1. HOME
  2. People
  3. フランスの三つ星シェフも惚れた 梶谷譲のハーブがつくる「別世界」

フランスの三つ星シェフも惚れた 梶谷譲のハーブがつくる「別世界」

Breakthrough 突破する力
ビオラ、エンダイブ、レッドオゼイユ……。農園のハーブでアーチを描き、梶谷譲にはブーケを持ってもらった。日に焼けて骨張った手とのギャップが際立った
ビオラ、エンダイブ、レッドオゼイユ……。農園のハーブでアーチを描き、梶谷譲にはブーケを持ってもらった。日に焼けて骨張った手とのギャップが際立った

広島県南部の三原市の山あいに「梶谷農園」はある。近所の農家の男性(44)は「変わったもん作って稼いどるらしいと噂になっとった」と笑うが、実際、なんの変哲もない35のビニールハウスの中で育つ「葉っぱ」に、世界の料理人が惚れ込む。取引先は北海道から宮古島まで150軒。待機リストには、その倍の300軒が名を連ねる。ハーブのためだけに米国から来日する芸能人や「農園ごと買いたい」と頼む投資家もいる。

梶谷が米粒ほどの大きさのハーブを摘み取り、手のひらに乗せてくれた。口に入れると、鮮烈な苦みが広がる。「今の、セロリの芽ね」。オイスターリーフは生ガキの味そのもの。鮮やかな赤のナスタチウムの花は、つんとくる辛さ。「おいしいって基準がない。だから香りや色、かわいらしさ。分かりやすいものを作っています」

突破する力_梶谷譲_5
ビニールハウスで、常時50種ほどのハーブを育てている

大学で農業を学び、地元で農園を始めた父満昭(67)と母きよみ(67)の間に生まれた3兄弟の末っ子。「夕暮れどきに、譲をおぶってあぜ道を歩いていると、蛍を見つけては『星が落っこちてきちゃったね』って」ときよみ。のびのび育った少年は、中学2年で突然、カナダに留学することになる。ホウレンソウを夏に育てて大ヒットを飛ばすなど研究熱心で、海外にも赴く両親が「これからは英語が必要」と考えた。反対する担任教諭に、「私たちにできるのは世界で通用する人を育てること」と筋を通した。

「色のある人しか、いらない」

留学して数カ月後、父の満昭が交通事故にあう。「死ぬ前に何がしたい?」と尋ねると「世界中の野菜を見て、その野菜を使った料理を食べたい」。その夢を叶えようと、大学生になると、半身不随の満昭を車いすに乗せ、休暇のたびに農家と料理店を巡った。NY、バルセロナ、ロンドン……。その一つが、広大な敷地で野菜も動物も魚も育て、料理もするカナダの「アイゲンゼンファーム」。シェフの「みんなと同じことをやっていてはだめ。Be you(あなた自身でいて)」という言葉は、いつまでも梶谷の心に残った。

中高も大学もカナダで学び、英語のスピーチで笑いをとるまでになっていた梶谷だが、農業を極めようと進んだナイアガラ園芸学校では苦しんだ。卒業生にバッキンガム宮殿の庭師もいる「超エリート校」。毎朝一番に登校し、任されたハーブ園をくまなく手入れしたが、成績は2年連続で最下位。「納得できない」と講師に盾突くと「がむしゃらさは求めていない。何をしてきて、何をしたいのか。色のある人しか、いらない」と言い放たれた。もがきつつ、考えた。「自分にしかできない農業ってなんだろう」

突破する力_梶谷譲_9
ナイアガラ園芸学校時代の写真。左から二番目が梶谷譲=梶谷農園提供

後を継ぐことが決まり、2007年の初めに帰国。待っていたのは、ビニールハウスの中に木が生えるほど荒れた農園だった。だが、梶谷は平気だった。海外では料理に欠かせないハーブで農園を再生させようと、新たに数十種を栽培した。「こんなにハーブを知っているやつ、ほかにいない」。意気揚々と青果市場に向かったが、出ばなをくじかれる。「何が必要ですか」と話しかけても、返ってくるのは「安定供給」「見た目」「安さ」だけ。

なんなんだ─。思わずけんか腰になった。ハーブは単なる「飾り」で、味も香りもたいして期待されていない。地元で人気の料理店を訪ねても「時間ができたら行くから、外で待ってて」。「このままでは安く買いたたかれるだけだ」。いらだち、悩み、行き着いたのが「三つ星レストランと契約する」という目標だった。

決めたら、即実行。ハーブをスーツケースに詰めてパリに飛んだ冒頭の話には、続きがある。ハーブを渡した日の夜、梶谷は再び「アストランス」を訪れる。マテ貝のバターソテーの皿に整然と並ぶレモンタイム。パリパリした食感の小松菜。「こんな風にも使えるんだ」と驚いた。バルボは梶谷をキッチンに招き、ハーブの用い方を説明。「これからは葉っぱだけでなく、花が流行する。特に香りの強い野生の花を育てるといい」と助言した。

突破する力_梶谷譲_3
ハーブを持ち込んだ日、梶谷譲がパスカル・バルボと撮った1枚。ポストカードにして営業に持って回った=梶谷農園提供

1ミリの葉っぱを2千枚

パリから帰ると、梶谷は教えを実践に移す。新たなハーブを育て、料理本や専門誌を読みあさった。気になる店には予約の前日にハーブを送り、それを用いた料理を食べながらシェフの要望を聞き出す。そして、すぐ応える。

「1ミリの葉っぱを2千枚」と言われれば、一日中ハサミを手に格闘し、「1枚ずつ梱包して」と言われれば、密封バッグや保存容器など思いつく限りの方法で送り、到着時の状態を写真に撮ってもらって確かめた。「同じハーブをミリ単位の違いでそろえる」「色や味の強さをオーダーメイドのように育て分ける」といった繰り返しの中でシェフを納得させる技を磨き、価格競争とは一線を画した「梶谷農園のハーブ」を確立していった。

突破する力_梶谷譲_7
ミリ単位の要望に応えられるよう3日ごとに種を植え、生育具合の異なるハーブを育てている

欧米以外で初の「ミシュランガイド東京」版が発刊されたのは、その年末。初めて開拓した取引先「カンテサンス」の「三つ星」を知った時の喜びは忘れられない。家でシャンパンを開けて祝った。続いて09年の「京都・大阪」版でも取引先の「HAJIME」が三つ星になると、「梶谷のハーブを使うと星が獲れる」という評判が広まった。

大阪の二つ星店「ラ シーム」のシェフ高田裕介(41)は言う。「鮮度が抜群で料理の主役にもなりうるハーブは、世界の一流の味を知り、最先端の情報を入れているから生まれる。負けてらんないと、こっちも刺激を受ける」

突破する力_梶谷譲_4
梶谷農園で梶谷譲が作ったハーブをひよこ豆のガレットで巻いた一品。広島市中区のワインバー「Uluru」で味わえる

梶谷は多忙を極める今も、年にひと月は海外に赴く。昼は生産者を回って種を仕入れ、夜は名店で食事をする。「日本でブームになる頃には、すでに育てている」状態をつくるためだ。「植物、食、旅。好きなことが全部仕事になっていて、最高にハッピーです」

カナダ時代からの友人で会社員の亀山淳(40)は、農園を継いだばかりの頃、余るほどに採れたハーブを前に「今までと違う売り方をしよう」と、むしろ楽しんでいた梶谷の姿を覚えている。「冗談ばかりで大雑把なのに、マメで気遣いもできる。仕事の中で大胆さも加わった」。そんな「振り幅」の広い人柄が人を惹きつけ、気づけば、ハーブを中心に仲間たちの輪が広がっていた。

突破する力_梶谷譲_6
キャベツの代わりに梶谷農園のケールを用いたお好み焼きを食べる

いま、全国の取引先150軒は、すべて梶谷が直接やりとりして決めた相手だ。「星付き」もあるが、スパイス料理店も立ち飲み屋もある。決め手は「面白がって料理をしているか」だけ。お好み焼きのキャベツの代わりにケール。タコスにパクチー。刺し身のつまに、和菓子の中に……。「ハーブの可能性を、もっと広げたい」。梶谷の胸に「三つ星」へのこだわりの代わりに、仲間とともに描く、新しい夢が広がりつつある。(文中敬称略)

突破する力_梶谷譲_2
仕事の効率化のため、ビニールハウスでかがまずに作業ができるようプランターを腰の高さに並べる

■Profile

  • 1979 広島県久井町(現・三原市)で3兄弟の三男として生まれる
  • 1993 カナダ・ビクトリア州の中高一貫の全寮制インターナショナルスクールに留学。 父が交通事故に遭い、半身不随になる
  • 1997 カナダ・オンタリオ州のゲルフ大学に入学。農業経済学を学ぶ。 父とともに欧州などを旅し、農家や「ミシュランガイド」に載っている三つ星レストランなどを回り始める
  • 2000 カナダ・オンタリオ州のナイアガラパークスに隣接する「ナイアガラ園芸学校」に入学
  • 2007 帰国し、梶谷農園を継ぐ。「ミシュランガイド東京2008」に取引先が掲載される
  • 2008 妻・祐里と結婚
  • 2014 このころハウスの一角でLEDを用いた栽培を始める。生育が10倍の早さに
  • 2016 このころから「YouTube」で見つけたアメリカ製の収穫機を導入。ベビーリーフ10キロを摘むのに2人で5時間かかっていたが、1時間で50キロの収穫が可能に
  • 2017 フィリピンの実習生2人を受け入れる

■Memo

自分の時間…同郷の妻祐里(40)と10歳から5歳までの3人の子どもとの生活を大切にし、働くのは平日の1日7時間だけ。午後3時には風呂に入り、家族に夕食を作る。19時以降は日本酒やワイン片手に自室にこもり、1日に1本は映画を見て、ビジネス書や飲食関係の本に目を通す。「田舎にいても、モチベーションを保つため」だが、「子どもからは『暗いおじさん』って言われます」。

突破する力_梶谷譲_11
家族そろって広島市内のお気に入りの和食店で。左から次男星都(せと)、妻祐里(ゆり)、長女埜菜(のな)、長男山都(さんと)=梶谷農園提供

「日本語、できません」…「梶谷農園社長は日本語が話せないので、現在新規の視察、取材、お問い合わせ電話、新規取引をお断りしております。ご了承ください」。農園の公式HPを見ると、こんな言葉が出てくる。ジョークだが、「変な奴と思われた方がいい。度胸のある人しか来なくなりますから」という梶谷のアイデアだ。ここを乗り越えてつながった人には、とことん入れ込む。

■連載「突破する力」は月1回配信です。次回は医療通訳の普及に努める日系ペルー人の会社員、カブレホス・セサルさんが登場。5月14日(火)の予定です。