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ヴィーガン時代の日本食を想像する なくなる料理、残る食材

マイケル・ブースの世界を食べる
北村玲奈撮影

日本では、とりわけ東京と大阪において人々のヴィーガン主義(卵も肉も魚も乳製品も食べない菜食主義)が進み、ヴィーガン対応のレストランやカフェも増えていると聞く。他の国や地域でも今最も勢いのある食のトレンド、ヴィーガン主義は、日本でも主流になりつつあるようだ。10年前にはベジタリアン主義もそうだった。その背景には、倫理面や環境面、健康面において、もっともな理由がある。

牛肉の生産は特に環境への負担が大きい。土地、水、飼料など大量の自然資源を要し、大量の温室効果ガスを生むのだ。赤身肉の食べすぎがよくないというのも知られた話だし、動物を殺すなんて間違っているとの主張に対しては適切な回答を持ち合わせていない。せいぜい「人類は古来ずっと肉を食べてきた」、あとは「とにかくおいしい」くらいだ(何の弁護にもならないが……)。

私自身も、家族とともに肉の消費量を減らしてはいる。でも牛や鶏、羊に豚、いかなるジビエをも完全に断つなんて、人生の楽しみも薄れるし、味わいも確実に少なくなることだろう。それに別のたんぱく源を探さないといけないが、それは何とかなるだろう。ヴィーガン化には、しかし、まったく別の問題がある。私は間違いなく苦しむだろうが、日本におけるヴィーガン生活とはどんなものか、考えてみるとしよう。

■それでも日本酒はセーフ

堂々と誇るべき日本の牛肉産業は、食のプライドの偉大なる源の一つであるわけで、まず大打撃を受けることは必至だ。九州地方のかのすばらしい黒豚畜産農家もしかり。それに日本の外食で一番人気のラーメンはどうなる?

ベジタリアンラーメンもあり得るだろうが、私はあえて危険を顧みずに言いたい。ラーメンのだしは、動物なり魚なりの骨を煮込むことから始まるのだと! それができなければ私の考えではラーメンではなく、何らかのスープにつかった麺である。おいしいはずがないとは言わないまでも、それは分類上、ラーメンではない。

焼き鳥とももちろんおさらばだ。しゃぶしゃぶ、すき焼き、とんかつも。ヴィーガン主義は魚介類を禁じている以上、刺し身もすしもダメ。卵もダメとなると、物足りない食事の後にちょっと卵焼きをつまみ食いすることすらできない(それを言うならたこ焼きも、お好み焼きも)。アクアファーバ(ひよこ豆の缶詰の汁)は卵の代替品として天ぷらの衣に使われると聞く。天つゆのだしは、しいたけと昆布から抽出されたもので、かつお節がきいただしではない。かつお節抜きなんて私の考えるだしではない。

日本がヴィーガン化すると、かくも味気ないものになりそうだ。ただ、私たちには依然、最も偉大な三つの食材が残されている。米、みそ、豆腐だ(私が日本を離れるあいだ何よりも恋しくなるもの、ゆばも含まれる)。

そうなるとコンビニの梅おにぎりも、がぜん興味深く見えてくる。他にも、なんとかやっていけそうなヴィーガン食品の選択肢が増えている。ヴィーガンアイスクリームもあるし(ただし、はちみつは生き物から作られるのでNG)、野菜ベースの肉代用食品もまだ少しゴムっぽさはあるが改良されつつある。しかし、肉や乳製品の代用品を作るために大豆への依存度が高まることは心配だ。特に豆腐を作るための長期的コストの打撃は大きい(ところで、ヴィーガンチーズは絶対避けたほうがいい。たいてい何か建設業界で使われていそうなものの食感がする)。

とはいえ、日本の視点から見ればヴィーガン主義には吉報もある。ワインやビールは、ろ過するときに魚の浮袋から抽出したゼラチン「アイシングラス」や卵白を使っているものもあるため、もってのほかとされている。それでも、日本酒は依然セーフなのだ。少なくともこれで、私たちがヴィーガン主義に転換しても、いくぶんかは悲しみを紛らわせることができるだろう。(訳・菴原みなと)