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「美味いものなし」 北欧で起きた美食革命

マイケル・ブースの世界を食べる 更新日: 公開日:
「長野の森香るしまえび」のひと皿。黒い点は酸味を付与するアリ。写真提供:ノーマ・アット・マンダリン・オリエンタル・東京

美食と無縁の地とされてきた北欧で、土地の食材に徹底してこだわり、北欧料理の新境地を切りひらいたレストラン「ノーマ」。その成功に続けとばかり、世界中でニューノルディック料理が花盛りだ。ノーマをいち早く世界に紹介した筆者がブームの光と影を考える。

ちょっとした秘密から話を始めよう。私を『英国一家、日本を食べる』という本やアニメでご存じの方も多いと思う。実は長年住んでいるのはデンマークである。


住み始めた当初はひどいものだった。私にとって食は人生であり、仕事である。それが世界で最も劣悪ともいえる食生活の国へと漂着してしまったのだ。英国なんて比にもならない。日本にいるときは、ひどい食事なんて考えもしないけれど、デンマークの人々は日々、冷凍ピザやニシンの酢漬け、ライ麦パンなんかで飢えをしのいでいる。

そんな国を揺るがす出来事が、「ニューノルディック料理」の誕生だった。

10年ほど前、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(NOMA)」が仕掛けたのが始まり。ここでは、厳正に旬を見極められたノルウェー産食材のみが厨房入りを許され、ときに野山に分け入ったり、発酵させたりして調達される。完成した料理は、美しくもあざといまでの簡潔さをたたえ、たいていは特製の陶器にのせて供される。

どこかで聞いたような話では? そう、日本食に通じる部分が多いのだ。伝統や土地に根ざす食材と接する由もない地域は、正しくも革命的な何かが必要だったのだ。

当時、おそらく外国人ジャーナリストとして初めてノーマの記事を書いた私は、立役者のシェフ、レネ・レゼピ、食の起業家クラウス・マイヤーと知り合い、気づけばノーマ初の食の祭典「MADフードキャンプ」で司会を務めるまでになる。海沿いの工場跡地にサーカスのテントを張って開いたイベントは大盛況だった。

地域性や季節感を重視するノーマの戦略は、ファストフードと冷凍食品で成り立つデンマークや英国、米国などの肥満国家には文字通り救いとなった(もっとも、そうした価値を見失わずにきた上記以外のほとんどの国ではそれほどでもなかったが)。今日、レゼピに続けとばかりに手探りで道を切りひらかんとする料理人が後を絶たないおかげで、ニューノルディックはグローバルな食の動向になりつつある。

「おいしい講義」を疑え

しかし、レゼピのような謙虚さとビジョン、味覚のセンス、偏屈なまでの意地を持ち合わせたシェフはほとんどいない。「ニューノルディック」のレストランは今や世界中で見かけるようになったが、申し訳程度の貧相な量、見るからに幸薄そうな食材など、ぼったくりともいえる事態が横行しているのだ。客の腹より脳みそを満たそうとするシェフの思惑さえ感じてしまう。

この「おいしい講義」、あやしむべきはメニューからも漂ってくるもっともらしさだ。土地のものだからといって、必ずしも「よりおいしい」とは限らない。メニューにコケや根っことあればご用心。ヒゲのウェーターが革のエプロンをしていたら、ほぼ「クロ」といっていい。

そんな境地と一線を画すレゼピは、ヒゲこそ生やしているが、自身の地平を広げつつある。昨年マンダリン オリエンタル 東京に何週間か出店した時も、徹底して日本の食材にこだわり抜いた。今年1月には豪シドニーに上陸。ワニ油からカンガルーの熟成肉まで、地元食材を操ってみせた。きわめてまっとうにグローバル化を突き進めている。

堅苦しい教義や厳格な決まりは、100年続く悪しき食習慣のようなものを打破したい時には有効だろう。だが、つまるところ、「おもてなし」とは寛大さであり、人々に喜びをもたらし、おなかを満たすことである。ひとつまみのコケや根っこではきないことなのだ。(訳:GLOBE編集部 菴原みなと)


英国・サセックス生まれ。食と旅行が専門のジャーナリスト。著書に『英国一家、日本を食べる』(書籍、コミックとも亜紀書房)、『英国一家、フランスを食べる』(飛鳥新社)、『Eat,Pray,Eat』(邦訳刊行予定)など。『日本を食べる~』をもとにしたアニメシリーズが昨年、NHKで放送された。妻リスン、息子アスガーとエミルと共にデンマーク在住。庭でユズの木を育てている。