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インターネットを管理するのはだれか 主導権争いが激しくなってきた

World Now 更新日: 公開日:
古川透撮影

世界の基幹インフラとなったインターネットは、誰が、どうやって管理すべきか――。今世紀に入ってから激しさを増しているのが、インターネットの統治をめぐる主導権争いだ。そこには大きく二つの力学が働いている。ひとつは「米国支配の是非」をめぐる議論。米国などネット先進国と、中国やブラジルなど新興国・途上国との対立だ。

もともとインターネットは、1960年代末、戦時下でも遮断されない通信技術として米国防総省の主導で開発が始まり、80年代以降、米国を中心とした研究者の学術ネットワークとして発展してきた。インターネットの商用化に伴って、ネット上の住所であるIPアドレスを管理するため、98年に設立されたICANNも、米カリフォルニア州法下の民間組織として設立された。

そんな経緯が「ネットの米国支配」への懸念として表面化。2003年と05年に国連が主催した「世界情報社会サミット」では、ICANNのあり方が俎上(そじょう)にのり、インターネット管理が米国の実効支配下にあるという激しい批判が新興・途上国側から噴き出した。これを受け、ICANN側も、米商務省への報告義務などがあった契約を09年に終了させ、理事会21人中15人を非米国市民にするなど「中立化」を進めている。

もうひとつ、改めて論点になってきているのが「インターネットの統治に、どれだけ国家の関与を認めるか」、つまり「管理か、自由か」という問題だ。とくにインターネットの自立的発展に関(かか)わってきた研究者・技術者や、規制強化をきらう民間企業や市民団体などに、国家管理への警戒感が根強い。

9月中旬、バルト3国のひとつ、リトアニアで開かれた国連主催のインターネット・ガバナンス・フォーラムで、ICANNのCEO、ロッド・ベックストロムは「ネットの統治が国家の傘下に入るようなら、インターネットはその根源的な価値を失ってしまうだろう」などと述べ、政府の影響力拡大への警戒感をにじませた。 (田中郁也)

■ネット遮断の権限、大統領に与える?

ワシントンのホワイトハウス
ワシントンのホワイトハウス=立野純二撮影

インターネット・キル・スイッチ--。今年前半、米メディアでこんな見出しが躍った。米議会に提出された法案が、緊急時にインターネットを停止させたり通信制限したりできる権限を米大統領に与えようとしている、という議論が盛り上がったからだ。

法案を提出したのは、上院国土安全保障委員会の委員長で民主系無所属のジョー・リーバーマン。名称は「国家資産としてのサイバー空間保護法」。6月10日の会見では、「サイバー空間は今日、米国民と国土の安全を守るうえで我々が責任を持つべき最前線だ」として法案の意義を力説した。

法案の骨子はこうだ。ホワイトハウスや国土安全保障省に専門部局を置き、重要インフラを担う民間企業と連携。企業はシステムの欠陥があれば政府に報告する。欠陥が攻撃されているか、されそうな場合、大統領は議会の承認を得たうえで、保護のための緊急措置を30日間とりうる――。

市民団体からは、表現の自由を侵害する法案だとする反発が巻き起こった。米自由人権協会や電子フロンティア財団(EFF)など24団体は連名で6月下旬、リーバーマンらに懸念を表明する書簡を提出。EFFの上級スタッフ弁護士、リー・ティエンは、「大統領に権限を与えるといった戦時の手法ではなく、インフラをもっと強固にするなど、市民生活に影響しない方法を合理的に分析する必要がある」と主張する。

ネットの支配者とみられてきた米大手IT企業の賛否は割れた。マイクロソフトやベライゾンは「肯定的な反応を示した」とされる一方で、IBM、シスコ、オラクルは連名で、「国内のソフトウエア・ハードウエア産業の弱体化を招くかもしれない」と懸念を表明した。あるシリコンバレーのネット企業幹部は、記者(藤)の取材に対し、「自由なネット利用が米国経済を発展させてきたことを忘れた議論だ」と指摘した。

リーバーマンらは、米大統領は1934年に成立した現行の通信法でも、有事に通信設備を閉鎖する権限を持っていると主張する。今回の法案は「キル・スイッチ」を与えるどころか、議会の承認という一定の歯止めをもたらすというのだ。一方で、「もし今日、米国がサイバー戦争に陥ったら負けるだろう」といった元政府高官の証言まで引用し、サイバー攻撃の脅威を規制の論拠にしている。

同様の法案は、民主党の上院議員ジェイ・ロックフェラーも09年4月に提出。こちらはより明確に、大統領が有事にネットを「切断できるよう命令」できるとうたったため厳しい批判に遭い、今年3月にその部分が削除された。

反発の一方で、「重要インフラの運営をより安全にする意味で、法案は必要だ」という声は、政府関係者やセキュリティー研究者らの間で根強い。民主党の上院院内総務ハリー・リードからは、両法案を一本化する案も出ており、何らかの形で今年中にも成立するのでは、との見方が関係者には広がっている。(藤えりか)

■「クラウド」に国境はあるのか

2009年4月のある朝、米テキサス州ダラス。路面電車の線路沿いに立つビルに、米連邦捜査局(FBI)の捜査官らが到着した。狙いはネット・プロバイダー、コアIPネットワークスのデータセンター。「コアIP社のサービスを使っていた企業を調べるため」として、FBIはフロア二つ分の設備などを押収した。

間もなくコアIP社には、「メールが見られない」「データにアクセスできない」といった苦情が届き始めた。影響が出た利用者は約50社に達したという。

この事件は、普及が進む「クラウドコンピューティング」についての、一つの教訓になっている。クラウドサービスは、利用者側はネットにさえつなげればどこでも自分のデータを引き出したり、アプリケーション(応用ソフト)を利用できたりする。だが、事業者によっては顧客から預かったデータをどこに置くかを明示しないこともある。クラウド大手は、ほとんどを米企業が占めており、データを蓄積している「データセンター」は米国を始め、世界各地に散在している。

経済産業省の情報セキュリティ政策室長、山田安秀は、9月上旬に東京であった国際会議でコアIP社の例を挙げ、「日本のクラウド利用者は、データが国内にあるかどうかを気にしない人が多い。しかし、FBIの差し押さえがあったら見方は変わるのでは」と述べた。

経産省は「新市場の創出」や「環境対策」を目的に、日本企業のクラウド活用を推進している。経産省自身、経費削減のため、エコポイント制度の管理システムなどに米大手セールスフォース社のクラウドを活用した。

米マイクロソフトのクラウド部門上級ディレクター、マーク・エストバーグは、「クラウド利用というのは、信頼に基づいた『リスク移転』の性格を持つ。どのデータをクラウドに出すか、利用する側が決めなければならない」という。第三者にデータを預ける基本的な「不安定さ」を踏まえ、人事記録など慎重さを要するデータは手元に置くなどの工夫を利用者自身がすべきだ、というのがクラウド提供者の立場だ。

機密情報を扱う政府機関の場合、データ保存の不安定さは致命的だ。しかし財政難のおり、コスト削減を図れるクラウドは魅力的でもある。米政府は、政府機関がクラウドを利用する場合は米本土内のデータセンターを使うというルールを定め、少なくとも他国の法律や捜査などの影響を受けないようにしている。

この決定を受け、マイクロソフトやグーグルは今年、米政府専用クラウドを相次ぎ導入した。マイクロソフトの場合、米本土内のデータセンターに専用ケージを置き、他のデータと物理的に分けて保存、取扱者も米国市民に限っている。

クラウドの進展には、捜査当局の側も対応を迫られている。日本の警察庁幹部は「捜査に必要なデータが海外のデータセンターにある場合、クラウド事業者がどこまで捜査に協力してくれるのか」と懸念を示す。協力が得られたとしても、データの所在を突き止めるには時間がかかり、分かったころにデータが消えている可能性もある。

マイクロソフトの担当者は「外国からであっても、司法当局の要請があれば弁護団が対応を検討する」と説明する。だが、別のクラウド事業者は「中国やイランから捜査依頼を受けた場合と日本からの場合で区別できるのか。すべてに応えるのかといった難しさがある」と話している。(藤えりか)