勝つ『認知領域の戦い』という軍事行動が活発になっている。このため、偽旗作戦という言葉が生まれたのではないか」と語る。
山下氏は今回のロシア軍の行動について「偵察衛星や電子情報収集などを通じ、ウクライナ軍防空施設や部隊配備を掌握した可能性がある。サイバー攻撃による指揮中枢インフラへの妨害、電子戦による指揮通信網への妨害もあったのではないか」と語る。
一方、長島氏は今回、欧米側もSNSなどを使った情報収集が活発に行われていると指摘する。「住民がSNSで流す画像と時間と場所を分析し、ビッグデータとして活用すればロシア軍の動きがわかる。今回は民間の商業衛星の写真も活発に使われているようだ」と話す。山下氏も「偵察衛星や電波情報などで、米国はロシアの作戦準備から各地の戦闘の様子、予想される作戦終了までの詳細なデータを得ているはずだ。対ロシア作戦の資料を収集できる機会にしている」と指摘する。
長島氏は、ウクライナでSNSが一時、凍結されたとの報道について「自軍の情報が流れることを嫌ったロシア軍の仕業ではないか」と語る。
また、渡邊氏は「ロシア軍はウクライナの通信手段全てを遮断しなかった。他国メディアは現地と電話やネットで連絡を取っていた。ウクライナの防衛体制をみて、そこまでしなくても侵攻できるという自信があった。プーチン大統領のシナリオ通りに事態が進んでおり、ウクライナも他国も阻止できない状況を国内外に知らせる戦略的コミュニケーションの意味もあったのではないか」とも語る。
ロシアは今後、どこまで侵攻を続けるのだろうか。
長島氏は、プーチン大統領が「ウクライナ軍の無力化が目的だ」「民間人の被害は出ていない」と強調していることに注目する。「予断を許さないが、現時点では、親ロ派が支配する東部2州だけにとどめる可能性も残っている」と語る。そのうえで「欧米の出方次第だが、最悪の場合は傀儡政権を立ててウクライナをベラルーシのようにするかもしれない」と語る。
同氏によれば、ベラルーシは最近、憲法を改正してロシア軍の常駐や核の持ち込みを認める方針だという。長島氏は「ロシアがベラルーシやウクライナに長射程ミサイルを持ち込めば、欧州の安全保障は大きく揺らぐ。特に、バルト3国は深刻な危機に直面するだろう」と述べた。
一方、今回の事態はアジアや日本にどのような影響があるだろうか。
中国の王毅外相とロシアのラブロフ外相が24日夜、電話会談を行った。中国外務省によれば、王毅外相は「ロシアの安全保障上の合理的な懸念を理解している」と語った。長島氏は「中国は今回の侵攻が、国際法上でどのような問題を起こし、国際世論にどのような変化をもたらすか、学んでいるだろう。今回の事態で、中国とロシア、北朝鮮の連携が一層深まるのではないか」と語る。
山下氏も「米国の力が弱まり、戦争を抑止できず、核保有国には直接軍事力も行使できない姿が浮き彫りになった。ウクライナも台湾も、米国の同盟国ではない。今回の動きを見る限り、米国が台湾有事に直接介入するか疑問だ。北朝鮮はますます核武装化を進めるだろう」と語る。
そして、山下氏はロシア軍の侵攻で、多数のウクライナ市民が国外に脱出する姿から、日本も学ぶことがあると指摘する。「ウクライナは黒海に面しているが基本的には内陸国だから、周辺国への邦人避難が可能。中台紛争の際の避難はより難しい」と語る。
「日本は専守防衛。戦争が始まれば、戦場は日本国土になり、相手や自衛隊の火力は国土で使われる。防衛作戦地域では住宅や田畑・インフラなどに被害が及ぶだろう。市民が残っていれば、人的な被害も生まれる。こうした状況を国民に説明し、実効性のある防衛体制と住民避難などの計画・訓練を行う必要があるだろう」と語る。
一方、渡邊氏は「ウクライナは米国の集団安全保障の枠外にある」と語る。同氏によれば、今回のケースは、米国が近年、他国に軍事介入する根拠とされてきた「軍事力使用権限承認(AUMF)」での「米国への脅威に対する自衛権の発動」にも該当しないという。渡邊氏は「バイデン大統領が議会から軍事介入の承認を得られる見通しも立っていなかったと思われる。ただし、米国がウクライナにおいてロシアの侵攻を止められなかったからと言って、影響力が低下したと即断するのは早い。NATOや日米、米韓の同盟関係は機能している」と語る。
ただ、「台湾はウクライナと同様、米国の安全保障の枠外にある。台湾関係法がある程度だ。これまで台湾は、独立を宣言することで中国の軍事介入を招く恐れがあることから、独立の宣言はせず、現状維持の路線を歩んできた。しかし、一旦、中国が侵攻したら、台湾は主権国家として国際社会に救いを求めるかもしれない」とも語る。ウクライナのゼレンスキー大統領は25日、「私たちは孤立無援で防戦している。一緒に戦ってくれる者はいないようだ」と述べた。渡邊氏は「もし、台湾が国際社会、とりわけ米国や日本に支援を求めてきたらどう対応するのか。今から議論しておくべき課題だろう」と語った。