40年ほど前から、中国の蘇州を皮切りにシルクロードを巡ってきた私ですが、何度となく訪れたのが、中央アジアのカラクム砂漠、キジルクム砂漠、タクラマカン砂漠のあたりです。
遊牧民の取材は1980年代から2010年代まで行いましたが、実際に、牧草地のある場所を移動しながら遊牧生活を送る人々を目指して現地へ行き、繰り返し周辺地域を訪れながら、暮らしや食について触れる機会を得てきました。
地域的には、先ほど述べた中央アジアの砂漠のほかに、タクラマカン砂漠では新疆ウイグル自治区やチベット、モンゴル(ゴビ砂漠)、イラン(ルート砂漠ほか)なども訪れましたが、今回は中央アジアから新疆ウイグル自治区周辺の、小麦にまつわる話をしたいと思います。
どこまでも広がる、黄金色の砂の大地。道無き道をゆく遊牧民の環境は過酷です。朝晩の気温差は大きく、夏は40度以上にもなる一方で、冬はマイナス20度以下。
統計によると、1950年頃より食肉の需要や人口増加によって家畜の数も増え、結果、天然草地に負担がかかることに。よって、1970年代より遊牧民の定住化推進も行われてきました。
かつては、夏は遊牧を行い、冬は寒さの厳しい時期も岩陰などにゲルを建てて仮住まいをしていたそうですが、都市生活者と同様、水のある緑地である「オアシス」に定住場所を持ち、季節によって農業と放牧を組み合わせるスタイルに、暮らし全体が移行していきました。
主食は小麦です。西アジアが原産と言われますが、乾燥地でも育ちやすい作物であるため、中央アジアでも古くから栽培されてきました。オアシスでは、雑草のように自生する小麦もよく見かけました。
遊牧民の携行食として発達したのが、中央アジアや新疆ウイグル自治区、イランといった広い範囲で主食とされる「ナン」。そして、オアシスでの日常食となっているのが、シルクロードを代表する麺「ラグマン」です。
彼らは移動生活の間、食事は火を起こして簡単な汁物を作り、ナンをひたして食べる程度が多いようでした。「ナン」は、焼き立ては柔らかいですがすぐに固くなります。
インドのようなふかふかしたタイプではなく、焼き上がって水分が抜けた、乾パンのような硬いものでした。長期保存が利くだけでなく、持ち運びしやすいので、一度にまとめて焼き、携行食としているのです。
興味深かったのが、ナンを焼くため窯場はオアシスにあり、定住者も含めて共同で使用していることでした。その際、誰のものかわからなくならないよう、
剣山にも似たスタンプを生地に押し、家紋のような印をつけて焼きます。こうすることで、模様がついて目印になるだけでなく、空気抜きにもなって、生地の中央が浮き上がらず焼くことができるのだそうです。
ナンは保存が効くため、遊牧に出る前に大量に焼くとのことでしたが、オアシスのバザールでもまた、大量に重ねて売られている光景をよく見かけました。
ナンの焼き方としては、微発酵した天然酵母の生地を石窯に貼り付けて焼く、シンプルな方法ですが、円形に焼き上げるのが特徴で、太陽を意味しているそうです。1日くらいおくと乾パンのように硬くなるため、スープに浸す食べ方に向いているのです。
一方のラグマンについてですが、遊牧民は移動自体が過酷であることから、砂漠で麺を打つことは日常的には難しい。そのため、あらかじめ打って乾燥させた麺を携行していました。
ラグマンは、オアシスのバザールや家庭では当たり前の日常食で、うどんのような中太の麺に、肉と野菜を加えて煮込んだスープをかけた汁麺が一般的なものです。
小麦で麺を打ち、スープには羊の肉や牛肉でとっただし。そこに、中央アジア原産のにんじん、玉ねぎや、にんにくをはじめ、トマトや旬の野菜とともに煮込んで香菜などのハーブも加えます。
ラグマンは中央アジア一帯(ウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン)のほか、中国西端の新疆ウイグル自治区でも食べられていますが、ウイグルでは「ラグメン」と呼ばれ、中国の手延べ麺のルーツともいわれます。地域が変われば作り方も食べ方も少しずつ変わりますが、何世紀にも渡って親しまれています。
ラグマンには汁麺と汁なしの炒め麺があり、どちらかといえば夏は汁なし、冬は汁ありで食べることが好まれていました。特に羊肉は体が温まるので、汁麺は寒い季節にぴったりです。
ウズベキスタンには「ホラズムラグマン」という汁なしの具だくさん炒め麺もありました。シルクロードは一帯に砂漠地帯のため、水が少なくて済むよう脂で炒める調理も多いです。炒める際には羊の尾脂を使いますが、都市部でも羊を買っている人がいるほどなので、理にかなっているのでしょう。
私は、オアシスのバザールを訪れるたびにラグマンを試し、手打ち麺を用いたラグマンを追い求めてきました。けれども時代とともに手打ち麺は少なくなったのでしょう。パスタのような乾麺を使う場所が増え、これだと思うものに出会えないままでした。
実際の作りかたを見たいと思っていたところ、ウズベキスタンの首都タシケントと古都サマルカンド、そしてブハラの家庭で教えていただくことになりました(2006〜2014年ごろを中心に4、5回)。遊牧民ではなく、公務員や教師の方の家庭でした。
タシケントのお宅は郊外の一軒家で、家畜小屋と人間の住居が一体になったつくりで、遊牧民のテントを彷彿とさせられました。玄関のドアを開けると家畜小屋。そこを通って2階の住居に上るのです。
主人がユニークな人で、「趣味は羊をさばくこと」だと話していたのが印象的でした。鶏小屋と羊小屋があって、庭には果物の木や畑などもあり、遊牧民ではありませんが、完全な自給自足でした。家畜をさばくのも普通のことなのでしょう。
ラグマンのスープに使った骨付きの羊肉が、自家でさばいたものかどうかはわかりませんでしたが、煮込んでだしをとり、野菜を加えてトマトも一緒に煮込んだものはスープ単体としても、味噌汁のような感覚で食べられていました。
麺は生地を大きく伸ばして折りたたみ、端からカットしていく方法で作りましたが、お嫁さんの手つきを見ていると普段から麺を打っているようには思えず、やはり手打ち自体が特別なものになりつつあるのかもしれないと感じました。
サマルカンドの家庭で教わった時には、最初から乾麺のパスタでラグマンを作ろうとしていましたし、私が「手打ちでお願いしたい」とお願いすると驚いた様子でした。今はどこもそんな感じなのでしょう。
新疆ウイグル自治区のウルムチで伺った「ラグマン(=ウイグルではラグメンと呼ばれる)」は、ウズベキスタンとは異なり、素麺のようにのばして作る「一本麺」でした。
手に油をつけて生地を紐状に伸ばし、皿などの上に渦巻状にぐるぐる巻いて休ませます。その後、手首にかけてあやとりのようにのばしていき、細いうどんのように仕上げます。
誕生日やおめでたい日に、切れないで一本の麺でという気持ちを込めて作るもので、中国の考え方です。
この方法以外にも、生地を大きく伸ばしてから畳んで端から切っていくタイプ、伸ばさずに手でちぎるものなどもありました。麺は中国が本場ですので、新疆ウイグル自治区には様々な作り方がありました。
ひとつ気がついたのは、新疆ウイグル自治区では箸(はし)を使うのに対して、中央アジアではフォークやスプーンなどカトラリーを使うことでした。麺をフォークですくう地域もありました。
例えば、中央アジアのキルギスで習った麺は「ベシュバルマク(5本の指のうどん)」と呼ばれるもので、昔は5本指で食べていたのでこの名前がついたとか。スープは羊の骨付き肉を煮たものがベースで、具は最後に玉ねぎをサッと煮て、ペティナイフのようなもので肉を削って加えていました。
ウズベキスタンはもともと、モンゴル系貴族の末裔といわれるティムールの王朝であったことから、かつては箸または手で食べていたと推測されます。ですが、70年間にわたって旧ソ連の構成国であった影響で、フォークやスプーンを使うようになったのでしょう。
この間は70年間も宗教が廃止されていたことから、イスラム教の戒律に対する意識も薄れたように受け取れました。というのも、この地域では度々、豚肉を食べる人も酒を飲む人も見かけたほか、日に5回のお祈りの頻度が、他のイスラム地域に比べてゆるく感じたからです。
以前、ウズベキスタンのサマルカンドでガイドをしてくれた男性に、お礼にレストランでご馳走した時にも、隠そうともせずに豚の串焼きを注文していて驚きました。
「あなたはイスラム教徒ですよね?」と尋ねると、「そうなのですが、おいしいから食べます」という返事。
このような出来事を振り返ると、旧ソ連時代の影響の大きさを思います。
一方、新疆ウイグル自治区の人たちはかつてテュルク族と呼ばれる民族でした。トルクメニスタンから入った人々も多く、ムスリムは中国式に回教徒と呼ばれています。
この場所にはウイグル族以外に漢民族も住んでいます。漢民族は豚肉を食べるため、豚肉も普通に見かけるということが、他のイスラム国とは異なる部分です。
新疆ウイグル自治区の料理は、大きく分けるとイスラム料理と中国料理ということになりますが、ウイグル料理は回教徒の料理として存在しており、料理店の看板には「清真」とあります。ムスリムが安心して食事ができる、ハラルフードの提供を意味しているのです。
漢民族のレストランも多く、中国料理としてとらえられていますが、そのほかに暮らすモンゴル族やカザフ族ほか様々な民族の料理専門店もあります。
このように、大陸では民族の違いによる細かな線引きはなく、入り混じって存在していることも多いです。それが良さだとも感じていますが、政治的な問題を含め、危険度の高い時期や地域があることも確かです。
そして、いかなる状況であっても、周辺に暮らす人々は皆、その土地に根付いた料理を同じように食べて生きている。料理は原産地が基本ですし、大陸続きであればなおのこと、はっきりとした区分けはできないと感じています。
よく、どこの国が一番良かったか、どんな食べ物が一番美味しかったか、といったことを聞かれますが、文化を知りたいのであって、美味しいものを求めているわけではなく、何がどう根付いているのかを知ることこそがすべてです。
「こういうものがあるのだ」というそのままの事実は、嗜好や感受性でとらえるものではないのではないでしょうか。そう思いながら食文化と向き合っています。
一本麺で作るラグマン(新疆ウイグル地区)
●材料(作りやすい分量)
麺
強力粉、薄力粉 各150g
塩小さじ 1/2
水 180ml
スープの具
羊もも肉(角切り) 200g
玉ねぎ(さいの目切り) 1/2個
にんじん(さいの目切り) 1/4本
にんにく(薄切り) 1かけ
ひよこ豆(水でもどして50分ゆでる、または水煮) 1/4カップ
トマト水煮 1/2缶(約200g)
A(以下は中身)
コリアンダーパウダー、チリパウダー 各小さじ1/2
塩 大さじ1/2〜1
湯 8カップ
油 適量
香菜 適量
●作り方
- 麺の生地を作る。ボウルに生地の材料を入れてなめらかになるまで練り、ラップをかけて30分ほど休ませる。20等分し、手に油をつけながら太めの紐(ひも)状にのばし、油を塗った皿などに渦巻き状に並べる。表面にも油少々を塗り、10分ほど休ませる
- スープを作る。鍋に油大さじ3を熱して肉を炒め、そのほかの具も順に加えて炒める。Aを加えて煮たったら弱火にし、具が柔らかくなるまで20分ほど煮る
- 麺を成形する。1の生地の1本を左手に持ち、右手で引っ張りながらのばしていく。のばした生地をあやとりをするように両手首にクロスさせながらかけていき、その状態で両手を上下させて麺をまな板などに打ち付けながら細くのばす。のばした麺はくっつかないようにプラスチックのまな板などにのせておく。数本ずつ行うとよい
- 麺をゆでて盛り付ける。鍋にたっぷりの湯を沸かし、3の麺を入れてゆでる。浮き上がってきたら1~2分長めにゆで、ざるにとって流水で洗い、水分をきって器に盛る。2のスープをかけ、香菜をのせる
連載終了のごあいさつ
連載中皆様にご覧いただき、心より感謝でございました。
食べることは生きること、世界共通の動物の行為です。
バランスが摂れた食事こそが思考を揺らぎません。
今やグルメや飽食の時代ではないことを自覚し、一人一人が生きるための食事を大切にしましょう!
長い間、ありがとうございました。
荻野恭子