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米軍がつくった「サイバーコマンド」 取材を申し込み、表札のない建物に案内された

World Now 更新日: 公開日:
ペンタゴンに近い住宅街にひっそりと立つ米軍施設
ペンタゴンに近い住宅街にひっそりと立つ米軍施設。看板も表札もないこの建物のなかで、米軍の式典が開かれていた=2010年9月、米ワシントン近郊、谷田邦一撮影

■「攻守は一体」と司令官が宣言

今年5月、米軍はコンピューター・ネットワーク空間の専門部隊「サイバーコマンド」(U.S. Cyber Command)を発足させた。10月からの本格運用を前に、司令官に取材できる機会はないか――。何度かやりとりするうちに、ある式典への案内状が電子メールで届いた。9月7日午後1時からという開催日時と式典の名称のほかは、会場へのおおざっぱな道順しか書かれていない。前日の6日に下見に行ったが、道に迷った。当日朝、電話で直接尋ねると、ようやく住所を教えてくれた。

たどりついたのは、ワシントン近郊、米国防総省(ペンタゴン)の西約4キロの住宅街にひっそりと立つ4階建てのビル。何の施設かを示す看板や表札は見あたらない。営門でパスポートを示すと、記者(谷田)の名前を確かめ、中に入れてくれた。

ビル1階のロビーには、すでに式典参加者が集まっていた。軍服姿がほぼ半分。メールをやりとりした職員もいた。彼に尋ねて初めて、このビルが軍事通信や電波監理を受けもつ米国防情報システム局(DISA)の本部だとわかった。なぜ最初から住所を教えてくれなかったのかときくと「セキュリティー上、デリケートな問題だから」と説明された。

式典が始まった。10本近い部隊旗が並ぶ一室に約200人が集まっている。冒頭、司会者が、この日の主役の「戦歴」を紹介した。

「Y2K(コンピューター2000年問題)、中国やロシア、パキスタン、イスラエルなど6カ国のハッカーとの戦い、軍事ネットワークの防護、大規模サイバー攻撃への対処……これらの事態に対し、JTF-GNOは米軍と米国の安全を守る輝かしい功績を残した」

戦歴には、「バックショット・ヤンキー」の名もあった。2008年の米軍ネットワークへの「史上最悪の侵入」のときに、修復のために実行された作戦のことだ。その存在は国防副長官のウィリアム・リンが8月末に初めて明らかにしたばかりだった。

JTF-GNOは米軍情報通信網の防護を専門にする部隊で、10月にサイバーコマンドに編入・統合される。この日はその記念式典だった。

集まった米軍幹部ら
集まった米軍幹部ら。右端がサイバーコマンド初代司令官のキース・アレキサンダー、その隣は、核戦力なども統括する戦略軍司令官のケビン・チルトン=谷田邦一撮影

サイバーコマンドは核戦力の運用などを担ってきた戦略軍に所属し、当初の要員は約1000人で、10月からの新会計年度の予算は1億5000万ドル(約120億円)。本部はワシントン北東にある陸軍基地フォートミード(メリーランド州)におき、陸、海、空、海兵隊の4軍が個別に持つサイバー部隊を統括する司令部の役割をもつ。

単なる「組織再編」ではない。元宇宙飛行士で戦略軍司令官の空軍大将、ケビン・チルトンは、式典でこう語った。「我々はこれまでネットワークの防護と攻撃の機能を分けて考えてきた。しかし陸海空軍では防護と攻撃は一体だ。新コマンドの立ち上げで、攻守の任務を統合する」

続いてサイバーコマンドの初代司令官、陸軍大将キース・アレキサンダーもこう述べた。「ネットワークは一つだ。我々も一丸となって作戦、防護、攻撃にあたろう」

つまり、「専守防衛」の時代は終わった、サイバー攻撃にはサイバー攻撃で対抗するという意思表示といえる。

世界100カ国以上に展開する米軍は、700万台のコンピューター機器と1万5000の通信回線を抱える。デジタル化が徹底された現代の軍隊にとって、ネットワークは有事、平時を問わず文字通り生命線だ。国防総省によると、攻撃や不正侵入がひんぱんにあり、被害の修復に投じた経費は半年で約1億ドルという。

米国では軍だけでなく電力、水、金融など基幹インフラ関連のネットワークの安全に注目が集まっている。大統領バラク・オバマも「21世紀の米国の経済繁栄はサイバーセキュリティーにかかっている」と発言。国土安全保障省などがサイバー空間の「脅威」への対応に力を入れようとしている。

■「中国から侵入」と報告書

米国は中国の動きを意識している。国防総省が8月に出した報告書は、米政府のものを含めた世界中の多くのコンピューターが、中国内から侵入を受けていると指摘。中国軍や政府の関与は不明としつつ、サイバー戦能力の向上を目指す中国軍の動きと歩調があっていると述べた。

こうした見方に、中国側は「根拠がない」と反発しながら、対抗的な動きもとっている。8月下旬には「敵国からのサイバー攻撃を受けた」という想定の大規模訓練を全国で5日間にわたり実施。ネットワークが停止したり、電磁波妨害を受けたりした状況を前提に、戦闘機や戦車を運用するといった内容だった。陸、海、空軍に加え戦略ミサイル部隊も参加。制服組トップの中央軍事委員会副主席2人がそろって視察した。

米国で国際関係を学ぶ大学生や政府機関の担当者向けに最近つくられた「サイバー演習」のシナリオには、こんなものもある。

――南シナ海で領有権争いがある島への中国の上陸作戦を阻止しようと、米国側が中国艦隊の出撃基地に送電する民間電力網にサイバー攻撃をかけ、中国南部で広域の停電が発生。中国側もハワイや米国西海岸の電力網にサイバー攻撃で応酬し、やがて標的は金融システムや航空網にも広がっていく――。

ハリウッド映画やテレビドラマでは、「サイバー戦争」は繰り返し描かれてきた。それが現実になったかのような米軍の動きには、米国内でも「実体のない脅威を誇張している」との疑念が根強くある。ネット上の動きは目に見えず、検証は難しい。サイバーコマンドは、活動の必要性を強調しながら、具体的な任務・行動については、口を閉ざしたままだ。

日米は昨年11月の首脳会談で、同盟深化の一環として、サイバー分野での協力強化でも合意した。ただ、その後の進展はほとんどない。防衛省幹部の説明はこうだ。「能力でも技術でも大人と子ども以上の開きがあり、具体的な協力分野が見つからない」(谷田邦一、峯村健司)