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日本の安全保障に欠かせない国? オーストラリアとの急接近、なぜ起きた

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
オーストラリアのスコット・モリソン首相(左)から2000年シドニー五輪のメダルを贈られ、ひじタッチをする菅義偉首相=2020年11月17日、首相官邸、恵原弘太郎撮影

観光や留学といった分野での関心が高かったオーストラリアが今、安全保障の世界で日本と急接近している。今月12日には、両国と米、インドを加えた4カ国安保対話(QUAD)首脳会談も実現した。日本政府内にも今や「豪州は米国に次いで、我が国の安全保障に欠かせない国だ」という声さえ漏れる。なぜ、日本と豪州は急接近したのか。最近までオーストラリア大使を務めた高橋礼一郎氏の証言などをもとに検証した。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

昨年11月17日夜、都内の帝国ホテル。少し前に菅義偉首相との首脳会談を終えたばかりのスコット・モリソン豪首相は上機嫌だった。あいさつに訪れた高橋礼一郎駐豪州大使(当時)を見ると破顔一笑でこう語った。「100%ハッピーだ」

会談では、両国の「円滑化協定」について大筋合意していた。自衛隊と豪州軍が共同訓練を行う際に、相互訪問を円滑にするという内容だ。

日豪両政府は2018年1月の首脳会談で、円滑化協定の早期妥結を確認し、交渉を続けていた。ただ、死刑を廃止した豪州側から、日本で罪を犯した豪軍関係者に死刑が適用されることへの懸念が出て、交渉が進んでいなかった。モリソン首相の訪日は従来、20年1月を予定していたが、円滑化協定は「重要な進展があった」という表現で合意するはずだった。交渉は進んでいるが、合意できていない項目もあるという意味だった。

だが、19年秋から豪州で起きた大規模な山火事への対応に追われ、20年1月の訪日は同年6月に延期された。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大で訪日は再び、11月に延期されることになった。

20年9月ごろ、高橋氏は豪州の首都、キャンベラで、モリソン首相の補佐官に呼び出された。補佐官は「訪日の際、円滑化協定に署名したい」という首相の考えを伝えた。訪日まで2カ月という時点で、協定の細かな内容まで詰めることは不可能だった。

日本側の考えを聞いたモリソン首相は署名を諦めたものの、「大筋合意」にこだわった。そのためには、死刑制度の適用を巡る問題を解決しなければならない。モリソン首相は間もなく、国防省担当官らを日本に派遣した。日本の外務、法務、警察などと約2週間にわたった協議の末、豪州側が歩み寄る形で死刑制度の適用を巡る問題は決着した。

2020年11月来日したオーストラリアのスコット・モリソン首相(左)と高橋礼一郎駐オーストラリア大使(当時)=高橋氏提供

豪州の譲歩の詳細は明らかになっていないが、大筋合意に向け、豪州側に並々ならぬ決意があったことは間違いなかった。むしろ、日本政府内には、豪州の真意をいぶかる声や秋の臨時国会で日豪防衛協力の法的な側面が論点になることを避けたいという声もあった。日本政府も最終的に、モリソン首相の熱意に押される形で大筋合意を受け入れたという。

オーストラリア側はさらに、レイノルズ国防相を日本に派遣。10月19日の日豪防衛相会談で、自衛隊が平時から他国軍の艦船などを守る「武器等防護」を豪州軍にも適用する方針で合意した。適用されれば、米国に続き2カ国目になり、自衛隊と豪州軍が演習や情報収集などで一緒に活動する環境が整う。

11月17日夜、日豪首脳会談を終えたモリソン首相が満面の笑みをたたえた背景には、この2つの合意があった。

高橋前大使はモリソン首相の熱意について「豪州と日本の防衛協力が進展したという明確なメッセージを、中国を含むこの地域全体に対して出したかったのだろう」と語る。

■円満だった中国との関係に変化

オンラインで会談に臨む菅義偉首相(手前右から2人目)、茂木敏充外相(同3人目)ら。画面内は(右下から時計回りに)モディ印首相、モリソン豪首相、バイデン米大統領=2021年3月12日、首相官邸、恵原弘太郎撮影

オーストラリアは1973年の移民法改正などにより、白豪主義から多文化主義に舵を切った。中国系移民や中国との交易は、オーストラリアの経済に活気をもたらした。同国には現在、人口の5%弱にあたる130万人の中国系豪州人が住んでいる。2015年ごろまで、対中世論は円満だった。

状況が一変したのが17年ごろだった。外交政策について積極的に発言していた労働党国会議員が、南シナ海での中国の行動などを支持する代わりに中国系財界人から多額の資金を受け取っていた事実が明らかになった。その後も、中国によるオーストラリアへの内政干渉を疑わせる事件が相次いだ。

オーストラリア政府は法改正などで対応したが、国内の対中世論は急激に悪化した。モリソン首相は2020年4月の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大の経緯などについて「何が起きたのか、独立した調査が必要だ」と語り、中国への不信感をあらわにした。

中国も猛反発し、オーストラリア産の石炭や大麦、ワインなどの輸入を事実上妨害する措置を次々に打ち出した。同時に、オーストラリアが同盟国として頼りにする米国は、当時のトランプ政権の下、「米国第一主義」を掲げたため、オーストラリアの不安は深まる一方だった。

2020年7月、オーストラリアは国防計画を全面的に見直した。10年間で2700億ドル(約20兆円)を投入して防衛力を強化する内容だが、モリソン首相は「1945年以来、最も厳しい安保環境だ」と語った。豪中関係の悪化に伴い、モリソン首相の日豪防衛協力に期待する気持ちはどんどん膨らんでいったと言えそうだ。

■アメリカをインド太平洋にとどめる力に

では、日豪防衛協力によって何が変わるのか。オーストラリア軍は6万人足らず。海軍の主力は潜水艦とフリゲート艦程度にとどまる。高橋氏は「南シナ海を含む海域での潜水艦のネットワークづくりといった協力は可能だろう」と語るが、オーストラリア軍が日本の防衛に大きく貢献する事態は考えにくい。

それでも、外務省や防衛省内には安全保障協力に期待する声は強い。2020年度版の防衛白書では、米国を除く各国との安全保障協力の相手としてオーストラリアがトップに挙げられている。高橋氏は「日本とオーストラリアが協力することは、お互いの最大の同盟国である米国を、インド太平洋地域にとどめておくうえで大きな力になる」と語る。

菅首相とモリソン首相の会談が終わった後、日豪両政府の関係者から「次は日豪で防衛ガイドラインを作りましょう」という声が上がった。潜水艦の運用協力などのほか、武器の共同開発や、相互運用性の向上などの項目が盛り込まれる可能性がある。菅首相は新型コロナ問題が落ち着いた場合、年内にもオーストラリアを訪れ、2007年の日豪安保共同宣言の全面改定についてモリソン首相との合意を目指す見通しだ。