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シルクロードで生まれたドライフルーツの果茶「八宝茶(パオパオ茶)」

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
甘粛省のおもてなしのお茶。八宝茶(パオパオ茶)(=竹内章雄撮影)

随分と変化した中国のお茶文化

私が中国に行き始めたのは40年ほど前。文化大革命の数年後、日本と中国との国交が再開して間も無い頃のことです。以後、香港も含めて定期的に通っているからこそ、気づいたことも多くあります。日本同様、お茶の飲み方ひとつとっても、ずいぶんと変化がありました。

当時はティールームのような場所もなく、「人にお茶を出す」というところまでは、人々の興味も広がっていなかったように思います。今は、都市に行けばスターバックスのようなカフェも普通にありますが、ほんの少し前までは、インスタントコーヒーさえ飲んでいなかったのです。とはいえ、日々お茶を飲む習慣は変わらないようで、これは、どこにいても熱湯がもらえる環境のせいも大きいのでしょうね。給湯器がどこにでもある(例えば、新幹線の車内のような場所であっても!)のは、旅をしていても実に有難く、水筒に茶葉とお湯を入れて持ち歩く、中国の人々の習慣を後押ししてきたと思います。

彼らは、お茶を淹れたら結構おいて、ちびちびとぬるいのを飲みます。体温くらい、37度くらいが一番いいと言われていまして、それ以上もそれ以下もいけないそうです。今はペットボトルもたくさんありますから、若い人は冷たいものも飲んでいるようですけど、街中でプラスチックの容器に茶葉を入れて、そこに湯を注いでカバンに入れる風景は、今も普通に見かけます。まあ、どこの国も同じですが、世代によるのでしょうね。

地産地消から生まれた、おもてなしの八宝茶(パオパオ茶)

前回、お茶は茶の木の茶葉だけではないという話をしました。茶葉が育たない地域では、当然高価になるので、庶民には手に入りにくいものになります。すると、菊が咲けば菊を飲みますし、棗(なつめ)があれば棗をお茶にするようになる。自然と地産地消の考え方になるわけです。

今まで出合ったなかで特に印象深かったのが、八宝茶(パオパオ茶)という、8つのものが入ったおもてなしのお茶。中国では8が縁起の良い数字とされていて、八宝菜のようなものをはじめ、よく8が使われるのです。

頂いたのは、甘粛省の州都、蘭州のレストランでのことでした。現地のガイドさんが、「この辺りのおもてなしのお茶なんですよ」と言って、注文してくれたのが、棗、竜眼、くこの実、菊、陳皮、山査子(さんざし)、白木耳(しろきくらげ)、杏、ぶどう、これに氷砂糖が蓋碗に入ったもの。「へえ、こんなにたくさんの種類が!」と心踊りました。「熱湯を注いで、蓋をちょっとずらしてね、そうして何杯も何杯も飲むんです。するとね、そのうち氷砂糖も溶けていくんです。これがこの辺りのおもてなしのお茶なんです」と言われて、面白いなあと思いました。

お茶が甘いのは世界共通で、日本が特別

8つの素材にはどれも意味があり、健康を助けるものです。棗(滋養強壮)、竜眼(精神を癒す)、クコの実(不老長寿、肝臓や腎臓の機能を高める)、氷砂糖(体の疲れを取る、毒素を取る)、菊(目の疲れに)、陳皮(胃腸の働きを良くする、体を温める)、山査子(消化、血の巡りを良くする)、白木耳(食物繊維)、杏(粘膜を潤す)、ぶどう(気と血を養う)といったところ。何杯も湯を差すうちに氷砂糖も溶け、棗も柔らかくなって、最後は実も食べます。棗やクコの実といった薄甘のドライフルーツは、特に美味しいということではなくて、目にいいとか、血の循環に良いとか、健康が目的で食べられていますね。氷砂糖は体の疲れを取ることと毒素を取る目的で加えていて、少しずつ少しずつ溶けて、体の中に入ってきます。いわゆる上白糖は使わないのね。

驚かれるかもしれませんが、実は、日本のようにお茶に砂糖を入れない国の方が珍しく、甘くするほうが世界共通。本来は、体の疲れをなくす、めぐりをよくする、といった目的で飲むのです。中国でペットボトルの緑茶を買うと、お砂糖が入っていたりして、そこも日本とは違っていて、面白いのよね。

砂漠で採れた果物を、ドライフルーツにしてお茶に

甘粛省の蘭州は黄土高原の荒涼とした山肌を黄河が流れてゆく工業都市。長安から蘭州市あたりで黄河を渡り、河西回廊を経て敦煌へ至る、いわゆる「オアシスの道」に続くシルクロードの玄関口です。敦煌へ向かって細長い形をしていて、お隣は新疆ウイグル自治区です。

この辺りは砂漠が多くを占めるため、茶の木は育ちません。ですから、「パオパオ茶」には、茶葉はもしあれば入れる程度。雲南省や福建省といった茶どころから運ぶにしても運搬にお金がかかるので値は張ります。

けれども、この地域は、極端に雨が少なく、朝晩の寒暖の差が大きく、乾燥していて日照時間が長いため、果物には最適の環境なのです。天山山脈の雪解け水を利用した、甘くて美味しい果物がたくさん収穫できます。

メロンやスイカ、ハミウリ、イチジク、ブドウ、ザクロ、りんごなど、町ごとに名産があるほどで、夏に収穫して、秋にはドライフルーツに。それを「パオパオ茶」のような果茶にしているんですね。

棗にナッツを挟んだお菓子。ドライフルーツのお茶受けもいろいろあります(=竹内章雄撮影)

蘭州のパオパオ茶だけではない、茶葉を使わないお茶の仲間

甘粛省には、シルクロードに交易で訪れたまま住み着いた、回教徒たちの居住区もあります。清真(イスラム)料理のお店も多く、アルコールは飲みません。豚肉は使わず、羊と牛が中心。ロバも食べますね。あとは、手打ちの麺や、旬の野菜を塩胡椒、スパイスで炒めたものなど。パオパオ茶は回教徒のレストランで飲みましたね。

新疆ウイグル地区ほか、西域シルクロードで作られたドライフルーツをお茶や飲み物にして楽しむ例は、他にもあります。秋から冬にかけて、内臓や皮膚の乾燥を防ぎ、体を温め、元気が出るようなものでした。これらもお茶の一部です。例えば、「杏仁茶(シンレイチャ)」。これは、あんずの種の核をすりつぶして砂糖を加えて煮出したもので、いわゆる、杏仁豆腐の素をお茶にしたようなものですね。ほかに、ごまをすりつぶして煮出した「胡桃酪(フーラータオ)」。どちらも日本の葛湯やお汁粉のようなものなのでしょう。現地の屋台でいただいて、体がほっと温まり、嬉しい気持ちになったのを思い出します。

お茶といっても茶葉だけではない様々な飲み物。どれも体が元気になるよう飲まれていて、興味深いですね。

*次回は、シルクロードから中国、台湾に伝わった焼餅についてお話しします。