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中央アジア、中国、台湾 3つの地点を結んだミートパイ

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
中国安徽省の「焼餅(シャオピン)」(左)と中央アジアの「サムサ」(右)(=竹内章雄撮影)

中央アジアの「サムサ」と中国の「焼餅」

どこの国に行っても、市場や専門店のスナックを食べるのが楽しみです。中央アジアや中国の小吃(シャオチー=軽食)であるナン、餃子や麺、饅頭、ねぎ餅、油条(揚げパン)などは、家で作る料理とは別にチャイハネ(喫茶店)や屋台、専門店などで食べることが多く、行列ができている繁盛店もあります。様々なものが売られていて、蒸したての饅頭と一緒に豆乳を飲んだり、湯気の上がったおかゆやスープに様々なトッピングを加えて食べたりと、とにかく楽しい。

現地で食べるうちに気になりだしたのが、中央アジアを巡って出合った「サムサ」、中国の「焼餅(シャオピン)」、近年、日本からの観光客で行列ができるほど人気の、台湾の「胡椒餅」、これら3つのミートパイのルーツはどこなのか、ということです。生地の作り方や形、具材などは地域や国で少しずつ違うのですが、どこか繋がっている感じがある。そこに興味をひかれました。

◉中央アジアの粉物文化が、シルクロードを通って中国へ

「サムサ」はシルクロードの中央アジアで食べられているミートパイです。中央アジアは小麦が収穫できるので、地産地消の小麦文化から生まれたものです。

中央アジアのバザールに行くと、手作りの餃子や麺料理のラグマンと共に、インドのタンドールにも似た石窯で焼いた熱々の「サムサ」の香りが漂ってきます。中身は、羊と玉ねぎにクミン。スパイシーな大陸の風味を感じます。やはり、羊とクミンの相性は絶妙で、「旨い!」の一言です。石窯の壁に貼り付けて焼くのですが、中身が重いので「落ちるのでは?」といつもハラハラしながら見ています。期待通りに落ちた時の滑稽さといったら。笑ってはいけないと思いつつ、大笑い。店の人が焦っている姿も見逃せません。うー、楽しい。

さて、シルクロードをたどって隣接する中国の新疆ウイグル自治区に来ると、ここはイスラム教徒の人口が多い地域です。多くの少数民族が暮らし、漢民族も住んでいますが、豚肉は食べず、羊肉が中心です。レストランでは豚料理もメニューにはありますが、専ら観光客用。シルクロードは半分はイスラムロードなのですね。

ウイグル地区では「サムサ」と呼びますが、中国のほかの地域になると、「焼餅」と呼び方が変わっていきます。中央アジアからウイグル自治区、中国国内へとシルクロードを伝って粉物を伝えたのは行商の商人たち。胃袋の交易もしていたのですね。

安徽商人が物々交換で持ち帰った「焼餅」

さて、シルクロードをはじめ、様々な場所に行商に行っていた民族に、「安徽商人」と呼ばれる中国・安徽省の漢民族たちがいます。特産品である硯や紙、半紙、お茶などを持っていき、行けば必ず物々交換で何かを持って帰ってきた。そのうちの1つが「焼餅」です。

以前、秋に安徽省の黄山に行きました。黄山は安徽省南部にある景勝地で、1990年に世界遺産にも登録されました。山水画のような風景の72峰の総称で、最も高い峰は標高が1800メートル以上。一年に数日しか晴れないとも言われる霧のかかった場所です。茶の栽培に適しており、世界3大紅茶の1つ、キームンの産地としても知られていますよね。私は、お茶の勉強のために行ったのですが、「仙人が住んでいる世界遺産の黄山に登らずして帰るとは、命を縮めますよ」と現地ガイドの方が言うので、渋々登ったのです。登り始めたところ、3合目で雪が降り、すでにダウン。「宿で待っていますから」と言うと、「宿は頂上です」という返事。仕方なく引きずられながら頂上へ。

翌日も大雪で絶景を見られず、疲れ切って下山し、ションボリしていた私でしたが、山麓の宏村で出合ったのが、「サムサに似た焼餅(シャオピン)」だったのです。嬉しくて生き返りました。

「焼餅」とは、豚肉と甜麺醤、唐辛子を炒めたものを生地に包み、ごまをふって焼いたものです。パイ風のサクサクとした皮に、甘辛い肉みそあんが入っていましたが、安徽省では中身に使われていたのは豚肉です。羊肉入りの「サムサ」とは異なるものでしたが、「焼餅」こそが「サムサ」との繋がりを感じるものでした。

宏村で出合った「焼餅」。(=荻野恭子提供)

◉お茶と一緒に中国から台湾へ伝わった「胡椒」と「焼餅」

最後は、台湾で人気のスナック「胡椒餅」についてです。生地はパイ生地や餃子の皮、中身は、豚肉やねぎを、胡椒で辛めに味付けしたものを包んでごまをまぶし、やはりタンドールのような形の土でできた窯や鉄板で焼きます。見た目は「焼餅」そのもので、屋台や専門店で食べられます。焼きたては本当に美味しいの。

なぜ、胡椒がたくさん入っているかといえば、台湾には、中国本土より多くの人が移り住んでいるため、移住の際に中国から持ち込まれた文化なのです。かつて、福建省や浙江省は交易港でしたので、「海のシルクロード」としてヨーロッパや中東、インド、マレーシア地域から船が入港していました。麦やスパイス、果実などが入ってきて、中国からは陶器やお茶などの物々交換がされていました。胡椒もそこから入ってきたもの。これが台湾の「胡椒餅」のルーツに繋がってゆくのです。

福建省や浙江省、安徽省から移住した人々とともに台湾に広まった食文化のなかには、お茶もありました。気候風土にあっていたために根付き、みるみるうちに発展して大きな経済を得ることになります。福建省には鉄観音などで有名な武夷山の岩茶があり、安徽省は世界三大紅茶キームンの産地、浙江省には龍井茶があり、すべてが茶どころです。人間とともに茶の苗も運ばれ、今では台湾茶の方が有名になっているかもわかりません。お茶とスナックがセットで伝わったというわけです。食文化って本当に楽しいですね。

焼餅の材料と作り方(作りやすい分量)
1 生地を作る。ポリ袋に強力粉、薄力粉各150g、粗塩を小さじ1/2、を加え、ふって混ぜ合わせ、湯150g、油大さじ1を加えて袋の口を閉じ、よくなじませてこねる。生地がまとまったら台の上に出し、よくこねる。
2 中に入れる具を作る。鶏もも肉1/2枚、長ねぎ1/4本、しょうが1かけを全てあらみじんに切って混ぜ合わせ、粉とうがらし小さじ1/2、甜麺醤30gとともに混ぜ合わせる。
3 1の生地を16等分し、打ち粉をしながら直径12㎝程度に伸ばす。表面に油を塗り、2を乗せて口を閉じ、口を下にして黒ゴマをふる。220度のオーブンで12分ほど焼く。