中川 前編では、安倍元首相の国葬について、日本が今後、国際社会でしっかり生きていくためにも、安倍さんの残した世界的評価を、なんとか良いアセットにするために弔問外交をしっかりやる、そのためには、国として静粛に国葬を執り行うことが重要という私の考えを述べさせていただきました。
今年は、2月にロシアによるウクライナ侵攻、8月には、アメリカのペロシ下院議長による台湾訪問があって、北朝鮮はミサイルを連発し、日本の周辺は本当に一触即発の状況です。防衛面での安全保障に加えて、特にトランプ政権時代から激化した米中の覇権争い、米中貿易戦争の中で出てきたのが、「経済安全保障」というワードです。
今年5月には国会で経済安全保障推進法が成立しました。経済安全保障担当大臣も新たに置かれ、最初、小林鷹之さん、現在は高市早苗さんになりました。
日本企業にとっても、いわゆる「サプライチェーン」の問題や経済安全保障は切実な問題です。「サプライチェーン」問題とは、要は、日本が必要とする物資がある国に固まってしまって流通が止まる、必要な物が必要なところに来なくなるということです。
コロナ禍やウクライナ侵攻を経て、日本企業もそうした問題に対処するタスクフォースを設置し始めています。最近、「経済安全保障」「エネルギー安全保障」「食料安全保障」、ODAの世界でいえば「人間の安全保障」など、いろんな用語が使われていますが、基本は安全保障というのは今までの「防衛」の文脈で理解すべきで、要は、どう国を守るかということです。
例えば2年半前の新型コロナ流行初期のマスクの確保を思い出してください。日本国内であまりマスクを生産しておらず、中国からの輸入に頼っていたからパニックになりました。まさかマスクという物資が、日本の、広い意味で国民の安全保障に重大な影響を及ぼすとはそれまでは想定していなかったわけです。
パックン 命を守るものが手に入らなかったら国民の安全は危険にさらされますよね。
中川 マスク不足の経験で、大事な物資を1カ所に頼っちゃうとだめだとことが痛いほど身に染みたわけです。だからちゃんと重要な物資を戦略的に守っていかなきゃいけない。原油もそうです。日本は中東に92%依存しているんです。
経済安全保障で注意すべき物資には、半導体や医薬品があり、食料も広義では入ります。
そのベースにある認識として、いかに日本は「持たざる国」であるかということです。日本は「持たざる国」だから、結局、国際社会の中でどう生きていくかを考えないといけない。
こういうと、外交官だった私は批判もよく浴びるんですが、「日本国内で生活が苦しい人がいっぱいいる。アフリカ開発会議(TICAD)に何兆円も出資するのはおかしい。そのお金は、アフリカじゃなく日本国民に回せばいいじゃないか」という議論はずーっとあるんです。ODAだってそうです。
でも繰り返しますが、特にロシアのウクライナ侵攻があって、やっぱり日本は原油高に対応できないし、半導体もない。医薬品もない。食料自給率は38%(2021年度、カロリーベース)ですよ。エネルギー自給率も12.1%(2019年度)。そういうことって、普段の生活ではなかなか気づきませんから、日本が国際社会で味方をつくらないといけないということが、どうやったら分かってもらえるだろうなと思うんです。
パックン そうですね。ストレートに食料が一番分かりやすいと思うんです。今、スーパーで目にする食料の6割がなくなったら大丈夫かと言ったら、もちろん大丈夫じゃない、というのは国民全員が分かりますよね。
じゃあ、エネルギーは9割カットされたら大丈夫かと言ったら、もちろんだめですよ。自給している10%強だけでたぶん病院は回せるけど、工場とかは回せないでしょうね。経済が停滞して、飢餓も起きるでしょう。ですから、みんなが普通に、「これはまずい状況だ」って分かるわけです。
もう一つ、最近の国際社会は「熱戦」より「冷戦」が多い。ロシアに対しても、中国に対しても冷戦気味な感じです。圧力をかける時は経済を武器にするんです。ということは、日本も経済的な弱点を抱えているならば、それは安全保障でも弱点を抱えている。他国の動きに反発したい時は、その弱みを握られていれば刃向かえない。それはロシアに対しても、そうです。
中川 まさに、ロシアの天然ガス事業「サハリン2」ですね。結局、日本企業は、国からの指示で、権益続行というスタンスです、
パックン それは、しょうがないと思うんですよ。冷静な判断だと思うんです。
中川 私はあまり納得できないです。「正義か、エネルギーか」でこのコラムでも議論しましたけど、これも日本政府から堂々とした説明がないじゃないですか。ロシア制裁を科した時に、ロシアのウクライナ侵攻がきっかけとはいえ、二国間の文脈では日ロ関係を日本側から悪化させておきながら、「いやいや、ごめんなさい、エネルギーは」ってみっともないですよ。アメリカはエネルギー資源を持っているから格好いいことできますが、日本はできないじゃないですか。
パックン その矛盾は、ロシアと対立している国々、ほとんどが抱えていますね。NATO加盟国は少なくともアメリカ以外、全部、エネルギー自給率が100%は達成できていないから、どこかに頼っている。イギリスの依存度は低いですが、ドイツとか、ポーランドとかは非常に高いわけですね。でも、ウクライナに武器を送りながら、ロシアから原油を買っている。この矛盾を抱えたまま、依存度を低くして、もっと長期的に対抗できるようにしようとしている。
日本は、ロシアからの全体的な依存度をもっと減らすように、同時に努力すればいいのにな、と思うんですよね。そのためには原発再稼働という話になるんですけど、原発に対しては、日本の国民が特別の思いも抱えているから、その民意に沿って原発にも火力にも頼らない、クリーンエネルギーや代替エネルギーへのシフトを加速した方がきれいかなと思うんです。すぐ来年、再来年できるかといったら絶対そうではないけれど。
僕は原発再稼働とともに、クリーンエネルギーシフトのロードマップを発表した方が良かったかなと思うんです。「サハリン2に参加を続けますが、同時に10年後に卒業できるように、どこどこに、○○という代替エネルギーのプラントを作りますよ」と発表するという、バランスの取れた対応が重要です。
中川 そういうシナジーがちゃんとあって、「なるほど、サハリン2の権益維持も一時的なんだ」と国民にちゃんと伝わっているのが理想です。今パックンが指摘した通り、パッケージで示すべきですね。正義をとるのか、生活をとるのか、ものすごく大事な理念ですよね。
法律では何が戦略物資か、これから指定するわけです。半導体は明らかに大事です。スマホにもパソコンも、エアコンにも不可欠です。
パックン 燃料も、金属資源も大事でしょうし、レアアースもです。もう、ほとんどが戦略物資になると思うんですよ。食料ももちろんそうでしょうね。
中川 今回の法律に食料まで入るかどうか、ちょっとまた概念が広すぎて、分からないですが、でも広い意味では考えるべきですね。
パックン でもカロリーベースで食料こそ確保しなきゃいけないものじゃないですか。だから、例えば、仮想敵と紛争することになりました。じゃあ、その仮想敵が狙いやすい日本のサプライチェーンの弱点はどこにあるのか?それは例えば、麦とかお米とか、カロリーベースで欠かせないものだけでも、その弱点を見つけて強化する。これも、日本の安全保障上で必要なプロセスじゃないかなと思うんですよ。武器を作るには鉄、レアアース、半導体、プラスチックも絶対に必要です。
中川 半導体は、今、中国も一生懸命、自給率を伸ばそうとして、しかし、まだ16.7%程度です。日本はこれから半導体についてはどう対応していけばいいと思いますか。
パックン 一番早いのは、台湾に「一つ前の世代のプラントでいいから日本に作ってください」と頼むことでしょう。最先端のプラントは多分作ってくれないし、その秘密も共有してくれないと思うんですよ。それは企業として正しい判断なんですけど、アメリカはもうアリゾナ州に2世代前のプラントを作ろうとしているし、日本にも同じように作ってもらう。
半導体は、最先端のものがないと国が回らないわけではないと思うんですよ。最先端のものを今から追いついて追い越そうとすると莫大な投資になるから、日本の軍事的な安全保障でも、経済的な安全保障でも重要な台湾との関係を守る国際的な枠組み、構造構築が必要だと思います。
中川 医療用医薬品も、多くを輸入に頼っています。
パックン 市場的リベラリズムという考え方だと、買い手・売り手が関係を持つことによってお互いに依存する。医薬品メーカーは、日本に大事な医薬品を提供してくれているんだけど、我々もメーカーが必要としているお金を渡しています。
相互関係、相互依存度が高まれば、これは戦争を抑制する効果がある。これが、国際関係理論ですごくオーソドックスな考え方になります。ただ、特にエネルギー、食料、医薬品、さきほど言っていた半導体など戦略物資などは、輸入で入ってこないと半年ももたない。日本はお米の備蓄なら半年分あるかもしれないけれど。
中川 米だけなら日本は自給率がほぼ100%ありますね。
パックン でも半年間、食料輸入が完全に止まってしまったら、日本は平気かといえば絶対そうじゃないと思います。だから相互依存の中にもやっぱり強い弱いという強弱の関係があると思いますよね。何が大事なのかというと、敵になりうる国との依存度をうまく計算して、ヘッジすることだと思うんですよ。
「チャイナ・プラスワン」ってよく企業の戦略として昔から注目されていますね。中国に一つだけ工場を作ると、それが国有化された場合に困る。そういうリスクヘッジとして、中国以外のミャンマー、バングラデシュ、タイにも工場を置こうという企業の戦略があるんですけど、同じように国全体の戦略もあって良いと思うんです。
中川 一方で、経済安全保障の名の下に、保護主義政策が進む懸念も指摘されていますね。結局は日本の産業政策とか、自国の製品の売り込みとかになっていかないかという論点もあるわけです。
パックン 保護主義が国益につながるか、日本の強靭化につながるかといったら、必ずしもそうとは言い切れないと思うんです。
例えば、日本は防衛費を倍増したいと言っていますよね。
でも、そもそも日本国内の資源が足りないわけですよ。考えてみてください。莫大なお金をかけて、台湾で作っているようなシックス・ジェネレーション(第6世代)の半導体を日本で作る。何兆円もかけて作ることができた。よし。でも、その「何兆円」は結局どこから取ったのか。防衛費から取ったのか、教育から取ったのか、福祉制度から取ったのか。
日本の国民の幸福度を下げて、日本を強靭化したら、元も子もないんじゃないかな。たとえば教育レベルを下げて、軍事力を高めたら、たとえ経済安全保障効果があったとしても、結局、20~30年後には日本の人材自体が貧相になってくる。あるいは、少子化対策費から予算を取ったら人口が減った。人口こそ、結局は経済力なんですよね。経済的な安全保障を目指して、経済自体を弱体化させることになります。
たしかに内需型でできるようになった。内「供」型もできた。でも、GDP自体が縮小した。その結果、経済力が下がって、経済力が武器となる21世紀の国際関係上の駆け引きで、国の弱体化につながる。国力ダウンになっているんです。
それよりはやっぱり、なるべく低コスト、コスパの良い安全なサプライチェーンを構築して、それぞれの国の特技を生かして、貿易でお互いの経済を活発化した方が結局、大きな強い国につながると思うんです。
中川 その意味でもやっぱり、日本がいかに、国際社会で、偏りのない様々なチャンネルを持っているかが大切ですね。
パックン でも、さっき言っていた、「正義」も売りたくないよね。
中川 そのためにも、あらゆるチャンネルを持っていること大事じゃないでしょうか。正義を売るためにも、日本はまず自国の経済力を高めなきゃいけないし、それで、正義も発動できるし、それは「ニワトリと卵」の議論かもしれないけれど、ちゃんと両方ができるような国家を目指すためにも、今こそ、もう一度、私は日本人には国際社会で生きることの意味というのを考えてほしいと思います。
パックン もう一つ、忘れちゃいけないのは、地球ガバナンスの強化ですよね。以前もお話ししましたが、民主主義対、非民主主義の国際構造よりも、もしかしたら手っ取り早いものはルールに基づいた「国際秩序を守る会」です。
他国の領土侵犯をしてはいけない。それをやってしまった国に対して、全地球が止めに入るという、そういう新しい枠組みを作った方が、結局はサプライチェーンを守って、自国の自給率が低いままでも経済安全保障ができる考え方もあるかなと思います。簡単にできるかと言ったらそうでもないけれど、目指す方向としてはそれが正しいんじゃないかなと思います。
(注)この対談は9月7日に実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。