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自衛隊の元最高幹部らが訴える「専守防衛の見直し」 その真意はどこに、本人に聞いた

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
折木良一元統合幕僚長
折木良一元統合幕僚長=牧野愛博撮影

政府はいま、日本の安全保障に関する基本方針である「国家安全保障戦略」の改定作業を進めている。折木氏は、政府が1月26日から始めた、改定に向けた有識者からの意見聴取会にも参加している。この政策提言は、折木氏ら防衛省・自衛隊の元幹部8人が昨年2月から研究を重ね国家安保戦略に必要な政策をまとめたもので、国家安全保障局や防衛省の関係者らに提言書を説明している。

提言はまず、「今後予想される厳しい安全保障環境を踏まえ、『あるべき国家防衛』の姿を明確にして、専守防衛の理念を見直し、国民の理解を求めるべきである」と訴えている。

「厳しい安保環境」とは。折木氏は「今の国家安保戦略ができた2013年当時と比べ、日本を取り巻く状況は激変した」と語る。「中国が経済力を背景に軍事活動を活発化させている。米中対立も激しい。戦略的競争の時代、日本が最前線にいる意識を持たなければならない。更に、安保には軍事や外交だけでなく、経済や科学技術なども含まれ、概念が大きく広がった」。こうした時代に、「従来の専守防衛の理念を受動的に維持していては、日本を守り切れない」という危機感があるという。

移動発射台から直立する北朝鮮の「火星14」
移動発射台から直立する北朝鮮の「火星14」=2017年7月、労働新聞ホームページから

「専守防衛」について、2021年版の防衛白書は「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、保持する防衛力も自衛のための必要最低限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」と定義している。

折木氏は「単純に言えば、専守防衛は受動的である以上、敵を日本に迎え撃つことが前提になる。現実問題として、国民の犠牲を前提にすることを、果たして国民が許容するだろうか。いや、政府として国民を守るのは最大の使命である」と話す。「ますます軍備を増強し活動が活発化する北朝鮮や中国には、日本が持っていない核も弾道ミサイルもある。我が国はそれを抑止あるいは対処する手段も少ない。同盟国の米国の『矛』の能力に期待するだけだ」と懸念する。そのうえで「相手の侵略的攻撃能力を無力化する、あるいは侵略を抑止するため、我が国も反撃能力を保有して米国の抑止力を補完することを考えねばならない」と提言する。

「相手の攻撃能力を無力化する」といえば、「敵基地攻撃能力」という言葉が浮かぶ。「弾道ミサイルの発射基地など、敵の基地を直接破壊できる能力のこと」であり、決して「敵からの攻撃が差し迫った際に、敵の拠点を先制攻撃する力」だけを意味するのではない。

政府はこの能力を持つこと自体は合憲とする一方、専守防衛の原則との関係から起こりうる国内外の反発を考え、実際には持たないという立場を維持してきた。ただし日本政府は1月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)や日米首脳会談で、敵基地攻撃能力の保有について検討している事実を米国に伝えている。米国は歓迎している。

オンライン形式で開かれた日米首脳会談に臨む岸田文雄首相
オンライン形式で開かれた日米首脳会談に臨む岸田文雄首相=2022年1月21日、首相官邸、内閣広報室提供

ただ、折木氏は「敵基地攻撃能力は、敵の攻撃を抑止する重要な手段の一つ。議論が攻撃にばかり集中するのは好ましくない」と語る。提言は「敵基地攻撃能力を含む反撃能力についても抑止力の一部として、保有することを前提とした政策策定を急ぐべきである」としている。北朝鮮は約200台、中国はそれ以上の移動発射台を保有している。敵基地を攻撃するといっても、日米の情報衛星や高高度偵察機などを総動員しても、すべての攻撃を探知することは極めて難しい。

折木氏は「ミサイルなどの反撃のための装備に加えて、通信や情報、目標識別、反撃、評価といった一連の動きを全て含むシステムとして考えて欲しい。もちろん米国との連携も必要だ。それが整って一つの抑止力となる」と話す。

岸田文雄首相は1月に始まった通常国会で「防衛力を抜本的に強化していかないといけない」と答弁。敵基地攻撃能力を含む「あらゆる選択肢」を検討する考えを重ねて強調している。折木氏は「幅広く考え、何が相手の攻撃を思いとどまらせる抑止力になるのかについてよく議論してほしい。今後の抑止力を考えるうえで、軍事力のほか、外交や経済、宇宙・サイバー、情報戦なども動員した調整された総合力が重要になる」と語る。

そのうえで、折木氏は「専守防衛は過去、周辺国に日本が平和国家を目指す姿をアピールし、自衛権の行使を努めて抑制的に運用することを国民に理解してもらううえで役だった。私たちはこれらも踏まえて、専守防衛の定義や功罪をレビューし、これからの安全保障環境に適応したあるべき形に見直したい。日本が平和国家を希求し続けるという、その精神は受け継ぎたいと考えている」とも語る。

日本にはもう一つ、守ってきた「非核三原則」という原則がある。防衛白書は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという原則を指し、我が国は国是としてこれを堅持している」と説明する。折木氏らの提言は「非核三原則を国是として順守するだけで、国の安全を全うできる状況ではなくなりつつある」と警告している。佐藤栄作首相が衆院予算委員会での答弁で初めて非核三原則に言及したのは半世紀以上前の1967年12月。当時と比べ、安全保障環境が大きく変わったと折木氏は指摘する。

米グアム島などを射程に収める中国の中距離弾道ミサイル「東風26(DF-26)」
米グアム島などを射程に収める中国の中距離弾道ミサイル「東風26(DF-26)」=2015年9月3日、北京、矢木隆晴撮影

「米ロが中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られている間、中国が大量の中距離弾道ミサイルを開発・配備した。日本やグアムが射程に入っている現実を直視すべきだ」

折木氏の目には、中国や北朝鮮による米国への核攻撃の可能性が高まれば高まるほど、米国が危険を冒して中朝に核の報復攻撃を行う余地が少なくなっているように見える。

ただ、東アジア各国・地域に核が広がる「核ドミノ」現象を恐れる米国は、日本や韓国への戦術核の配備には慎重だ。米国が北大西洋条約機構(NATO)の一部と行っている核の共同管理にも応じないだろう。それでも、折木氏は「誤解してほしくないが、私たちは核を保有したいとは言っていない。日本が核を巡る議論を避けないことで、米国がきちんと核の傘や拡大抑止の約束を守る状況をつくりたい」と話す。

折木氏は「唯一の被爆国である日本で、非核三原則を巡る議論そのものが難しいことはよくわかる。でも、日本を取り巻く安全保障の現実は、それほど厳しい。純粋に核と向き合わなければならない時代になっているのだ」と話す。「国家安保戦略の改定は、安保と防衛を考える良い機会。国民の理解と協力がなければ、何も進まない」

そして、折木氏は抑止力を強化する作業を進めるうえで、外交の強化も忘れてはいけないと指摘する。「外交と防衛は国家の安全保障の両輪だ。国家安保戦略の改定では、中国を懸念としての評価ではなく、少なくとも軍事的には潜在的脅威と位置づけて欲しい。尖閣諸島で一年を通して日本の主権を侵している国である以上、そう認識すべきだろう。同時に、中国との外交を一切拒否してもいけない。誤解や偶発的な衝突を避ける必要があるからだ」

政府を支える自民党では、抑止力の強化を歓迎する声が上がる一方、中国との対話を目指す動きを批判する雰囲気もある。折木氏は「日本の外交には狡猾さが足りない。中国や北朝鮮もしたたかな戦略を持っている。我々にもより戦略的な思考と実行が求められている」と語った。


おりき・りょういち 1950年生まれ。72年、防衛大学校卒、陸上自衛隊に入隊。第9師団長、陸上幕僚長、統合幕僚長などを歴任し、2012年に退官。防衛省顧問、防衛相補佐官、防衛相政策参与などを務めた。著書に「国を守る責任 自衛隊元最高幹部は語る」(PHP新書)など