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【バイデンのアメリカ①北岡伸一】最悪に備える。それが安全保障の鉄則

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
2019年12月、日中韓サミットのため訪中した安倍晋三首相(当時)を出迎える中国の習近平国家主席=北京の人民大会堂、岩下毅撮影

【バイデンのアメリカ】連続インタビュー(全3回)

#1 北岡伸一】最悪に備える。それが安全保障の鉄則(12月14日)

#2 【ジェームズ・ショフ】対決と協力、次の米中外交は両輪だ(12月15日)

#3 【魏聖洛】早く日韓首脳会談を 米国からの圧力が必ず来る(12月16日)

――今回の米大統領選は、米国内に生じた格差を浮き彫りにしました。

グローバリゼーションは米国に繁栄をもたらしたが、それを享受したのは一握りの超富裕層だった。他方で、民主党政権はマイノリティーに対してリベラルな政策をとったため、取り残された白人層が反発し、トランプ氏を支持した。この傾向は対外的には、「米国ばかりが損をしている」という主張につながった。

バイデン氏は富裕層や企業への増税を訴えるが、果たしてやり遂げることができるだろうか。米国の場合、外交では大統領の権限は大きいが、国内問題は議会の力が強い。バイデン氏が目指す方向は正しいかもしれないが、本当に実現できるかどうかはわからない。

――今やGゼロの時代ではないかと言われます。

米国も「世界の警察官」はもう辞めたと言っている。ただ、米国は国際情勢に口をはさむことをやめたわけではない。ドルが基軸通貨である限り、米国の国際社会に対する影響力の行使は続くだろう。問題は、それに伴う責任を果たす意識と能力が欠けていることだ。

北岡伸一氏(本人提供)

■米中関係、転機は2008年

――米中関係をどうみておられますか。

米中関係に決定的な変化が起こったのは2008年だったと思う。北京オリンピックの成功が中国のナショナリズムを高め、さらにリーマン・ショックも起きて、「もうアメリカはモデルでない」という考え方が台頭した。その傾向は、習近平体制になって決定的となった。

国連海洋法条約に基づくハーグの仲裁裁判所は16年7月、中国が南シナ海で主張する「九段線」を認めない判断を下した。しかし、中国は裁判に出席もせず、この決定を無視した。国際法を無視し、力だけを信じる態度に出た。このころ、中国人民解放軍幹部の「太平洋の東西を米中で分割すれば良い」といった趣旨の発言も飛び出した。

一部に「日本のタカ派路線が中国を刺激した」と言う人がいるが、まったく違う。中国は、防衛費を二桁程度増やすのは当然で、日本が増やすのは認められないという態度だ。

こうした中国に対するオバマ米政権の対応は甘すぎた。日本もオバマ政権に、もっと働きかけるべきだった。もうすでに出遅れているが、日本は難しい選択を迫られている。

――具体的にどのような対応が求められますか。

例えば、安全保障分野で日米は本当に重要な政策協議をしているだろうか。ミサイル防衛(MD)だけで日本は守れない。高額な費用がかかるだけだ。MD自体に反対はしないが、依存しすぎるのは反対だ。

敵基地攻撃能力も難しい。多くは地下にあるし、基地はたくさんある。ミサイルを発射した基地だけたたいても意味はない。

私は「反撃力」を持つべきだと考える。例えば、巡航ミサイルを保有する。首相が、先制攻撃はしないと世界に宣言する一方で、攻撃の対象については、基地に限るべきではない。日米が協力し、北朝鮮や中国が攻撃をためらうくらいの抑止力をもつべきだろう。

「専守防衛」は戦略としてあり得ない。日米が完全に一体化して、初めて成り立つ戦略だが、そんなことが可能だろうか。どういう攻撃があったら、どういう反撃をするのか、具体的な作戦について首相官邸や自衛隊の統合幕僚監部などで検討しているのだろうか。疑問に思っている。

2019年7月に進水したイージス艦「はぐろ」=横浜市磯子区、伊藤嘉孝撮影

――バイデン氏は菅義偉首相との電話会談で、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用に言及しました。

米軍が最初から守ってくれるわけではない。日本が血を流し、必死で守って初めてやって来る。

集団的自衛権の部分的行使を提言した2014年の安保法制懇談会報告は、国際常識に合致した、合理的な提言だった。その一部を採用して政府は2015年に安保法制を成立させた。

国際的にはきわめて控えめなものなのに、朝日新聞などのメディアやいくつかの野党はこれを認めない。安保法制なしに、どうして日本の安全を守れるのだろうか。

「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想を強化する必要がある。ただ、日米安保条約はフィリピン以北にしか適用できない。日米同盟を緊密にすることは当然としても、軍事的にも国内政治的にも極めて難しい。日米豪印の安全保障対話(QUAD)にも限界がある。インドは本来、独立独歩の国だし、豪州は人口が少ない。

東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との結びつきを強めるべきだ。軍事面に重点を置かず、米中のような超大国を入れない「西太平洋連合」のような仕組みを目指すべきだろう。

日本のODA(途上国援助)はGNI(国民総所得)の0・28%しかない。これは開発援助委員会(DAC)基準の0・7%に遠く及ばない。まずは0・35%にしたうえで、徐々に0・7%に近づけていき、そのなかでASEAN諸国との結びつきを強めていくべきだ。

バイデン政権になって、「ホスト・ネーション・サポート(在日米軍駐留経費負担)で一息つける」と考えている人も多いようだが、そんなに甘くない。

バイデン政権は同盟国との関係を重視するとしており、日韓関係を改善するよう圧力をかけてくるだろう。現時点で、日本が韓国に譲歩できる余地はない。韓国は長期的にみて、中国に接近していく可能性もある。安全保障の鉄則は、常に最悪の状態を考えておくことだ。