流行らないベジ・レストラン
「ベジタリアン・レストランができても、すぐ閉店してしまう。あってもお客はまばら」。エジプトの首都カイロに住むベジタリアンの女性がこう話すように、肉食を愛する人々が多いエジプトでは、野菜を売りにした飲食店はほとんどない。羊のカバブや鶏の丸焼きの香りが道行く人々の鼻腔をくすぐる。
それでも、エジプトにはコシャリと呼ばれる炭水化物の塊のような肉を使わないB級グルメがある。炊いたご飯に茹でたパスタ、レンズ豆やひよこ豆を混ぜ、トマトソースをかけた庶民に愛されている軽食だ。レストランではキュウリやトマトのサラダ、コマペーストなどのメゼがでてくることが多い。ナイル川の水資源に恵まれたエジプトには多くの野菜料理があるが、やはりメインは肉料理であり、野菜はあくまで脇役にすぎない。
宗教と深く関係する食習慣
イスラム教徒にとって一番のお祭りであるイードルアドハー(犠牲祭)は、預言者イブラヒムが息子イシュマエルを生贄として捧げようとした故事にちなんでおり、カイロの街頭でも羊や牛がさばかれる光景が盛んに見られる。裕福な人たちが羊や牛を買い、親戚や貧者に分け与えることもイスラム教徒の重要な務めとされている。こうした形で肉食は、イスラム教徒たちの生活に組み込まれており、ベジタリアンは異端のような存在だ。
だから、中東のベジタリアンは苦労が伴う。「旦那の食事とわたしの食事を毎回、2食分も作るようなもの。特にラマダン(断食月)の期間中は、肉を使った豪華な食事を用意するのが当たり前とされており、ラマダンを迎えるのは憂鬱」と、前出の女性は打ち明ける。
彼女は、海外に住むベジタリアンの友人に影響を受けたのが食生活を見直すきっかけになったという。「がんなどの病気の多くが肉食と関係しているように思う。牛や羊の育て方にも問題がある」と訴える。パレスチナに住む別の女性は「生き物を食べなくても生けて行けるなら、その方が良いと考えるようになった」と話す。
中東にはキリスト教徒もおり、復活祭(イースター)前の準備期間である四旬節に、 イエスが荒野で40日間断食をしたとされることから、40日間にわたって肉やチーズなどの乳製品を断つ人々も多い。結構長くにわたって野菜中心の生活となるため、キリスト教徒たちの食事は、野菜を使ったレシピが豊富。それが肉食文化圏である中東で、野菜の前菜メゼのバラエティーの豊かさにもつながっているようだ。
中東料理を日本で作る際、材料が簡単に手に入らなかったり、値段が高かったりする問題に直面する。四旬節に友人のキリスト教徒がよく食べていた料理に、パセリをたっぷりと使ったタッブーレというサラダがある。日本では、パセリはエビフライの付け合わせに一つか二つ使われる程度の脇役に甘んじている。ところが、このタッブーレはパセリが主役。日本でよく売られている、葉が細かくカールする「縮葉種」のパセリでもいいが、イタリアンパセリの方が味が良い。自宅の畑で大量のパセリができたので、タッブーレを作ってみた。
この料理の醍醐味は、パセリのくせが、他の野菜や果物と混ざり合うことで、うまく引き出されること。そこでは、クスクスが重要な役割を果たす。本来は、湯通しして乾燥させた小麦を粗挽きしたブルグル(挽き割り小麦)が使われるが、今回は日本でも比較的入手の容易なクスクスを使った。クスクスはモロッコ料理で多用され、日本でも一時ブームになったが、ボソボソとした食感から、あまり定着しなかったといわれる。タッブーレでは、このクスクスが野菜や果物のエキスをたっぷりと吸い込み、欠かせない食材となる。