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クアッド(QUAD)とオーカス(AUKUS)ってなに? バイデン政権下の国際情勢を考える【前編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

いま海外で起きていること、世界で話題になっていること。ビジネスパーソンとして知っておいた方がいいけれど、なかなか毎日ウォッチすることは難しい……。そんな世界のニュースを、コメディアンやコメンテーターとして活躍しているパトリック・ハーラン(パックン)さんと、元外交官の中川浩一さんが、「これだけは知っておこう」と厳選して対談形式でわかりやすくお伝えします。

中川 パックン、今日は9月に起きた「世界のニュース」、そのドラマの続きを見ていきたいと思います。

パックンと中川浩一さん
パックン(右)と中川浩一さん(※実際の対談はオンラインで実施しました)

■「対中国」で結束めざす2つの枠組み「クアッド」「オーカス」

中川 9月の世界の動きを見ていると、8月にアフガニスタンからアメリカ軍の撤退を円滑に進められなかったバイデン政権が、その失態を挽回するために外交面で中国と対峙していく「中国シフト」を加速するなか、それに付随していろいろな出来事が中東ではない他の地域、特にインド太平洋地域で起こったと思います。

きょうは、そのなかで、カタカナで「クアッド」(QUAD)と、突如出てきた「オーカス」(AUKUS)について触れたいと思います。

「クアッド」は、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの首脳や外相らが安全保障や経済を協議する枠組みで、英語で「4つの」を意味する「quad(クアッド)」という通称が定着したものです。

「自由」や「民主主義」、「法の支配」といった共通の価値観を持つ4か国が、インド太平洋地域での協力を確認する場がクアッドです。

アメリカに出発する菅義偉首相
QUAD各国の首脳との会談のためアメリカに出発する菅義偉首相(中央、当時)=9月23日、羽田空港、朝日新聞社

9月24日には4か国の首脳がワシントンのホワイトハウスに集まり、日本からは菅義偉前首相が出席しました。そして先端技術や気候変動対策、コロナ対策などの分野で協力していくことを確認する文書をまとめ、公表しました。

もう1つの「オーカス」は、「Australia」「United Kingdom」「United States」の頭文字をとったもので、オーストラリア (AU)、イギリス (UK)、それにアメリカ合衆国 (US)という3国間の軍事同盟で、9月15日に発足したとの発表がありました。

アメリカのバイデン大統領
アメリカとイギリス、オーストラリア間の新たな安全保障の枠組み「AUKUS」について発表するアメリカのバイデン大統領=9月15日、アメリカ・ワシントン、朝日新聞社

このクアッドとオーカスはいずれも、バイデン政権が「中国シフト」を進めるなかで登場した枠組みの代表例です。

アフガニスタンからの撤退の評価は、アメリカ国内ではまだ相当揺れていますが、バイデン大統領は、「クアッド」について、なぜ退陣前の菅首相までワシントンに呼んで対面での開催にこだわったのでしょうか。アフガンで見せた「弱み」を、中国と向き合う上では「強さ」や「結束」に変えたかったのでしょうか。

■友好国フランスをほごに バイデン外交に潜む危うさ

パックンと中川浩一さん

中川 「オーカス」について言えば、フランスがこの枠組みに入っていません。フランスは関係国からの事前連絡もなかったということで激怒し、アメリカ、オーストラリアにいる大使を一時召還しました。

バイデン大統領は「同盟重視」とは言いながら、今回のようにフランスとの関係をこじらせたことはどうなのかなと。バイデン政権の外交、内政の状況はいま、けっこう危ういんじゃないかとも思うんですが、そのあたりのパックンの見方はどうでしょうか。

パックン アフガニスタンで20年も続いた戦争が、秩序とか治安とか政治的安定をもたらさなかったとするなら、もうあきらめて、もっとアメリカの国益に直結している東アジアに重点を置こうという判断は英断だと思います。

ただ、8月のアフガニスタンからの撤退の仕方が下手だった、みっともなかったのは間違いないです。「オーカス」についても、同盟国を重視といいながら、フランスを裏切ったような見られ方をしていますよね。

アメリカにとっても60年ぶりの新しい軍事パートナーシップの表明なのに、めでたい感じがちょっと少なくなりましたね。

フランスは、いまも東アジア、南アジアにおける存在感は大きく、今回の「オーカス」のメンバーであるアメリカ、イギリス、オーストラリアの仲間に入るくらいの積極的な姿勢をずっと見せていました。この先も、アメリカにとっては協力してもらうことが必要なのに、ああいう形でメンツをつぶすのは得策ではないです。外交としても下手ですね。

アメリカにとっては、イギリスからの独立戦争を支えてくれたのは唯一、フランスだけなんです。アメリカという国が生まれたのもフランスのおかげですし、深く恩に着る友好関係を大事にしなくてはなりません。

ただ、今回のゴタゴタは、アメリカではなくオーストラリアにも責任があるかもしれません。オーストラリアは8月のフランスとの会談で、「この先もフランスとの潜水艦の協力が楽しみです」と表明したばかりなのに、寝返ってしまった。約束を破ってしまったんです。

浮気にたとえるなら、結婚しているのに配偶者を裏切った人(つまり、潜水艦の契約を破ったオーストラリア)が一番悪いとされるでしょう?

今回はフランスの立場に立てば、アメリカがオーストラリアの浮気相手と映り、しかも自分にとって大親友だと考えていた相手だったとするなら、フランスがアメリカに怒るのも無理はないですね。

■アメリカとフランスの「共通の敵」は中国

中川 「オーカス」はアメリカ、イギリス、オーストラリアの3国間の軍事同盟ですが、EUを脱退したイギリスの外交・安保戦略という観点からも注目が必要ですよね。

イギリスはEUとは別の独自の生き方を模索しています。アメリカにとって、もともとイギリスとの関係は「特別な関係」と言われてきたし、考えてきたのだと思いますが、フランスにとってアメリカとの関係は、たとえば中東においても長い植民地の歴史が相互にあり、「対立」とは言いませんが、緊密というよりはライバルだったのだと思います。

しかし、いまでは少なくとも東アジアでは中国がアメリカとフランスにとって「共通の敵」になりつつあります。

バイデン大統領は結局、フランスのマクロン大統領に電話をかけ、今回の件は実態として「根回し不足」だったと謝罪しました。

アメリカとフランスは、中国との関係において同じ側に立っていなければならない、ということが大きかったと思うのですが、パックンは、イギリスとの比較で、フランスという国についてどう見ていますか。

パックン たしかにアメリカとイギリスは「特別な」関係です。

フランスは2003年のイラク戦争の際も、多国籍軍には参加してくれなかった。2001年の同時多発テロの直後にも、アメリカでは国民感情がすごく高まりました。

「フランスが同盟国として参加してくれないなら、われわれアメリカはもうフランスのことを日常生活から排除する!」

「われわれの大好きなフライドポテトのことをいつものフレンチ・フライ(フランスのフライ)ではなく、フリーダム・フライ(自由のフライ)と呼ぼう」

という、ちょっと不思議な報復の動きもありました。

しかし、それでもフランスはNATO(北大西洋条約機構、1949年設立)の創設メンバーであり、アメリカにとって最も古くからの同盟国であることは間違いないのです。

なのに、なぜ、そのフランスに、バイデン大統領は事前に電話一本入れられなかったのか。

もちろん、裏舞台ではいろいろあって、それも「駆け引き」だったということなのかもしれません。

一方でオーストラリア側に立つなら、もともと2016年にフランスと交わした潜水艦建造契約では、もしも納品が遅れた場合には、ほかの売り手を探してもよいという条項が入っていました。

実際にフランスからの納品が遅れていたので、フランス側にも責任があるはずです。

しかし、8月30日には、オーストラリアはフランスからの購入計画が進捗していることを表明したばかりでした。それから2週間ちょっとたったところで反故(ほご)にする形になりました。フランスはまあ、怒りますよね。中川さんはどう見ますか。

中川 オーストラリアと中国とは貿易での結びつきは強いですが、オーストラリアにとって、最近のインド太平洋地域における安全保障面での中国に対する脅威は、軍事的に看過できなくなっていました。オーストラリアには相当な焦りがあったのだと思います。

その意味で、(中国と対峙する)中国シフトの動きは、バイデン政権だけでなく、このインド太平洋地域の各国の動きも加速させています。

今回の「オーカス」をめぐるゴタゴタは、それを如実に表したのではないでしょうか。

EUは「オーカス」が発表された翌16日にインド太平洋戦略を発表しました。タイミングは良くありませんでしたが、中国を刺激するかたちで、「台湾との協力」を明記しました。

アフガニスタンでの出来事が、単に「アフガニスタンをテロの温床にしない」という中東の文脈だけでなくて、世界の地政学を揺るがしたのだと思います。

前回も話しましたが、アフガニスタンはパキスタン、インドとの関係もあり、中国とも隣接しています。中央アジアを挟んだ真上にはロシアもいます。

そういう広い文脈のなかで、中国をとりまく9月の「クアッド」と「オーカス」の動きについて、考えなければいけません。

■加速する二極体制、存在感増すインドとイラン

中川 9月には、「上海協力機構」の首脳会議も開催されました。

メンバーは、ロシア、中国、中央アジア各国、それにインドです。

インドは「クアッド」にも加わる一方、以前から存在する「上海協力機構」のメンバーでもあります。そして、その上海協力機構に今回からイランが正式なメンバーとして加盟しました(イランは2005年からオブザーバー)。

アフガニスタンからアメリカ軍が撤退するという出来事を契機に、この上海協力機構も地政学的な重要性を増したと思います。

パックン 二極体制の構築が、見え始めていると思います。これは日本の安全保障上も大事な課題です。

トランプ政権時代から米中関係の分離(デカップリング)を進めるということを言っていましたが、貿易面では中国との関係は強まる一方です。分離ができてきたかというと、できていません。

ただ、5Gとか半導体とか、サイバー戦略も含めて、いろんなところで中国へのけん制は続いています。

5Gのシステムにも2つの選択肢があって、アメリカ側、中国側と、それぞれの国が好きな方を選んだり、もしくは、支援金の多い方とか、経済関係が良さそうな方とか、安全保障上の協力を得られる方を選んだりして、世界中に二極体制が自然と広がっていく可能性があります。

二極体制は「民主主義」対「権威主義」だけではなく、地政学も関係してきます。たとえばシンガポールは、いまはアメリカを見ていますけれど、もし(隣国の)マレーシアとが中国についてしまうようなことがあれば、シンガポールの立場はすごく危うくなるのです。

中川 二極体制について言うなら、ASEAN諸国が「草刈り場」のようになりつつありますね。8月もアメリカのハリス副大統領がASEANのいくつかの国を訪問したと思ったら、すぐに中国の王毅外相が訪問しました。

■異なる政治理念、歩み寄れない「バイデン」vs.「習近平」

中川浩一さん

パックン 私は、この米中関係のデカップリング(分離)が進むことをけっこう心配しています。

なぜかというと経済的に「リベラリズム」という国際関係理論の第一の学派がありまして、それは経済関係が強ければ強いほど戦争は避けられる、という見方をします。

しかし、2つのシステムに分かれてしまうと、貿易相手はこっち側、技術を共有するのもこっち側、となってしまいます。国益にかかわるのがみんな「身内」となり、相手側と戦争をしても損にはならない。大切な「抑止力」を失ってしまう可能性があるんです。

まだまだ先の話ですが、トランプ政権のころから少しずつ見え始めてきたと思います。バイデン政権も、この延長線上を走っており、心配です。

デカップリングをして中国に圧力をかけるつもりなのです。その戦略は分からなくはないのですが、完全な包囲網ができた際に、経済体制もアメリカ側が強いと言い切れるのかどうかは心配です。

中川 バイデン大統領は、先日の国連総会の演説で、「我々は、競争から紛争へと発展させない。米国は活発に競争し、同盟国のために立ち上がる。新冷戦や、世界を2つのブロックに分けることを望んでいない」とアピールしました。冷静なトーンを保っていますが、口にする「言葉」と、実際の「行動」との駆け引きが続くのだと思います。

パックン バイデン大統領は、「競争」はするけれど「戦い」はしない、みたいな言い方をします。「オーカス」もそうですが、どこか特定の国に向き合うための措置ではない、と表向きは言います。

「言葉」はいいのですが、実際にやっていることが言葉を裏付けているのかが注目です。

いまのところは、中国に対する制裁は実施したままですし、新疆ウイグル自治区での人権侵害を口実に、レトリック的な攻撃を続けています。トランプ政権と少し見せ方は違いますが、やっていることはあまり変わっていないような気がします。

しかし、これは、アメリカ国民が望んでいることでもあり、ある程度しかたがないと思います。

習近平政権は、おおっぴらに「戦狼外交」と言っています。これは鄧小平の時代とは違うんだと分かりますよね。経済発展を通して民主化していく中国ではなくなっています。7月1日の中国共産党100年の式典でも、習近平主席は人民服姿で登場し、建国の父である毛沢東っぽさを演出しています。

共産色をどんどん色濃くしている中国に対し、懸念をもつのはあたりまえだと思います。

バイデン大統領は2つのブロック化を望んでいないとは言っています。アメリカ側に寄ってきてほしいのに、遠ざかっていく中国、というのが実態です。

海洋進出、領空侵犯もありますが、それよりは政治理念がアメリカに近づいてこないことが問題なのです。

その意味で、「クアッド」について言うなら、これまで非同盟中立の立場を貫いてきたインドを巻き込んだことは、アメリカにとっては、とても戦略的価値が大きいのだと思います。(中川さんとパックンさんの写真はいずれも上溝恭香撮影)

(この続きの【後編】はこちらからどうぞ)

編集部注:中川浩一さんとパックンの対談は9月29日にオンラインで実施しました。

(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)