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中国の「鉄のラクダ」が世界を動かす 現代のシルクロードでいま起きていること

World Now
イラスト:橋本聡

【ミニ解説】シルクロードとは

絹や茶をラクダに積んで西域に向かうキャラバンの起点だった中国・西安。かつて全土から運河を伝って届いた物資をラクダに載せる港だった場所は今、「西安港」と呼ばれる巨大な物流拠点に姿を変えていた。

大型クレーンが警報音を鳴らしながら、長さ約12メートルのコンテナを貨車に次々と積み込んでいく。カザフスタン、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを経て、ドイツなど欧州へ。40両以上を連ねて、1万キロに及ぶ鉄路を2~3週間で駆け抜ける貨物列車「中欧班列」の発着地だ。「鉄のラクダ」とも称される。

料金は船便の倍だが、日数は3分の1ほど。「安いが45日かかる船便と、2日で届くが高額な航空便。欧州に物資を運ぶ手段は二つだけでしたが、今は中欧班列という選択肢があります」。壁一面を覆うスクリーンにユーラシア大陸が映し出されたオペレーションルームで、運行する西安国際陸港投資発展集団の総経理助理、翟若鵬(44)は滑らかな日本語で話した。職員の大半は2カ国語以上を話すという。

「唐代のシルクロードの流れを実現した」と語る西安国際陸港投資発展集団の総経理助理、翟若鵬=中国・西安、村山祐介撮影
中欧班列の運行状況を示すオペレーションセンター=中国・西安、村山祐介撮影

中欧班列は2011年3月、内陸部の重慶に進出した米ヒューレット・パッカードが、ノートパソコンをドイツに出荷する試行錯誤のなかでひっそりと始まった。

そこに突然の追い風が吹いた。

国家主席の習近平(65)が13年9月、外遊先のカザフスタンで、陸のシルクロードの大規模開発を提唱したのだ。

中欧班列は、のちに海のシルクロードと併せて「一帯一路」と銘打たれたこの国家的大事業のシンボルになった。開発が遅れた内陸部の地方政府が補助金を投じてこぞって参入し、今や中国59都市と欧州49都市を結ぶ。18年の運行本数は前年より7割以上増えて、6363便に達した。

【ミニ解説】発展のエネルギーを海外へ 中国の一帯一路構想とは

イラスト:橋本聡

後発だった西安は18年、前年の194便から1235便へと爆発的に成長し、主要発着地になった。「中国のど真ん中にある西安にいったん運んで出発するのが一番経済的です。絹を産地から集めて欧州に運んだ、まさに唐代のシルクロードの流れを実現したわけです」。翟はシルクロード最盛期の西安の名にちなんで「長安号」と名付けた現代の隊商を、1000年以上前と重ね合わせた。

モノの流れ、とりわけ何度も積み替えが必要だった中国内陸部からユーラシア内奥への物流は、劇的に変わった。

日用雑貨の生産・流通基地で、「100円ショップのふるさと」として知られる世界最大規模の雑貨の街・義烏も、出発地の一つ。貿易会社アシュナ・レイウは月2回、50両編成の貨物列車を借り切って、歯ブラシやせっけんなどをアフガニスタンに送っている。

インド洋を渡り、イランから陸路で計35日間かかっていたのが、列車なら17日間。副社長ラーアブラシム・チョパン(39)は「重い荷物も運べる」。ロシア人の買い付け業者(28)も、船とトラックでバルト海沿岸のリトアニア経由でモスクワまで「50日かかったのが15日になった」と話す。

東西の巨大市場である中国と欧州双方に拠点を持つグローバル企業のサプライチェーンも変えつつある。
中国最大の油田地帯で、平原に無数の掘削機が林立する北部・大慶。20以上の線路が並ぶ郊外の貨物駅に汽笛が響きわたると、ベルギー行き41両編成の中欧班列が走り出した。

中国製ボルボ車を積んでベルギーに向けて発車する中欧班列=中国・大慶、村山祐介撮影

積み荷はすべて、中国企業の傘下に入ったスウェーデン・ボルボが大慶工場で組み立てた「メイド・イン・チャイナ」の高級車S90。窓ガラスに貼られた伝票には、英国やフランス、スペインなどの目的地が記されていた。欧州からも、車や部品が鉄道で中国に届く。独フォルクスワーゲンも昨年、長春工場への部品輸送を鉄道に切り替えるなど、鉄路シフトが広がっている。

■「到達不能極」 ユーラシア最深部で巨大ターミナル活況

陸上で海から最も遠いところを「到達不能極」と言う。ユーラシア大陸の場合、中国西部のカザフスタン国境に近い天山山脈のあたりとされる。そんな最深部で大型クレーンがフル稼働していた。

カザフ東部の国境の町ホルゴス。雪原に敷かれた線路にドイツ行き中欧班列が止まると、すぐに3基の大型クレーンがうなりを上げ始めた。カザフなど旧ソ連圏の線路は中国や欧州より幅が広く、コンテナを載せ替えなければならない。小一時間ほどでコンテナは下ろされ、機関車と台車だけになった。

中国から到着した列車(右)の積み荷載せ替えが行われる「ドライポート」=カザフスタン・ホルゴス、村山祐介撮影

「ドライポート」と呼ばれるこの施設は15年、130ヘクタールの敷地に工場用地などを併設して開業した。運営会社には中国の海運最大手などが49%資本参加し、18年の取扱量は前年から4割増。商務部長ヌルラン・トガンバエフ(30)は「中国との協業はすべての関係者の利益になります」と話す。

出国手続きをして国境に近づくと、雪原の先に近代的なビル群が現れた。中国とカザフ両側からビザなしで30日間まで滞在できる経済特区になっており、国境線上をそのまま歩いて行き来できる。

雑貨店や衣料品店が並ぶ中国側の商業施設はカザフより2~5割ほど安く、買い付けのカザフ人らでにぎわっていた。訪問者は年3~4割の勢いで増え続け、18年は約600万人の集客を見込む。

両国はこの特区「ホルゴス国際国境協力センター」(ICBC)と「ドライポート」を両輪に、ホルゴスを中央アジアの物流ハブに育てる計画だ。カザフ側に10万人規模の新都市をつくる構想もある。

ただ、商品であふれる中国側とは対照的に、カザフ側で売り物になるのは農産物や欧州からのブランド品くらい。ICBC社長のカザフ人、カハルマン・ジャジン(50)は「中国ほど商品を出せるとは思っていません。我々はサービスを提供して、中国人観光客に来てもらいたい」と語る。5000人収容のサーカスや医療施設を建設中という。「ドッグレース場や競馬場をつくる計画もあります。中国人はそういうのが好きですから」

中国語とロシア語が併記された経済特区の中国側商業施設=カザフスタン・ホルゴス、村山祐介撮影

■ポーランドの田舎町を翻弄したコンテナの奔流

欧州の玄関口にあたるポーランド東部国境の田舎町マワシェビチェは、予告なしに押し寄せたコンテナの奔流に翻弄された。13年のことだった。

「中国語が書かれたコンテナが次から次へとやって来たんです」

ポーランド国鉄貨物のユーラシア代表ラデク・ピフェル(42)は振り返る。

積まれたコンテナには「中欧班列」のロゴ=ポーランド・マラシェビチェ、村山祐介撮影

シルクロードやシベリア鉄道などいくつかのルートで西方に向かう中欧班列は、旧ソ連圏から欧州連合(EU)に入るときに狭い軌道の貨車にコンテナを再び載せ替える。マワシェビチェにはその8割が集中する。

それまで町に来ていたのはロシア産の石炭や木材が大半で、中国発の列車は月2~3本ほど。それが瞬く間に数十本に膨れあがった。

「まるでゴールドラッシュでした。誰もが競って欧州にコンテナを送り始めたんです。我々は一帯一路なんて知らされていなかったし、中国とやりとりしたことすらない。準備不足でした」

機関車や貨車が足りず、通関手続きももたついた。列車が1カ月ほど来なくなって首をひねっていたら、再び大量に押し寄せてきて慌てたことも。中国で旧正月を祝う春節だったと後で分かった。

文字通り運行の「ボトルネック」となり、16年夏には列車が国境で10日間も滞留する渋滞が頻発し、苦情が殺到した。物流各社は迂回路探しに奔走した。各国との連絡や調整に慣れた17年ごろから運行は落ち着いた。滞留はほとんど起きなくなり、まれに生じても2~3日で解消するようになった。

一連の騒動で、無名の田舎町は中欧班列のカギを握る場所として注目度が高まり、今では各国から視察が相次ぐ。さらなる貨物を見込んでコンテナの取り扱い能力を増強し、中国事務所の設立も目指す。「ポーランドはシルクロードで最も重要な国の一つになりました。中国に拠点を持たないわけにはいきません」

■「ドイツのラストベルト」を変えた

中欧班列の大半が向かうのが、ドイツ西部の内陸にあるデュイスブルクだ。

郊外の高炉跡に上って街を見渡すと、幾筋もの白煙が上がっていた。欧州最大の工業地帯ルール地方の一角で、かつては石炭と製鉄で栄えた。だが、工場閉鎖にともなう全国平均の3倍の失業率や治安悪化、人口流出に苦しみ、「ドイツのラストベルト」と呼ばれてきた。

そんな斜陽の街に14年3月、中国国家主席・習近平の姿があった。重慶発の貨物列車の到着を笑顔で迎え、「アジアと欧州の2大市場を結びつけ、いにしえのシルクロードに新時代をもたらすものです」と連携を呼びかけた。

石炭や鉄の集積場だったライン川沿いの土地をコンテナヤードに変え、世界最大の内陸港として物流に再起をかけたデュイスブルクにとっても渡りに船だった。

ライン川を行き交う船に積まれる貨物=ドイツ・デュイスブルク、村山祐介撮影

家電やおもちゃなどを積んだ中国からのコンテナを、船やトラックに積み替えて欧州90都市へ。欧州からはブランド品やワイン、安全さで人気の粉ミルクなどを中国市場に送り出し、毎週30便が発着する。デュイスブルク港湾公社部長のザシャ・ノレイカ(50)は、「ここは一帯一路の列車の欧州における心臓部です」と胸を張った。

沿線での「第三国協力」にも踏み込んだ。

ベラルーシの首都ミンスクの国際空港から車で数分走ると、雪深い森の中に造成したばかりの更地が広がっていた。中国がベラルーシと共同開発する「グレートストーン工業団地」だ。巨大な展示場やビジネスセンターはすでに完成し、標識には「北京大街」「展示中心」などと中国語を併記。「一帯一路の夢を実現」とうたう大きな立て看板もあった。

デュイスブルク港湾公社部長のザシャ・ノレイカ=ドイツ・デュイスブルク、村山祐介撮影

港湾公社は昨年4月、この団地の開発会社に資本参加した。東欧とバルト3国向けの物流ハブに育て、西欧向けのデュイスブルクと結ぶ物流網を築く狙いだ。ノレイカは言う。「今後数年で一帯一路は欧州の貨物の流れを一変させるでしょう」

■日本も連結 今後は淘汰も

海を隔てた日本も結ばれつつある。

物流大手の日本通運は昨年5月、日本からの船便などと鉄道を組み合わせてデュイスブルクに運ぶサービスを始めた。海外事業本部グローバルフォワーディング企画部次長の江戸靖夫(50)は「100社以上から問い合わせがあり、試験輸送も複数実施した」と手ごたえを見せる。今年3月にも中欧班列の定期便運行を始めたい考えだ。

ボルボの輸送も手がける中国の独立系自動車輸送の最大手、長久実業集団も昨年、日本からドイツへの物流サービスの提案を始めた。日本代表の夏紀(53)は「東欧など内陸向けの自動車部品輸送で利点が大きい」と話す。

中国の独立系自動車輸送の最大手、長久実業集団日本代表の夏紀=東京都中央区、村山祐介撮影

中国の地方都市が競い合って路線が急拡大してきたが、今後はどうなるのか。

カギを握るのは補助金の行方だ。上海の東華大学の論文によると、中欧班列のコンテナ1本当たりのコストは船便のおよそ3倍。その価格差を狭めるため、地方政府が1本当たり推計で平均2500ドルを補助して支えてきたという。

中国政府は早期に補助金を終わらせたい考えとされる。法政大学教授(物流論)の李瑞雪(48)は「補助金はいずれなくなり、淘汰が必ず起きる。いまは運賃や集荷の競争だが、今後はビジネスのやり方そのものが変わっていく」と指摘する。

法政大学教授の李瑞雪=東京都千代田区、村山祐介撮影