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麻薬的植物カートがはびこるイエメン その豊かな食文化との関係

中東を丸かじり
自宅でつくったサルタ

中東で最も魅力的な国の一つを挙げるとしたら、どこだろうか。そんな難題には答えたくないが、中東で訪れた国の中ではイエメンが最有力候補になると思う。今は内戦が泥沼化しており、「中東の最貧国」や「世界最悪の人道危機」といった残念な枕詞が付いて回る。古代の王国は、インドと地中海、アフリカのほぼ中間に位置する地理的な好条件を活かして貿易の中継地となり、海のシルクロードとして繁栄を謳歌、古代ギリシャ人やローマ人は「アラビア・フェリックス」(幸福のアラビア)とたたえた。食文化も独特なものが存在している。

古都には江戸の風情

世界遺産に指定されている世界最古の摩天楼都市、首都サヌアの旧市街は、防御のための城壁に囲まれた地域に5~8階に及ぶ石造りの高層建築がひしめき合う。内戦によるインフラの劣化や気候変動による水害もあり、一部の建物が倒壊するなど危機に瀕している。以前訪れた際には、ゆったりとした時間が流れていた。お腹の辺りに男の象徴である短刀ジャンビーアをぶら下げ、ソウブと呼ばれる長衣に背広を着て男たちが闊歩していた。イエメンには、刀狩りの前の日本の江戸時代のような風情が漂う。

短刀ジャンビーアを腰に付けて闊歩するイエメン男性

イエメンが近代国家になる前には部族抗争や盗賊の出没も多かった。堅牢な城壁で囲まれた旧市街には、モスク、スーク(市場)やブスターンと呼ばれる菜園もあり、市民生活がここだけでほぼ完結する仕組みとなっている。石造りの家屋に囲まれた細い路地に子供たちの歓声がこだまし、軽食屋のスタンドからじゃがいもを蒸す湯気が上がっていたりする。

首都サヌアの市場

麻薬的な嗜好品が蔓延

初めて訪れたイエメンでびっくりさせられたのが、麻薬に指定し、非合法とする国もある植物カートを多くの男性たちが常習していることだった。だいたい午後2時を過ぎると、男たちはそわそわしてくる。この時間になると、早くも旧市街の商店主や職人たちの中には、テニスボールから時にはソフトボールが入ってしまったかのようにほほを大きくふくらませて、口をもごもごとやっている人たちがいる。カートは、国民に人気がある嗜好(しこう)品で、内戦が泥沼化しようが、新型コロナウイルスが流行しようが、イエメンの男たちがやめることはない。

カートをかむイエメン人

常緑樹のカートは、高さ4メートルほどになる。新鮮な若葉を口の中に一枚一枚放り込み、最後には数百枚も詰め込んで数時間もひたすらかむ。覚せい剤アンフェタミンのような作用があり、気分が高揚して頭が冴えてくるという。

だが、カート栽培は、イエメン経済を破壊し、乏しい水資源の枯渇に拍車を掛けている。イエメンは「モカ・マタリ」というコーヒーで知られる土地だが、アカネ科であるコーヒーとカートの栽培地域がちょうど重なる。カート愛好家の中には「強烈なコーヒーを飲んだ時と似たような気分になる」とも言う。手軽な現金作物であるカートの栽培は、農地を浸食しており、内戦による食糧危機をさらに深刻化させている。

カート栽培が盛んな首都サヌアの郊外

カートは昼食のメニューにも影響?

イエメンからの報道によると、内戦の最中でも、カート市場は相変わらずの盛況だ。日本人が魚の鮮度にこだわるように、イエメンの男たちはカートの新鮮さに並々ならぬこだわりを持っている。新鮮なカートほど幻覚作用が強いためだ。畑で朝に摘み取られた枝付きのカートが路上に山積みにされ、男たちが手に取っては吟味する。葉がしおれておらず、張りがあってみずみずしいものほど高級品だ。

イエメンで盛んに栽培されるカート

カートをかむための準備は、朝の新鮮なカートの買い出しから始まり、昼食のメニュー選びにまで影響するようだ。それほどまでにイエメン人男性にとって、カートは重要なものである。イエメンの国民食といわれる料理にサルタがある。イエメンを訪れた外国人の多くが、この料理に魅了される。まず、そのビジュアルがいい。石焼ビビンバで使われるような石鍋をガスの強火に掛け、高温で煮込んでいる音や炎の迫力が凄まじい。

週末の昼時には、特にサルタ屋が混雑する。それもカートに関係があるらしい。週末は、カート・パーティーが盛大に開かれるからだ。あるイエメン人は「サルタの油や香辛料が胃に適度な膜を作り、カートの成分が過度に吸収されるのを防ぐ役割がある」と説明した。

イエメンの国民食サルタ

食文化にエチオピアやインドの影響も

イエメンは、海のシルクロードの中継点に位置して古代から様々な物資が行き交った土地だけに、サルタ以外にも、インドや東アフリカの影響を受けた多彩な料理がある。中東料理は、オスマン帝国が大きく版図を広げた影響から、トルコ料理に似通ったものが多い。そんな中でイエメン料理は、エチオピアで食べられているイネ科の穀物テフを使ったインジェラという酸味のあるクレープのような薄焼きパンも、食材として取り込まれていたりする。そうかと思えば、インドやその周辺国で食べられているスパイスと肉の炊き込みご飯、ビリヤニに似たような料理もあって多様性に満ちている。

中東ではいろいろな調理道具を買ってきたが、中でもお気に入りなのがイエメンの石鍋。韓国の石焼ビビンバでは、ボール型の石鍋が多いが、イエメンの石鍋は底が平たく、取っ手が付いていて、なんとなく無骨な印象。重いのにイエメン出張の際に2つも買い込んだ。久しぶりにサルタを料理しようと思い立ち、この料理で最も重要な食材であるスパイスのフェネグリークを探し回った。ところが、何軒かスーパーマーケットを回ってみたものの見当たらない。中東料理は食材の確保がネックになるが、その中でもイエメン料理は特にハードルが高そうだ。

サルタを食べるイエメン人たち

ただ、サルタはフェネグリークさえインターネット通販を利用するなどして入手できれば、意外に身近な食材で料理できてしまう。特に、日本はニラが簡単に手に入るのがいい。ニラは、フェネグリーク粉を水でふやかして日本のとろろのようなクリーム状のソース(ヒルバ)に、パセリや青唐辛子とともに加える。サルタのベースとなるのは、牛肉やトマト、ジャガイモなどを煮込んだシチューで、加熱した石鍋でぐつぐつと沸騰させ、ここにヒルバをかける。

サヌアのサルタ専門店の料理人に聞いたところ、朝から大量の牛骨を煮込んで出汁を取るという。それが濃厚なシチューのベースとなり、苦味の効いたヒルバと絶妙の相性を見せる。サルタはオスマン帝国時代に、高級官吏の残り物に、フェネグリークを使った現地のソースを合わせて生まれた料理といわれている。フェネグリークを大量に使う苦味のある味わいは、人によっては何回か食べないと分からないと言われるが、筆者は初めて食べた途端にハマってしまった。

【動画】サルタの作り方