中川 後編は、国際秩序の激変に伴う日本の安全保障のあり方がテーマです。
昨年8月のアメリカ・ペロシ下院議長の台湾訪問から、台湾をめぐる安全環境は激変しました。今年になっても、中国は台湾周辺で軍事演習を行い、揺さぶりをかけています。そして、それは日本の安全保障にも直結します。
日本は今、中国だけでなく、北朝鮮、ロシアにも囲まれた、世界でも、もっとも危険な国となっていると思います。こういう日本を取り巻く厳しい安全保障環境を踏まえ、日本政府は昨年12月に、安全保障関連3文書を改訂し、いわゆる「反撃能力」を備えられるようになりました。
前編では、アメリカは、今やアメリカ自身が当事者でないと、海外の戦争に米軍を派遣しないという話をしましたが、じゃあ、台湾有事、そして日本有事の際には、アメリカが当事者だと本当に思ってくれるのか、そして、台湾、日本を守ってくれるのかが焦点になりますね。日米同盟があるから日本は大丈夫、と思っている日本国民も相当いるのではないかと思いますが、それは楽観的すぎる考えだと私は思います。
パックン 改めて、現在のアメリカの論理を整理すると、いくつかの段階に分けて考えるべきだと思います。
まずアメリカは、アメリカが仕掛けた戦争、アメリカが攻撃された戦争は100%、戦います。アメリカが攻撃された、9.11同時多発テロ事件後の、イラク戦争はその例で、アメリカが行動主体で仕掛けました。これが第1カテゴリーです。
その次に、第2カテゴリーとして、同盟国が攻撃された場合です。条約上の軍事同盟が結ばれている、日本、韓国。ヨーロッパではNATOがその例です。
これは、アメリカはあなたの国を守ります、一緒に戦いますとの約束でもあります。同盟国が余計な戦争をした場合は、ちょっと話は違いますが、防衛のための戦争ならアメリカは、多分95%ぐらいの確率で守ると思います。
中川 アメリカの同盟国が攻撃されて、アメリカがその同盟を守るために米軍を派遣する必要が生じるケースは、第2次世界大戦後は、幸いありませんでした。だから、パックンの言う第2カテゴリーで、アメリカが本当に同盟を守るのかは、そういうケースが発生してみないと実際は分からないという不安が、日本人にはあると思います。
パックン たしかに第2次世界大戦後、これまで幸いにも、日本、韓国、オーストラリア、そしてNATO諸国が他国に攻撃されたことはなかったです。その意味では、アメリカの同盟への意思が、現場で試されたことはなかったんですけど、逆に、アメリカがここまで固い条約を結んだ国、二国間の約束を守らないとなったら、本当にアメリカの国際社会からの信頼はがた落ちです。
もう、アメリカと約束してもしょうがないと思われてしまう。それは多国間の協定で、例えば、ブッシュ大統領が気候変動の京都議定書から離脱したとか、トランプ大統領がTPPから離脱したこととは比較にならないほど外交的なダメージです。
中川 パックンが挙げた例は、いずれもアメリカ共和党政権です。私も、民主党バイデン政権の後、2年は、まだ大丈夫かなとは思うんですけど、その後にアメリカがどうなるか、トランプ大統領であれ、(2024年大統領選出馬が取りざたされるフロリダ州知事の)デサンティス氏であれ、不安になりますよね。
それだけ、やっぱりトランプ政権の4年間があった後のアメリカは、国際社会からの信頼を低下させてしまいました。約束を守らないというイメージはなかなか払拭できません。ただ、そういうアメリカでも守ってくれると思っている日本人は多いと思います。
それは別に悪いことじゃないし、そう信じたいですよね。ただ、繰り返しますけど、30年前、冷戦に勝利したころのアメリカと、イラク戦争などを経て疲弊したアメリカ、2013年に「世界の警察官」の役割を放棄したアメリカを同列に捉えることは危険だと思います。
そういう時代に日本がいるということに、まだ日本人はあまり気が付いていないんじゃないかなと思うんですよ。早くそれに気づいて、日本自身が強くならないと、肝心な時に日米同盟が機能しないかもしれません。
パックン アメリカは台湾とは同盟関係にはないですが「台湾関係法」という法律があって、支援する意思を法律で示しています。台湾が中国に対して戦えるほどの軍備を提供するぞ、と表明しているわけです。そういう意味で、第3カテゴリー。
今回のウクライナは、アメリカにとっては、二国間同盟もない、NATOの加盟国でもない、台湾のような法律もないということで第4カテゴリーです。だから、ウクライナに米軍は派遣しない、日本とはランクが2つ違うわけです。
実際に今、世界で20カ所ぐらい紛争の火種があって、いつ勃発してもおかしくありませんが、アメリカが直接関与していないものは第5カテゴリーです。
中川 例えばパレスチナ問題も、和平に関心のある民主党バイデン政権ですら、今のアメリカにとっては、すでに第5カテゴリー、ウクライナより下ですよね。
30年前のオスロ合意では、クリントン大統領が、イスラエルのラビン首相とパレスチナのアラファト議長の間に入って握手を促した瞬間からは隔世の感があります。
パックン パレスチナ問題は、4と5の間ぐらいだと思います。
日米同盟で、日本が防衛力を高めて強くなることはもちろん歓迎です。中川さんご指摘の、海外派遣に慎重になったアメリカにとっても、中国を牽制するとか、台湾有事に対応するなどを考えたら、日本と一緒に戦った方が、自国だけの力でやるよりはるかに楽です。
一方で、アメリカが海外の出来事、特に民主主義を守る戦いにまで関心を失ったかというとそうではないです。ウクライナも、昨年のロシアの侵攻がなければ、アメリカ人がここまで意識したことはほとんどありませんでした。
ウクライナの首都はどこですか?と聞かれて、答えられたアメリカ人は100人中、1人いるかどうかでも、ゼレンスキー大統領の米議会での演説のとおり、これはウクライナだけでなく、世界の民主主義を守る戦いだとなると、そこはやはり立ち上がります。だから、台湾についても、日本についても、そこはある程度、安心してもらっていいと思いますよ。バイデン大統領も台湾有事には日本を守ると4回も「失言」していますし!
中川 パックンが言っていたカテゴリー分類での説明は分かりやすいですね。
日本政府は、昨年12月に、国家安全保障戦略などを、反撃能力を備える形で改訂しました。日本がアメリカと共に戦えるようになる第一歩なので、バイデン大統領からも当然、歓迎されると思います。
そして、安全保障と表裏一体なのが外交です。今年5月に、広島で、G7首脳サミットが開催されます。これは今年の日本外交の最も大きなイベント、日本は議長国なので、G7の結束をどう強めていくか手腕が問われることはそうだと思うんですが、一方で、今、日本がこの世界秩序を動かしていくために、本当にやらなければならないのは、「グローバルサウス」への対応です。
中東、アフリカ、中南米、ASEAN、中央アジアが、要は、日本も含め西側の民主主義陣営につくのか、中国、ロシアの権威主義陣営につくのかが、分かれ道です。
岸田総理は、年始にこのG7各国に行ったわけですが、私は、グローバルサウス、特にG20にも入っている、サウジアラビア、トルコ、ブラジル、南アフリカなどの国にいくべきだったと思います。
中国、習近平主席は、このあたりに俊敏で、昨年12月にはサウジアラビアを訪問して、アラブ諸国も集めた、第1回中国・アラブ首脳会議も開催しています。日本の林外務大臣が、年始に中南米を訪問しましたけど、やっぱり、日本外交がどうしても先進国中心という頭から変わらないんですよね。グローバルサウスは、もともと中国の「庭」と化していますが、日本が変わらないと、もっと中国化、ロシア化が進んでいく。それは国際秩序の変更を意味します。
パックン 中国は国内では現在コロナ対策で大変苦しんでおり、経済も好況とはいえません。アメリカの半導体輸出規制もあり、ビジネスパーソンにとって中国リスクは絶えず懸念材料だと思います。これまでは、それを回避するために、「中国プラス1」だったのが、今年は、まず、中国以外の国、アジアならバングラデシュ、ベトナム、タイなどに拠点があり、それに「プラス中国」というように、サプライチェーンの流れが大きく変わる1年になるような気がします。そうすれば中国に万が一のことがあっても大丈夫ですから。
中国は今年、人口の面でも、インドに抜かれます。バイデン政権は中国を唯一の競争相手としていますが、ちょっと中国に関心を取られすぎではないかと思います。
国際秩序は、他のベクトルで動く可能性もあります。中国は、たしかに日本にとっての安全保障上のリスク事項であって、脅威でもあるんですけど、でも、中国とどう直接戦うのかを考えるより、中国の周辺の国をうまく取り込んで、結果的に中国が思い通りにならないような体制をじわじわ築いていく、その意味で、インドを取り込んだQUAD(日米豪印4カ国の枠組み)は良いアイデアだし、日本にとっても、アメリカにとっても、さらに協力を深化させたい枠組みです。そして、それが結果的には日米同盟の強化にもつながると私は思います。
中川 パックン、率直な意見、ありがとうございました。このコラムも日米同盟の具現化として、アメリカ人のパックンと、日本人の私で、より本音トークを展開し、単に世界のニュースを解説するだけでなく、そのニュースを受けて、日本人がどうすればいいのか、そういうところも議論したいと思います。それが日米同盟の深化だと私は思うので。
パックン ぜひ、よろしくお願いします。中川さんのご専門の中東も、今、世界のニュース、動向を語る上で不可欠です。アメリカ、アジアだけでなく、まさに世界のニュースを多角的に触れていきたいですね。
(注)この対談は1月10日にオンラインで実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。