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エネルギーか人権か、アメリカとサウジの外交駆け引きを日本が傍観できない理由【前編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

いま海外で起きていること、世界で話題になっていること。ビジネスパーソンとして知っておいた方がいいけれど、なかなか毎日ウォッチすることは難しい…。そんな世界のニュースを、コメディアンやコメンテーターなどマルチに活躍しているパトリック・ハーラン(パックン)さんと、元外交官(現在、三菱総合研究所主席研究員)の中川浩一さんが、「これだけは知っておこう」と厳選して対談形式でわかりやすくお伝えします。

中川 朝日新聞の経済メディアbizble20216月から始まった連載「これだけは知っておこう世界のニュース」シリーズ。2021度は計10回の対談行いましたが、今回からGLOBE+に舞台を移します。当時、私自身が、こういうコラムがあったらいいなと思って企画し、以前から知り合いのパックンと一緒にやってきたわけですが、継続できてうれしいです。

GLOBE+読者の方に改めてご説明すると、このコラムのコンセプトは、世界のニュースを「分かりやすく」解説することを基本にしつつ、日々のニュースを私たちはどういうふうに見ていけばいいのか、ということにも重点を置きます。2人が互いの「オリジナリティー」を出して、他メディアや有識者の解説とは一線を画したものにしていきたいと思っています。パックン、引き続きよろしくお願いします。

パックン GLOBE+で続けてくださってありがとうございます。うれしいです。中川さん、引き続きよろしくお願いします。

中川 この2カ月、ロシアのウクライナ侵攻があって、426日にはグテーレス国連事務総長がプーチン大統領と会談したり、翌日にはウクライナの首都キーウを訪問したり、日々のニュースは本当にめまぐるしいです。私は、現在は三菱総合研究所でビジネスコンサルタントをしていまして、4月は中東に出張してきました。そこで改めて思ったのは、日本でウクライナ情勢に関して報じられていることって結構、限られてしまっているということ。誤解のないように言えば、ちょっと偏っているというか、あるポイントでしか見ていないな、と感じます。

私自身はロシアやウクライナの専門家ではなく、中東の専門家です。ただ外交官としてアメリカも含め世界各地を見てきました。読者にいろんな視点で見ていくことが大事だということ、そういう視点をお伝えしていければいいなと思っています。パックンもよろしくお願いします。

パックン よろしくお願いします。

サウジアラビアで開かれた国際経済会議に登壇したムハンマド皇太子(写真中央)=2018年10月24日、首都リヤド、朝日新聞社

ウクライナ侵攻による原油高 活発化する外交駆け引き

中川 今回の私の中東出張は、サウジアラビアに10日間、それからアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ、ドバイに5日間でした。日本は約9割の原油輸入を中東に依存しています。2021年の財務省貿易統計(速報値)によると、そのうちサウジが約40%UAEが約35%だから、この2カ国で7割以上を頼っていることになります。日本のエネルギーの生命線となる2カ国です。

一方で、ロシアによるウクライナ侵攻で、現在、世界の原油価格が高騰しており、世界の潮流であった脱炭素へのかじ切りが、これら湾岸産油国ではどうなるかなと思っていました。

サウジアラビアは2060年、UAE2050年をカーボンゼロ達成の目標に掲げています。原油価格の高騰で短期的に経済が良くなれば、普通は気が緩みがちになりますが、期待は良い方に裏切られました。彼らは国是としてカーボンゼロに向けて積極的に動いていました。サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子は、気候変動関連を所管する役所に相当なプレッシャーをかけている様子がうかがえました。UAE2023年のCOP28(国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議)の開催国なので、脱炭素に向けて徹底しているなという印象がありました。

その中で今回、湾岸諸国のアメリカへの不信感をひしひしと感じました。201810月に、サウジ政府に批判的だったサウジ人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が、トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で殺害された事件がいまだに尾を引いています。彼らは「バイデン政権は本当にけしからん」「人権問題でサウジに内政干渉をしてくる」と怒っていました。

当時のトランプ大統領(共和党)はあまり問題視しなかったのですが、アメリカの民主党政権は民主主義、人権という基本的価値に厳しい。だから2021年1月に発足した民主党のバイデン政権は執拗に取り上げ、しかもこの殺害事件にサウジアラビアで実権を握るムハンマド皇太子が関与したと強調しているんです。サウジ政権の中枢部を批判するアメリカに対して、サウジにしてみれば「そんなのは内政干渉だ」というわけです。

殺害されたサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏=2016年1月、サウジアラビア・リヤド、朝日新聞社

パックン 殺されたカショギ氏は、アメリカの大手メディア、ワシントン・ポストのジャーナリストであって、アメリカにとっては他人事じゃないですよ。それを「内政干渉」と言われてもなあと思うんです。もしアメリカ国内で、サウジアラビア人ジャーナリストが殺されてサウジアラビアが抗議し、それに「内政干渉です」とアメリカが反発したら、それは通じないと思うんですよ。中川さんは、どう考えますか?

中川 おっしゃる通り。私もそう思うんです。ただ、日本が原油輸入の最大依存国であるサウジアラビアの王族とかが、アメリカのバイデン政権をそのような目で見ているという事実、アメリカとサウジアラビアの厳しい関係を正確に理解しておかないと、なぜロシアのウクライナ侵攻で原油高が続く中、サウジアラビアがさらなる原油の増産要請に応じていないのかを正確に理解できません。

ガソリン価格と支持率が反比例 バイデン政権の苦悩

パックン アメリカは、今年11月に中間選挙があり、バイデン大統領も国民の支持率は大いに気にしています。そのような中、今回のウクライナ情勢を受けて、世界の原油価格が高騰し、アメリカ国民の生活にも影響が及んでいます。支持率は、基本的にガソリン価格と反比例関係にあるので、ガソリン価格が上がれば上がるほど政権の支持率が下がるわけですね。

ではガソリン価格をどうやって下げるのかというと、石油産出国にお願いして「もっと供給を増やしてください」とお願いせざるをえない。石油の大幅な供給増の可能性が一番高い国はサウジアラビアです。だからバイデン大統領は、今、サウジアラビアで実権を握っているムハンマド皇太子と仲直りする大きなチャンスだと思うんですよ。これほどまでにアメリカがサウジアラビアを必要としている環境はなかなかありません。

中川 そうですね。ただ、私もそういう風に思うんですが、今は外交の駆け引き時かもしれないですね。面白いなと思ったのは、今、首都ワシントンD.C.にいるサウジアラビア大使は何もしなくても最高のカードを持っている。アメリカも、サウジアラビアに相当量の原油を増産して欲しいと思っているから、駐米サウジ大使は結構、強い立場でいられるんじゃないかと思います。

パックンさん

パックン それは間違いないですよ。だからサウジアラビアは渋っているでしょう。今のところは増産をお願いされても応じないじゃないですか。バイデン政権がサウジアラビアやムハンマド皇太子に対する態度を変えることが、おそらくサウジアラビアが求めている「カード」じゃないですか。どう思いますか?

中川 そのとおりです。私もワシントンの高官と話しましたが、やはり今のところは人権で譲ることができないみたいですね。その代わりに他の分野で気を引こうとしている様子がうかがわれます。

パックン 人権での譲歩は難しいでしょうね。

中川 共和党とは違って、民主党政権にとって人権重視は外交価値そのものだからです。ただ、アメリカは、今そのサウジとUAEに対して、特に気候変動や再生可能エネルギーで民間投資をものすごくつぎ込んでいるんです。サウジもUAEも脱炭素を進めないといけないから、そういうところにちゃんとアメリカは民間投資をしている。そこはバランスを取っているように見えます。

人権の問題ばかり言うのではなく、かゆいところに手が届くようにしている。あとは、このアメリカの思いを、サウジアラビアとUAEの首脳がくんでくれることを期待するしかないですね。

なぜこんな話をするかというと、さきほど述べたロシアによるウクライナ侵攻で、サウジとUAEの重要性が一層増しているからです。日本では、中東の話はウクライナ侵攻の文脈ではあまり出てきません。たしかに、ロシアとウクライナの現場も大事なんですが、言いたかったのは、日本にとってどこが大事かっていうのは必ずしも一つじゃないし、そういうところも注目していく必要があるのかなと思いました。実際、サウジアラビアが石油の増産に応じないから、原油価格が下がらず、日本人の生活にも直結しています。

外交で「道徳的妥協」するアメリカ 日本に対しても

パックン その通りです。結局、妥協が必要なんですよね。「道徳的妥協」という言い方は矛盾しているように感じるかもしれませんが、僕はカショギ氏の殺害はムハンマド皇太子が責任者だと思ってはいます。ですからそれに関しては「悪は悪」。でも、今回のロシアによるウクライナ侵攻で、その何千倍もの殺傷の責任者であるプーチン大統領を止めるためには、ムハンマド皇太子と仲良くする必要はあるでしょう。

アメリカ国内でも、自分の道徳倫理に100%一致しなくては交渉できないとか、取引できないとか、そこまで考えている人はほとんどいません。分かりやすい例でいえば、日本で議論されている夫婦別姓問題。これはアメリカ人から見れば非道徳的ですよ。女性の権利がないがしろにされていると思います。だからといって、アメリカが日本と仲良くできないはずはないです。日本に対してはほんの少し、ちっぽけだとしても、道徳的な矛盾を抱えつつ妥協していると思うんです。

必要に迫られれば、アメリカは大きなところでも妥協します。原油生産量の多いベネズエラやイランに対しても、今の経済制裁の緩和をもって石油輸出をしてもらって、世界の石油価格を下げようという動きにつながると思うんですが、アメリカ人から見れば、このベネズエラもイランも「悪」なんです。

でもその「悪」と手を組んでも、もっと大きな「悪」を止めなきゃいけない。そういう立場に置かれているからベネズエラもイランも、そして一緒にして申し訳ないですが、サウジアラビアも、妥協を通して関係を改善してから、いい方向に一緒に動く。もしくはその国を導くように、その関係を利用して、その国の国民をも助ける。そういう風にたぶんとらえ始めるんじゃないかなと思うんですね。

ホワイトハウスで演説するバイデン大統領=2022年4月、ワシントン、朝日新聞社

中川 なるほど。ただ、サウジも、UAEもアメリカの原油の増産要請に応えないから、バイデン政権は原油の備蓄放出をまた進めていますね。トランプ政権だったらよかったかもしれないけれど、バイデン政権は気候変動政策を大変重視しています。アメリカもめちゃくちゃ矛盾しています。この2カ月、非常に苦しい立場ですね。

パックン 難しいです。ただ、バイデン大統領が選挙で勝ったということは、アメリカ国民がバイデンの公約の政策を維持し、望んでいるということだと考えるしかないんです。これを英語で”Elections have consequences.”といいます。「選挙は効果を呼ぶ」、つまり選挙には、因果関係の「が」に当たる部分があるよ、という意味なんですが、温暖化対策を急いでほしいと国民が思っているところで、それを簡単に裏切るのもあまり良くないかなと思うんです。

温暖化対策を急ぎながら、プーチン政権に対する戦争抑止力、ウクライナからの撤退圧力も高めることが同時にできたらいいですが、仕方なく片方を犠牲にしてもう片方を進めなきゃいけないって、たぶん国民は思うんです。ただ、バイデン大統領自身の本音は、他国に石油産出の増産を頼るのはみっともないと思っていると思います。たぶん6割の国民は石油増産の方針に賛成なんだけれど、「脱石油」に熱い20%の民主党支持者、選挙の年にとっても大事な支持基盤となるリベラルな思想を持っている方は、そこで「ちょっと待って、それ以外はないの?」って考えます。

アメリカとサウジ、関係改善の落としどころは

パックン 本当は、ウクライナ侵攻が始まる前に、クリーンエネルギー・シフトの「ワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed)」をやればよかったんです。「ワープ・スピード作戦」はトランプ前大統領が発表した、新型コロナのワクチン開発を政府が全面サポートして「なるはや」で作り上げるという狙いの政策で、これは成功したといわれています。ワクチンが半年ちょっとでできちゃったんですよ。だから同じように国家の全力を挙げてクリーンエネルギー・シフトを果たすぜ!って、ロシアのウクライナ侵攻前に言ってほしかったです。

今、民主党の固い支持基盤もきっと同じことを考えているんです。石油・天然ガスの産出増産ではなくて風力発電の増産、太陽光発電の増産をお願いしますよって。現実的に考えると石油・天然ガスの産出増産の方が圧倒的に速いし、仕方ないですね。

だから、サウジアラビアとの関係では、僕はたぶん妥協点として、カショギ氏の殺害事件についてトルコ、サウジ、アメリカの3カ国が合同調査団を設置するとか、情報開示とか、しっかりした反省文の作成とか、カショギ氏の人権問題、道徳問題の処理込みの合意があれば、割と早くに関係改善ができるんじゃないかなと思うんですよ。

ムハンマド皇太子はまだ30代です。この先40年、50年の長期にわたって事実上の支配者になってもおかしくないわけです。仲良くしないわけにはいかないのです。

中川浩一さん

中川 ただ、バイデン政権は、20211月の政権発足以降、「ムハンマド皇太子はバイデン大統領のカウンターパート(相手国の対等な立場)じゃない、カウンターパートはあくまでもサルマン国王だ」と強調しています。このあたりは、トランプ前大統領とはムハンマド皇太子に対するスタンスがまったく違っています。

でも私が今回サウジに行って聞いたのは、もう事実上、大事な決定権限がムハンマド皇太子にすべて下ろされている、原油増産の決定権もムハンマド皇太子にある、だから結局、バイデン大統領が、ムハンマド皇太子と向き合わないと、話にならないんですよ。でも、今度はムハンマド皇太子がバイデン大統領とのやりとりを拒否していると報じられています。このあたり、外交上の駆け引きが発生しているなと思っています。

パックン そうですね。たぶん、ウクライナ侵攻が続く限り、そして石油価格の上昇が続く限り、中川さんがおっしゃった通り、アメリカ・サウジ対立においては、サウジの方が圧倒的に立場が強いと思います。

中川 このアメリカとサウジアラビアの関係は、まさに日本人の生活に直結するので、「第三国同士のこと」と傍観するのではなく、読者の皆さんも注意して、アンテナを高くしていきましょう。

(注)中川浩一さんとパックンの対談は428日にオンラインで実施しました。対談時の写真はいずれも上溝恭香撮影。