「プロフは昔、600種類もあったんだよ。でも今は100種類くらいだね」
アゼルバイジャンの首都バクーのレストランで、「プロフ」の作り方を伺った際、料理長の方にこう言われて驚きました。
これは1987年ごろ、ロシア料理の研究のためにユーラシア全土を巡る中、初めてコーカサス三国を訪れた時のことです。その後、隣国イランとの料理のつながりも意識するようになり、重ねて訪れるようになりました。
アゼルバイジャンの人々はもともと南コーカサスの遊牧民で、小麦を主食としています。かつてのペルシャ帝国やシルクロードからの伝播もあって、古くから米を食べる習慣がありますが、主食ではないのであくまで米は野菜として考えられています。それはイランや小麦を主食とする国でも同様です。そして「プロフ」は、イランの炊き込みご飯「ポロ」の影響を受けていると言われる料理なのです。
ピラフは、手法や加えるスパイスの種類、米の種類や具材もさまざまで、肉の種類も宗教などの影響を受けますが、共通しているのは「油+素材+水+塩」で炊き上げる点です。
この時伺ったうちの一つは、サフラン色のサラサラとした炊き上がりのものでした。塩水につけおいた長粒米をゆでて水洗いし、炒めたドライフルーツを加えて羊のブイヨンとサフラン水を加え、蒸し炊きにしますが、長粒米は粘り気がないため、ゆでることに適しており、ゆで流すことで臭みも消え、さらに蒸すことでモチモチ感が出るのです。
これに羊肉とドライフルーツ、栗などを煮込んだシチューをかけて食べますが、甘酸っぱいプルーンなどが羊の脂っぽさをうまく抑えてコクを引き出し、崩れそうな炊き上がりのご飯と混ざり合います。異国情緒あふれるバランスが、たまらないものでした。
鍋底におこげを作って炊き込むものもありました。おこげにするための生地をわざわざ鍋底に敷き詰め、その上で米を炊くというものです。
炊き方は先ほど同様、サラサラの長粒米をゆでて洗い、敷き込みます。グレービーソースを乗せてお米を重ね、スパイスを加えて蒸し炊きにしていました。
盛り付ける際には、ひっくり返しておこげを上にのせます。その様子がどこか王冠のよう。
香ばしいおこげを愛でる文化は、日本や中国にも通じるものがありますが、これも、おめでたい意味を表す宮廷料理の一つで、「王様のプロフ」と呼ばれていることを知りました。
アラブの商人たちがシルクロードを行き来する際に宿泊に使っていた施設、「キャラバンサライ」でも「プロフ」を伺いました。
今度は、ご飯とソースを別々に作る丁寧なタイプではなく、様々なスパイス類、ナッツ、ドライフルーツなどを加えるもので、とてもスパイシー。ソースをかけずに長粒米をゆでて具を重ねて炊き込むタイプで、どこかインドの「ビリヤニ」を彷彿とさせられます。
いくつものお店でメニューを調べていくうち、アゼルバイジャンではどこの店でも選べないほどに「プロフ」の数が多いことを知りました。
鶏肉がベース、羊がベース、羊が付け合わせになっている、羊と果物入り、羊と南瓜と栗入り、えび入り、鶏肉と卵入り、ナッツ入り、酸っぱい果物とシナモンと魚介入り、卵プロフ、牛乳プロフ、果物の甘いプロフ……。
中の具が少しずつ違うもの、サフランで色をつけて炊いたもの、羊肉のシチューのようなソースをかけるもの、オリーブ風味かトマト味か、といった小さなこと一つひとつまで取り上げられているのです。
ただ、調理法は大きく分けて二つであることがわかってきました。それは、ゆでてから蒸し炊きにするタイプと普通に炊き込むタイプです。
それから、お米は粘り気のあるジャポニカ米と、さらさらとした長粒米(インディカ米)の両方を食べています。
主には、長粒米はゆでてから蒸し炊きにし、ジャポニカ米は普通に炊き込んでいるようでした。また、長粒米はただゆでる場合もあるようでした。そこに地域による素材の個性が少しずつ加わって構成されているのです。
私はこれを見て、「ああ、この国ではお米は野菜なのだ」と改めて感じました。規則性のないメニューはつまり、米の野菜料理いろいろ、ということなのかと。
さて、イランのケバブは有名ではあるのですが、主にはレストランのメニューです。滞在先の家庭で日々作られていたのは、サラダと、ちょっとした肉と野菜の炒め物、煮込みなどが主なものだということで、こういった料理を何種類も作って、ゆでて蒸し炊きにした長粒米にかけます。お母さんと娘さんたちが楽しく料理している様子が印象的でした。
アゼルバイジャン同様、具材とゆでたお米を重ねて蒸し炊きにするものもありましたし、遊牧民とあって、野菜のヨーグルトあえを添えたり、ヨーグルトソースをかけるものも。
具をたくさん重ねて蒸し炊きにするのは「ポロ」と呼ばれ、アゼルバジャンの「プロフ」に大変よく似たもの。おもてなしにも重宝される料理です。
一方、白米のみを茹でて蒸し炊きにしたものは「チェロ」と呼ばれていましたが、日本のように味がないということはなく、必ず味がついています。
ここでもまた、米は野菜料理なのだと実感しました。イランでは米の生産量が伸びており、消費も上がっている統計もありますが、主食は現在もパン(ナン)なのです。
また、おこげも大切にされていました。多めのバターを入れて焦がしたり、薄焼きのナンやスライスしたじゃがいもを敷き、その上でお米を炊きます。食べる時にはおこげの部分も細かく砕き、混ぜ合わせて食べるのです。
こうして見ていくとイランもアゼルバイジャンもともに多いのは、長粒米をゆでてから蒸し炊きにしたものに肉(主に羊)や豆、野菜を煮込んだシチューをかけて食べるタイプ。
でも、どちらの国もジャポニカ米も食べますし、普通に炊き込む方法もとっています。アゼルバイジャンの100種類の中には、イランの「ポロ」と同じようなものも含まれていて、境界線が曖昧な部分も多いように感じました。
さて、三つ目。ウズベキスタンの「プロフ」について話す前に、米について少し。
米は中国南部の広西チワン族自治区、雲南省、貴州省、湖南省へと続く一帯、東南アジアのミャンマー、ベトナム辺りが原産などと言われていますが、ペルシャ帝国の勢力が増大していた時代、ヨーロッパからアジア方面を侵略していく過程でウイグル、中央アジアまで侵略し、東南アジア方面に進出した際に持ち帰ったという説があるそうです。
そうしてシルクロードを経てペルシャへ。紀元前330年ごろにアレキサンダー大王がイランの街に滞在した際、ペルシャ帝国によるウズベキスタンの古都サマルカンドの占領を祝う宴が行われ、「炊いた米料理が供された」という記録も残っているそうです。大変に古い料理であることが伺えます。
実はロシアにも「プロフ」があります。
正確には旧ソビエト連邦15か国時代の郷土料理であるアゼルバイジャン料理の「プロフ」、そしてウズベキスタン料理の「プロフ」という意味なのですが。ロシア国内の郷土料理店では今なお食べられています。というわけでウズベキスタンの「プロフ」も見ていきましょう。
ウズベキスタンの「プロフ」はサマルカンド式と呼ばれる独特なものです。中央アジアは麦の原産地で、現地では自生もしており、主食はもちろん麦。ここでも米は野菜料理ととらえられています。
シルクロードを行き来するアラブ商人の売買品目の中には米も含まれていたそうですが、砂漠の乾田で育つ稲の種類があったり、干米として遊牧に携行できることが現在まで米文化が続いてきた理由でしょう。
米は携行食でしたが、「プロフ」自体は日常的な遊牧民の料理ではありません。主人が客人に「プロフ」をもてなして初めて、宴会がお開きになるという習慣があるほどの宴会の名物料理です。
ドーム状にして炊く工程はイランやアゼルバイジャンでも見たことがあって、ペルシャ帝国によって伝わったのか、同時発生的に同じことを考えついたのか、不思議に思ったことの一つです。現地で理由を聞いても誰も知らない。それが歴史というものでしょう。こういった些細なところで世界のつながりを感じるのが何より面白い瞬間です。
アゼルバイジャンのシチューがけプロフ
●材料(つくりやすい分量)
シチュー
肉 300g
羊のブイヨン 2カップ
玉ねぎ(薄切りにする) 1/2個
甘栗(または甘露煮・殻と渋皮を除く) 200g
ドライフルーツ(プラム、杏、レーズンなど) 合わせて50g
バター 30g
塩 小さじ1
こしょう 適量
プロフ
インディカ米 2カップ
サフラン 小さじ1/2
湯 大さじ2
羊のブイヨン 1カップ
塩 小さじ1/2
ドライフルーツ(レーズン、プラム) 合わせて30g
バター 合わせて20g
●作り方
- 米は洗って鍋に入れ、かぶるくらいの湯を加えて塩小さじ2を加え、1時間ほど浸ける。サフランは湯に浸す
- 羊のブイヨンをとる。羊肉は一口大に切り、水10カップを加えて強火にかけ、30分ほどゆでる。茹で汁をソース、プロフのブイヨンとする
- ソースを作る。鍋にバターを熱して2の羊肉、玉ねぎ、栗、ドライフルーツを入れて炒め、塩こしょう で調味して羊のブイヨンを注ぎ、汁気がなくなるまで弱火で煮る
- プロフを作る。1を火にかけ、沸騰したら2、3分ゆでてざるにあけ、洗って水をきる。同じ鍋にバターを熱してドライフルーツを炒め、取り出す
- 4の鍋に米、ドライフルーツ、羊のブイヨン、サフランの汁を1/3量ずつ重ねて入れ、3回繰り返す。ふたをして火にかけ、沸騰したら弱火で20分ほど蒸し煮にする
- 器にプロフを盛り、ソースをかける
レモンのシェルベット
●材料とつくり方(つくりやすい分量)
- レモン1個は半分を絞り、残りは輪切りにする
- 鍋に水5カップ、1のレモン汁、砂糖100〜150g、サフランひとつまみを入れて火にかけ、沸騰したら2〜3分煮出し、輪切りのレモンを加える