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顆粒スープの素「タルハナ」はヨーグルトで作る遊牧民の保存食 <トルコの保存食1>

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
トルコの冬のスープの素、タルハナ。(写真=竹内章雄)

第18回 トルコ 前回まで、トルコのアンネ(お母さん)の丁寧な手作りや暮らしについてお話ししてきましたが、今回は、トルコ国内の様々な家庭で教わった、代表的な保存食について取り上げたいと思います。

食材の宝庫、トルコの料理に魅せられて

私が初めてトルコに長期滞在したのは2000年頃のことでした。日本で知り合った大学生、セルダルさんのご実家に、1ヶ月間滞在させていただくことになり、料理上手のアンネ(お母さん)から200品もの料理を教わる貴重な体験をしました。セルダルさんが東京にいた間、わが子同然に接してきたこともあって、彼のご両親や親戚、近所の方、地域の方の方々など、多くの人に受け入れていただくなかでトルコの暮らしに触れ、気づくことがいろいろありました。

以後、10年以上かけて季節をかえて東西南北、トルコ全域を訪れる旅を続けるに至ったわけですが、これは、日本でも、地域や家庭によって同じ料理も少しずつ異なるように、トルコの家庭料理も同様であることに気づいたことが大きいです。地域ごとの家庭料理やレストラン料理の数々…。なかでも、興味深かったのが保存食の文化でした。私は、保存食はどこの国においても生きる糧だと捉えていますが、トルコのヨーグルトを使った冬のスープの素「タルハナ」などは、トルコの遊牧民文化の中でも特に印象深いものでした。

豊かな農業国で興味を持った保存食

トルコの国土は日本の2倍ほどあり、黒海、エーゲ海、地中海と三方海に囲まれているために海風が起ち上り、内陸部アナトリア高原の土壌も豊かです。四季もありますが、地域によって寒暖に差があり、高原では冬は雪が降ってマイナス20度まで下がることもありますが、夏は摂氏40度ほど。乾燥しているため、日陰は涼やかです。恵まれた気候風土により、食料自給率は100パーセントを超えます。小麦をはじめとする野菜や果実、ナッツなど、原産の食材も多く、農産物の輸出が多い農業国です。

東西南北で整理してみると、ナッツ類は全土で収穫できるトルコの原産品です。アナトリア高原の内陸部では、麦、じゃがいも、あんずやぶどうなどの果実のほか、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、クルミ、アーモンド、松の実などが特に豊富な地域です。また、東側のジョージアやアルメニアに面した地域は、酪農が盛んで遊牧民が多く暮らしているため、乳製品がたくさん作られます。西側のギリシャ、エーゲ海に面した地域は延々とオリーブ畑が広がり、綿花やイチジク、オレンジなどの産地。南側の地中海に面した地域は冬場でも野菜や果物を多く収穫でき、マグロなどの海産物も豊富です。黒海に面した北側は、漁業や野菜、紅茶栽培が盛んです。こういった背景から、豊富な収穫物を旬のうちに仕込んで味わう、豊かな保存食文化が生まれていったのでしょう。

トルコの保存食

現在では市販品がたくさん売られていますので、保存食作りをする人も少なくなってきています。とはいえ、やはり安心安全でおいしいものを家族に食べさせたいと、トルコのアンネ(お母さん)たちは、毎年の手仕事を楽しそうに続けています。

保存食にはたくさんの種類がありますが、主なものとしては、顆粒スープの素「タルハナ」、「クイマ(干しひき肉)」、「ヤプラク(ブドウの若葉の塩漬け)」、小麦の原産国ならではの保存食「ユフカ」とユフカを乾燥させた「エリシテ(乾燥ショートパスタ)」、トルコ料理の旨味の素「サルチャ(トマトペースト)」、トルシュ(漬物)、トルコの代表的な料理「ドルマ」に欠かせない「クル・セブゼ(干し野菜)」、豊富な果物の美味しさを閉じ込めた「レチェリ(ジャム)」といったところでしょうか。

仕込む時期は特に夏野菜の豊富な時期が多いのですが、現地で昔ながらのトルコの手仕事に触れ、生活の知恵をいただけたことは有り難いことでした。

ぶどうの若葉も、初夏に塩漬けにします。水で戻して肉や米を包んで煮、ドルマ(詰め物)に。これは、ロールキャベツのルーツにあたるもの。(荻野恭子提供)
春巻きの皮を大きくしたような「ユフカ」は小麦の原産国ならではの保存食。生地は、中力粉、卵、水、塩を練り、細い棒で薄く大きく円形に伸ばす。ユフカを切って巻き、乾燥したものが「エリシテ」。(荻野恭子提供)

携帯用のスープの素、タルハナ

トルコ人はもともと遊牧民族ですので、乳製品の旬の季節である夏に、ヨーグルトやチーズなどの加工品をたくさん仕込みます。これもそのうちの1つ。話には聞いていましたが、実際に食べてみるまで想像がつかないものでした。

なぜ乳製品の旬が夏かというと、家畜の出産が春から初夏にかけてピークを迎えるため。つまり、新鮮な乳は夏に多く出回るのです。家畜たちは草原で新鮮な草を食べ、子のために乳を出します。そしてまた、小麦の旬も夏です。「出合いもの」で保存食を作り、ビタミン、ミネラル、たんぱく質を摂取し辛い冬に繋げるのです。

さて、トルコのおふくろの味とも言われる「タルハナ・チョルバス」(ヨーグルトスープ)に使う「タルハナ」は、いわゆる携帯用の自家製スープの素。

「タルハナ」は小麦粉とプレーンヨーグルトに、トマトやニンニク、玉ねぎをみじん切りにし、塩を加えたものがベースで、それを2、3日置いて発酵させたものを、練って薄いかたまりにちぎったものを新聞紙や布の上に広げ、乾かして固めます。最後は、手でぽろぽろと擦り合わせて顆粒状にします。

家の中で作業をしていると、ヨーグルトの乳酸の乳臭さが鼻につき、だんだん乾燥してくると粉チーズのような匂いが漂ってきます。酪農家や農家では野外や軒下で作業をしますね。一般の家庭では家中かバルコニーで作業します。

レストランでは味わえない家庭の味

「タルハナ」を作る人も最近ではだんだんと減っています。20年ほど前、渋谷にあった老舗トルコ料理店「アナトリア」のオーナーシェフのハシムさんが、私の家に遊びに来たときに、「荻野さんの家の屋上でタルハナを作ってくれない?」そう頼まれたことがありました。

これは、レストランでは味わえない、家庭の味なのです。ですから…「とんでもない!レストランでお出しするほど大量には作れませ~ん!(笑)」と言ってお断りしました。

屋上に広げて乾燥させたとして、雨が降ったらおしまいですからね。日本のように湿気が多く、雨も多い国ではタルハナ作りは難しいです。

2、3日発酵させたタルハナを薄く広げ、天日で干しているところ。とにかく独特な香りが漂います。これに魅了されるようになれば、トルコ人の仲間入り(笑)。(荻野恭子提供)

便利な即席スープの素

「タルハナ」で作る国民的スープ「タルハナ・チョルバス」は、ほんのりとした酸味のある、独特な乳の味のスープです。

玉ねぎ、にんにくを炒め、水と乾燥ひき肉を加えて煮ます。肉が軟らかくなってきたら水で溶いたタルハナを加えるます。一般的には生のひき肉を使うことが多いのですが、ひき肉を乾燥させた保存食が作ってあれば、便利に使っています。戻して、野菜とともにコトコトと煮て出汁をとり、スープにするのです。

ひき肉はトルコ語で「クイマ(=QUIMA)」といい、塩をまぶして乾燥した保存食もまた、「クイマ」と呼ばれます。一般的には羊肉で作ります。羊を解体したときに出る肉の破片を細かく切り、塩をまぶして乾燥したもので、市販品も売られています。

私が、カッパドキアの遊牧民のおばあちゃんから教わった「クイマ」は、羊の赤身を細かく切り、多めの塩をまぶしてザルに入れ、日陰に干したものでした。ハエがぶんぶん黒だかり!「食べて」と、渡されたけれども・・・。「えー!」と躊躇しましたが、食べましたよ!。塩辛くて、ケモノ臭が強い味でしたね。羊とともにアナトリア遊牧感を味わった気がしました(笑)。

イスタンブールのメレキさんの作った、トルコの国民的スープ、「タルハナ・チョルバス」。(荻野恭子提供)

タルハナ(即席スープの素)の材料と作り方

1 ベースとなる小麦粉とプレーンヨーグルトは同量。そこに、風味づけのための玉ねぎのみじん切り、トマトのみじん切り、粉唐辛子、ドライミント、塩など全て適量で加え、ボウルで混ぜて室温におく。1、2日発酵させる。
2 トレーなどにクッキングシートを敷き、1を小さくちぎって広げ、2、3日乾燥させる。表面が乾いてきたら手で擦るようにして顆粒状に揉み、ザルでふるいに掛ける。
※よく乾燥させて瓶などに。1年間ほど保存可能。
※みじん切りにした玉ねぎ、にんにくをオイルで炒め、水とひき肉を加えて煮、肉が軟らかくなってきたら水で溶いたタルハナを加える。国民的スープ「タルハナ・チョルバス」が簡単に出来上がる。