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日本の味噌を思わせる トルコの旨味の素「サルチャ」<トルコの保存食2>

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
「サルチャ」用のトマトを発酵させているところ。(荻野恭子提供)

●夏の終わりに仕込むのが恒例

8月の終わりになり、真っ赤な完熟のトマトがたくさん出回って値段も安くなると、トルコのアンネ(お母さん)達は大量の完熟トマトを何十キロも買い込み、「サルチャ」(トマトペースト )を仕込みます。

「サルチャ」とは、トルコ料理のうま味のもと。トルコ人にとって大切な食べ物でもある国民的スープ「タルハナ・チョルバス」をはじめ、様々な料理のコク出しに、必ずといってよいほど使われるものです。トマト味が年中楽しめるよう、それはもう大量のペーストを仕込むのですが、作業風景は少し前まで、夏の風物詩のようなものでした。現在は市販品もたくさん出回っていますが、やはり日本の味噌と同じように自分の口に合うように手作りしたほうがおいしいですし、大量に使うものなので、トマトがたくさん出回る、安い旬の時期に作る感覚です。

サルチャは発酵食品です。トマトを大きめに刻み、塩、粉唐辛子をまぶし、2~3日置きます。少しぶくぶくと微発酵してきたものを煮て水分を飛ばし、ペースト状にします。ここでさらに半日、天日に干し、保存ビンに入れて脱気します。

●日本の味噌を思わせる懐かしい味

いくつものトルコの家庭で「サルチャ」作りの現場を経験しましたが、特にボル高原の農家で自家製のトマトを使って作ったものは、濃厚で乳酸発酵の味がして、日本の味噌を思わせる感じでした。

小さい子供たちがトマトを手で潰し、塩、唐辛子、自生しているタイムを摘んできて入れ、よく混ぜて桶に入れます。そこに軽くフタをして、納屋に2~3日置くのですが、私が、仕込んだばかりのものの味見をしようとしたら、「塩辛いだけだからおいしくないよ!」といわれて、グッと我慢しました。結局、前に仕込んでおいたものを見せていただき、それを煮詰めてペーストにしたのでした。

最後に、お茶請けでパンにサルチャとオリーブ油を塗ったものをご馳走になりました。まさにその家々で味が違う、みそ作りと一緒だと実感した、懐かしい思い出です。

●庶民がトマトを使うようになったのは20世紀になってから

トルコ料理といえば、トマトをイメージする人もいるくらい、トマトを使った料理は多いのですが、実は、庶民がトマトを料理に使うようになったのは、20世紀に入ってから。トマトは、19世紀にイタリア、スペインから入ってきたというのがルーツだそうです。

「サルチャ」は、四季を通じてトルコ料理に使われます。甘く濃厚な風味は、煮込みやスープ、ディップなど、料理のコク出しや隠し味に欠かせません。また、火を通さずにそのまま使う料理もたくさんあります。

特に、メゼ(前菜)に登場するディップによく使われます。季節によって合わせるものが異なり、夏にはフレッシュなトマトやハーブ、冬はくるみとドライハーブを合わせ、にんにくを効かせて保存のきくペーストにします。粉唐辛子も加えて辛く仕上げるのですが、これは体を温めるためです。このペーストは「チェメン」と呼ばれ、家庭でも食べますが、ルーツは宮廷料理なのだそうです。

トルコの国民的スープ「タルハナ・チョルバス」は肉や野菜を炒めて、水で溶いた顆粒スープの素「タルハナ」を加える。スープにも「サルチャ」は欠かせない。(撮影=竹内章雄)

トルコ料理は、オスマントルコ時代の宮廷料理に由来し、食いしん坊だったスルタンが宮殿に雇ったコックの数は1000人とも言われます。オスマントルコは、東はアフガニスタンやインド、西はイタリアをはじめとする地中海地方、南は北アフリカや、アラビア半島に位置するイエメン、北はバルカン半島からオーストラリア、ハンガリー、ウクライナまでを制覇していました。そのため、世界各国の食材や調理法を手に入れることができたのです。

食いしん坊のスルタンは、行く先々でおいしいものを持ち帰り、自国に取り入れたという逸話が残っています。トプカプ宮殿の料理人たちは、王の舌を満足すべく様々な料理を再現し、生み出しましたが、小麦を始め、多くの農産物の原産国でもあり、食材が豊かなトルコの料理だからこそできたことです。そうして、帝国の解体、宮殿の崩壊後に故郷に散った料理人たちが店を始めたことが、今のトルコ料理のルーツと言われているのです。

●ドルマにも「サルチャ」

宮廷料理がルーツといえば、トルコ料理の代表格ともいわれる「ドルマ(中に詰め物をしてから煮込む料理)」の旨味出しにも「サルチャ」は欠かせません。冷製と温製があり、ナスやトマト、ピーマンを使ったものは大変ポピュラーです。

旬以外の時期には、「クル・セブゼ」(干し野菜)が使われます。主には、なす、オクラ、トマト、パプリカ、ズッキーニなどを乾燥して保存したもので、うま味が凝縮して実においしい。日本でいうところの乾燥しいたけのようなものですね。私がお気に入りだったのは、なす。なすをドルマ(詰め物)用に中身をくり抜き、首飾りのように紐に通して通乾燥します。使うときは、水で戻し、中に肉や米、玉ねぎパセリなどを詰めて、サルチャ、水を入れ煮て煮ます。

仕込むのは、主に秋です。手間がかかるのと、市場に行けば売っているので、作る余裕のない人は買っていますが、料理好きなアンネたちは今も手作りしています。サフランボルという町のレストランの厨房でも、一緒に作らせてもらったことがあります。実に丁寧な、職人芸のごとき作業で勉強になりました。

そうそう、日本に帰ってからも試しに作ってみたのですが、湿気があるので、カビてしまいなかなか上手にできませんでした。「まぁ、いいわね。乾燥なすを使わなくても、他に食べるものはあるから」と諦めたのでした。

ドルマに使うピーマンやなす、オクラやいんげん。ユルドゥスさんの干し野菜。(荻野恭子提供)

●季節の野菜で仕込む「トルシュ」

もう1つ。「トルシュ」という漬物の話をします。これは、季節の野菜を酢、レモン汁、塩、水で漬け汁を作り漬けるもので、夏はきゅうり、ピーマン、トマト、しし唐、にんにくなど、冬はにんじん、キャベツ、カリフラワー、玉ねぎ、にんにく、唐辛子などを漬けます。

作り方は、まず、鍋に水と酢と塩を加えて沸かし、塩を溶かして少し冷まします。そのあと、ニンニクや唐辛子、イタリアンパセリ、レモンなども加えて漬け込み、乳酸発酵させます。塩とレモンが入っているのでかなり酸味塩味が強いです。匂いも強烈で、日本人には強く感じるかもしれません。家庭やレストランによってだいぶ味が違います。

以前、シリアとの国境近くのハランという町に案内していただいたことがあり、そこで食べたトルッシュの酸味と塩味のバランスがよく、とても美味しかったことを覚えています。唐辛子の産地でもあることから、「アジュビベルサルチャ(辛い唐辛子ペースト)」というものを売っていたのですが、唐辛子を発酵させてから、すり潰し、油に浸けてありました。私は勝手に「トルコの辣油」などと呼んでいましたが、中国のピリ辛調味料「辣油」や「辣椒醬」のような調味料を思い起こさせ、「やはり文化はつながっているのだ」と感動しました。現地では、パンに塗って食べたり、シシケバブにつけたり、くせになる味。ご主人も、アラブの商人的な人で「ここしかない唐辛子だから、ぜひ、買ってください」といわれ買ったのですが。でもそのあと、どこの市場でも売られていたのでした(笑)。

●漬物の漬け方に思うトルコの豊かさ

私は、トルコ料理を知る以前より、ロシアの家庭料理を長年研究してきました。ロシアの家庭料理の中で漬物の存在はとても大きく、素材に水と酢と塩と砂糖少々を加える程度で、乳酸発酵させることで、自然の旨みを存分に料理に活用させます。漬け込んだものは、そのまま漬物として食べるだけでなく、煮込みの味出しにもします。つけ汁も同様に、調味料として使います。厳しい環境で冬は野菜が育ちませんし、モノがない環境だけに工夫をする文化なのです。

トルコの場合はそういったことはなく、漬物として、ただ美味しく食べるために仕込みます。水と塩から生まれる自然な発酵で生じる酸味だけではなく、予めレモンの酸味を加える点も、素材が豊かだからできることでしょう。もちろん、保存のためという側面もありますが、たくさん収穫できたから、それを旬の間に美味しいまま封じ込めたい。という気持ちも強いのではないかと思います。それくらい、トルコは食材が豊富な国なのだと、訪れるたびに感じるのです。

ししとうやピーマンを漬け込んだ、ボル在住の料理上手、ユルドゥスさんのトゥルシュ。(荻野恭子提供)

サルチャの材料と作り方

1 完熟トマト3キロはざく切りにしてボウルに入れ、塩大さじ1と粉唐辛子少々を全体にまぶす。半日〜1日ほど日光にあてる。
2 ミキサーまたはフードプロセッサーにかけ、再び半日〜1日天日に干し、水分をとばす。
3 鍋に入れ、水分がなくなりペースト状になるまで、弱めの中火で1時間半ほど煮詰める。最後、水分がなくなったかと思うとまだ残っている感じがするが、気長に煮詰める。熱いうちにきれいな保存瓶に入れる。