ベジタリアン、ヴィーガンメニューは特別ではない
ドイツ・ベルリンでカフェに入り、メニューを開く。そこには肉を使った軽食と並んで、必ずと言っていいほどベジタリアン、ヴィーガンと書かれた野菜だけの料理がある。私はベジタリアンではないし、そのような表示は当たり前なので特に気に留めなかったのだが、日本では同様のメニューを見た記憶がほぼないことに気がついた。
ドイツでは、ベジタリアンもしくはヴィーガンは特別なことではない。ドイツの調査会社「アレンスバッハ・市場広告メディア分析」のデータによると、2019年時点でドイツには約610万人のベジタリアンと約95万人のヴィーガンがいるという。これは人口に対して約8%に相当する。
ベジタリアン、ヴィーガンになる背景は人それぞれだ。食の好みとして肉や魚介類を受け付けない人もいれば、動物愛護や環境負荷を考えて肉食を止めた人、宗教上の理由という人もいる。
彼らが日本に来るとどうなるか。外食時にメニューを見ても、選択肢がほとんどない、もしくは選択肢があるかどうかわからないだろう。外国人観光客にとっては、日本での食事は大きな楽しみの一つ。オリンピック開催を控えてインバウンドに注力する日本で、ベジタリアン、ヴィーガンにどう対応すればいいか、ベルリンの事例から考えてみたい。
皆で一つのテーブルを囲めるカフェ
ベルリンの「オークカフェ」(O.A.K.Café)を訪ねた。イタリア出身のマルティーノ・モスタッツィ(Martino Mostacci)さんがパートナーとともに4年前に開いたカフェで、ヴィーガンのサンドイッチやケーキが豊富にそろっている。しかしヴィーガン専門カフェではない。マルティーノさん自身は肉も食べるが、ベルリンで多様な食に触れたことと、生産過程が明かな食材を提供したいとの考えから、肉を使ったメニューはハムサンドイッチなど少数に絞っている。
「健康面などを考えてヴィーガンになったお客さんがよくいらっしゃいます。おしゃれという理由ではないですね」と、モスタッツィさんは話す。
カウンターの上にはエスプレッソマシンといくつもの焼き菓子。さらに冷蔵ケース内にケーキもある。それぞれの前には品名とともにヴィーガン、グルテンフリー(小麦などの穀物によるタンパク質を含まないもの)といった文字が添えられている。
メニューを見ると、商品名の後にビーガンであることを示すVマークが書かれている。このマークはヨーロッパ・ベジタリアン連合認証によるものだ。
Vマークが付いていないメニューも、卵や乳製品を使用しているが、肉は含まない料理が多い。つまり、ラクト・オボ・ベジタリアン対応である。そのため、お客の6〜7割はベジタリアンやヴィーガン、グルテンフリーメニューを注文するという。
「多様なお客さんのために多彩なメニューを用意したい」と、モスタッツィさんはこだわりを見せる。だからこそ、ベジタリアンやヴィーガン専門カフェにはしていない。どんな食の嗜好を持っていても、皆でともにテーブルを囲めるのが魅力だ。
試しにヴィーガンのバナナブレッドと、カプチーノを注文した。カプチーノは、ふつうの牛乳の代わりに植物性のオートミルク(オート麦を素材にしたミルク状の飲料で乳糖を含まない)を選ぶこともできる。
バナナブレッドはしっとりとした食感で、ほんのりとバナナの甘味が感じられる。ベジタリアン、ヴィーガン向けメニューだが、それ以外の人でもおいしく食べられる。
和食でこそベジタリアン、ヴィーガンメニューを
外国人観光客の楽しみの一つは、本場の日本食を食べること。もし日本の和食レストランが、ベジタリアンやヴィーガン対応メニューを作ってわかりやすく表示したら、それだけで集客につながるのではないか。和食レストランこそ取り組む価値があるだろう。
実際にはどうやっているのだろうか。ベルリンのカジュアルな和食レストラン「スマートデリ」を訪ねてみた。ここでは2002年のオープン当初から肉・魚料理とともにヴィーガンメニューも提供している。オーナーは鈴木孝典さんと孫裕美さん夫妻。もともと孫さん自身が肉が苦手なため、ヴィーガンへの対応はごく自然のことだったという。また、孫さんが以前住んでいたカナダでは、ベジタリアン、ヴィーガン文化は既に社会に浸透していたそうだ。
いまでは同店のお客の約3分の1がヴィーガンメニューを注文するという。年代や性別は関係ない。ただし、そのお客のすべてが必ずしもベジタリアンまたはヴィーガンとは限らない、と孫さんは言う。「肉も好きだけど、うちの店ではヴィーガンの豆腐料理を食べたいとか、ダイエット中の方、肉のメニューに比べて値段が手頃だから、というお客さんもいらっしゃいます」
どのように調理? 手間はかかり過ぎない?
ベジタリアン、ヴィーガンメニューの調理に当たり、実際にどのような点に注意しているのだろうか。
「使用する油を一般用とベジタリアン・ヴィーガン用で分けていますし、フライヤーとフライパンもそれぞれに用意しています。肉や魚を調理した器具で、そのままベジタリアン・ヴィーガン料理の調理はしません」(孫さん)
だが、和食に欠かせない味噌汁はヴィーガン用のものをすべてのお客に提供している。「カツオのダシでは、ヴィーガンとほとんどのベジタリアンが飲めませんが、ダシを2種類作るのは負担がかかりすぎます」と孫さん。そこで味噌汁やうどんのダシは、ドライトマト、シイタケ、昆布などを使ったヴィーガン用のものに絞った。植物性でも旨みがたっぷり感じられるよう工夫している。
同じ料理で肉や魚介入りとヴィーガン用の2パターンを作るときは、ベースをヴィーガン対応にし、具で区別する。例えば、すき焼きならヴィーガン用には肉の代わりにシイタケや豆腐を多めにする、といったやり方だ。料理のバリエーションと手間・コストとのバランスを考えた結果、現在の状況に落ち着いた。
外国人観光客にとって安心できるメニュー表示とは
スマートデリの週替りメニューは、料理名の後ろに肉、魚、野菜(キノコ)の絵とMEAT、VEGANの文字があることで、ひと目で料理の内容がわかる。さらに食材も明記している。ドイツでは特定の食材や添加物についてはメニュー上での表示義務があるが、ベジタリアン、ヴィーガンに関してはその限りではない。しかし、こうして一目瞭然にすればお客側は安心だし、店にいちいち質問する手間も省ける。
日本語のわからない外国人観光客にとって、vegan、vegetarianという文字があるだけで安心でき、さらに食材が英語で書かれていれば大きな助けになるだろう。写真入りメニューもわかりやすい。味で勝負するのも大切だが、海外の視点を取り入れることで、より充実した「おもてなし」になるのではないだろうか。
(取材・文・写真/久保田由希)