■ヨーロッパ、スーパーで売り切れる昆虫スナック
海苔や味噌、海藻など日本食品が並ぶ棚から遠くない場所に、乾燥コオロギ食品がずらりと並んでいた。3社が発売している3種類のチョコレートに6種類のローストコオロギ。国産であることをうたい、高たんぱく質の成分表示もあるが、一見、昆虫が入っているとはわからないパッケージングだ。
欧州で昆虫を使った食品が広まり始めている、なかでも活況を呈しているのがフィンランドだと聞いてヘルシンキを訪ねた。最初に訪ねたのは自然食品店「ルオホンユーリ」。確かにあった。
自然食品店は当然として、次に大手チェーンのスーパーをのぞくと、やはり昆虫食品が並んでいた。スナック菓子コーナーにバーベキュー味がサイズ違いで2種類。驚いたのは、キャンペーン中なのか、特設の棚が設けられ、さらに蜂蜜味やホットペッパー味などのコオロギ商品4種がほぼ売り切れていたことだ。値段は40グラム入りで4.95~7.95ユーロ(約600~960円)ほど。
食べ比べてみた。桜エビから磯の香りを抜いて、香ばしくした感じだ。ガーリック味やチリ味はビールのお供にぴったり。実際、ナッツ類と混ぜておつまみとして出す酒場もある。乾燥コオロギ入りのチョコレートは、たまに脚か触角のような歯触りがあるが、ほぼ普通のパフ入りチョコと言っていい。
フィンランド政府食品安全局によると、政府が昆虫を食品として認可したのは2年前。現在、国内に約50のコオロギ農家があり、企業は6社ある。
昆虫食会社「ENTOCUBE(エントキューブ)」は草分け的な存在だ。CEOのヤーッコ・コルペラ(38)によると、人気の最初のピークは昨年初め。スーパー各社から「いつ商品を下ろしてくれるのか」という問い合わせが相次いだ。次々に表れるスタートアップ企業との差別化を図るため、いまは虫の飼育から売り方までを指導する「昆虫養殖システム」の販売に重点を移している。
コオロギ農家は、南部地方の養豚からの「転職」が多いそうだ。農家の高齢化は各国共通。豚を育てるよりも負担が軽いし、エントキューブのようなシステムを売る企業が出てきたことで乗り換える農家が現れたという。6割が国内向けだが、バルト諸国やメキシコ、カナダなどとの取引も始まった。
食品安全局のノーラ・トリン(41)は「昆虫食がほかの国よりも普及しているとしたら、好奇心旺盛な国民性が一番の理由ではないか。まず試して、好きかどうかは自分で決めたいと考える」と分析した。
■国連報告書で「食糧問題解決の選択肢」
昆虫食が国際的な関心を集めるきっかけになったのは国連食糧農業機関(FAO)が2013年に出した報告書だ。30年に人口が90億近くに達すると見込まれる地球の食糧問題の解決手段のひとつとして着目した。
すると、呼応するように欧州連合(EU)が15年、Novel Food(新規食品)のひとつとして昆虫を規定した。欧州で食習慣がなかった昆虫が「食べ物」の仲間入りをしたということだ。承認された昆虫はEU全域で流通、販売できる。これを商機とみたスタートアップ企業が名乗りを上げ始めた。
市場調査会社、メティキュラス・リサーチ社が今年、世界の食用昆虫市場は24.4%の年平均成長率で拡大し、2030年には79.6億ドル(約8600億円)に達するとの見通しを発表した。スウェーデンの昆虫食事情の紹介サイト「BugBurger」のリストでは、昆虫食品を扱う企業は7月末時点で世界270社にのぼる。
フィンランドを訪れる前に、ローマのFAO本部で報告書執筆陣の一人でもある林業局のジュリア・ミューアに会った。
「気をつけてほしいのは、昆虫だけが食糧危機を解決するスーパーフードだという単純な考え方で書いた報告書ではないということ。各地にナッツ類など固有のワイルドフードがあり、その生産や保存の研究を進めて、肉が手に入りにくい地域でも安定して栄養が取れるようにしたい」
昆虫は、家畜飼料などへの使用が先行していて、飼料分野は産業として確立される「ターニングポイントを迎えているのではないか」とミューアは言う。人間の食品として広まるかどうかはまだ見通せないというのが彼女の見方だ。ただ、EUの新規食品規定は品質向上にとって重要だという。
■タイ、工場でコオロギ養殖
市場の成長を見込んで、東南アジアに生産拠点を置く企業も現れている。 タイ北部チェンマイ。郊外にあるタイ最大規模のコオロギ養殖工場「Cricket Lab(クリケットラボ)」を7月上旬に訪ねた。
プラスチック製の青い箱が棚に整然と積み上げられている。高さは8メートル近くに達する。倉庫のような広く薄暗い空間は、見た目は無機質だが、空気は湿気を帯びて生暖かく、生物のにおいが満ちている。棚の間をリフト車が上下しながら作業する。それぞれの箱の中で育っているのはヨーロッパイエコオロギ。1箱に約1万5000匹いるそうだ。
注文に応じて飼育数は変動する。この日は少なめとの説明だったが、それでも464箱で計700万匹近くになる。センサーを使って室温を30~32度に保っている。従業員がエサをやる時の音や、時おり耳に入ってくるファンの回転音のほかに聞こえるのはコオロギの鳴き声だけだ。
「コオロギは廃棄物を高価値のたんぱく質に変換するコンバーターのようなものだ」とCEOのニコラ・ベリー(33)は話す。約1年半前に操業を開始したこの工場は、月に約16トンのコオロギを生産し、乾燥コオロギや粉末として欧州やオーストラリア、北米などに輸出している。
たんぱく質換算で鶏肉ぐらいの価格にするのが目標だ。現在、クリケットラボのコオロギはたんぱく質1キロ当たり18ドルほど。鶏肉は7ドル前後だ。それでも、北米産(20~30ドル)や欧州産(56~76ドル)よりは安い。人件費だけでなく、気候も強みだ。そういえば、フィンランドでは飼育施設の温度を保つために、1年を通して暖房が必要だと言っていた。
昆虫食の普及を阻む最大の壁は「虫を食べる」ことへの消費者の抵抗感、そして次の壁が価格の高さだという。しかしベリーは断言した。「5年後を見てほしい。スシだって西洋ではわずか数十年前は『生魚を食べるなんて』と嫌悪すらされていた」
■「高級食材」として売り出し
世界有数の観光都市でもある首都バンコクでは、欧州のトレンドを先取りするようなレストランが話題になっていた。チャオプラヤ川西岸にある「INSECTS IN THE BACKYARD」のオープンは2年前。「タイ初の高級昆虫レストラン」を標榜する。
おやつやおつまみにする地方の食べ物、というのがタイの昆虫食の一般的な位置づけだが、このレストランは各国料理の中に地元産のオーガニック昆虫を取り入れ、初めて虫を食べる人にもなじみやすくしている。外国人客の割合が高く、特にシンガポール人やアメリカ人が多いという。
おすすめをいくつかオーダーしてみた。一番人気のナチョスはバッタやコオロギのほか季節の虫など7種から好きなものを選べる。コオロギだけでも3種類あり、迷っていると「全部載せ」もあると勧められ、即注文した。
バジルペーストの自家製パスタには立派なコオロギが存在感を示していた。デザートはシルクワームとローストカシューナッツがトッピングされたチーズケーキ。飲み物はバンブーキャタピラ(タケツトガの幼虫。竹の内部で育つ)を盛ったカクテル「マイタイ」だ。全体に味が濃く、初心者にも普通の料理として食べやすい工夫がされている。
シェフのひとりスラシット・ブッタマ(35)は、肉を使っていたメニューを昆虫に置き換えて健康志向のトレンドに乗ることに将来性を見いだしている。「100年後くらいに『あの店が昆虫食を広めたパイオニアだね』と言われたらいい」と笑った。
■「食糧危機解決に昆虫」、なぜ?
FAOの報告書「食用昆虫~食料・飼料安全保障の将来展望」は、人口増への危惧を背景にして、昆虫の優位性を指摘する。例えば、牛肉1キロを生産するのに8キロの飼料が必要なのに対し、昆虫は2キロで済むといった飼料変換率の高さ。養殖に必要な水や土地が少なくて済む、温室効果ガス放出量が少ない、たんぱく質のほかに必須アミノ酸、鉄や亜鉛などの微量栄養素が含まれている、土地を持たない人にも採取や養殖が可能──といった点だ。
EUが昆虫を規定したNovel Food(新規食品)は、この規則が最初に導入された1997年5月15日以前に、欧州でほとんど消費されたことがなかった食品や、原料を指す概念。第三国の農産物や新たな生産工程で作られた食品、新たな栄養素源など、幅広い食品が含まれる。該当する食品・原料は、欧州議会および理事会の定める法令に従い安全性の承認を得なければならない。
■アジアで「昔からの昆虫食文化」を見る
欧州では、環境負荷の低さや高たんぱくという機能が注目を集めている。だがFAOによると、世界では1900種類以上の昆虫が少なくとも20億人の食生活の一部になってきた。昆虫食文化が根付いている国の人と昆虫のふだんの姿を知りたいと思った。向かったのは、タイの隣国、ラオスだ。
陸路でタイ東北部から入国する手前、ナコンパノム県のスーパーに立ち寄った。冷凍食品のケースには、5種類もの昆虫が売られていた。最も高級なのがバンブーキャタピラ。コオロギは2種。サゴワーム(ゾウムシの幼虫)もある。早くも昆虫食の日常性を実感する。
ラオスの山村で保健医療の向上に取り組む日本のNGO、ISAPH(アイサップ)と共同で活動している食用昆虫科学研究会理事長の佐伯真二郎(34)に案内してもらった。佐伯は研究会の設立者で、SNSなどを通じて昆虫の専門家と連携しながら、おいしい虫の図鑑づくりも目指している。自身、これまで370種を食した。
メコン川を渡ればラオス中部の町ターケーク。さらに赤土のデコボコ道を約2時間半かけて到着したパーコーン村は、昆虫養殖に取り組む村のひとつだ。
サゴワームを育てている農家のカムラーに食べ方を尋ねると、その場で手早く調理してくれた。もち米、唐辛子、塩を石臼ですりつぶし、水少量とスープのもと、庭に自生するハーブを入れた鍋にサゴワームを加えてさっと煮た一品。ハーブが利いておいしい。レシピのシンプルさが、食材として昆虫がごく自然に使われてきたことを感じさせた。
佐伯によると、ラオスには「タマサート」という野生動植物一般を指す言葉があり、人々の間に「タマサートはおいしい」という共通した認識があるという。自然のなかにあるものはおいしいものという文化なのだ。雨水で稲を育て、雨期にできた池で魚を捕る。昆虫も、キノコや山菜と同じなのだろう。
ラオスで昆虫を養殖するのは、住民の栄養改善が主な目的だ。ISAPHの調査で、脂質やビタミンAが不足している子供が目立った。だが、昔から虫を捕って食べてきた村人には、いつも身のまわりにいる昆虫を「養殖」するという発想はなかった。育てた昆虫を売った現金収入で足りない栄養を補う別の食材を買うというのが事業の狙いだ。
最初に用意するのは、5組のサゴワームのつがいと、洗面器のような容器にココナツの皮、キャッサバ、米ぬか、糖蜜、少量の配合飼料を加えたいわば「ぬか床」。これに週1回、5本のバナナと水を加えることで、多ければ5週間後に1キロ以上のサゴワームが「収穫」できる。初期投資に10ドル、ランニングコスト3ドルほど。昆虫の単価は1キロ約11ドルだから、手堅い収入源になるとの期待がかかる。
佐伯は言う。「昆虫食について日本で理解を広めるには、まず『最初の一口』の壁を越えなければならない。しかし、昆虫が食卓に自然にとけ込んでいるここでは、その労力は不要だ」
今回の取材の旅で一番おいしかったのは、ここラオスの焼きサゴワームだった。最初、丸々とした幼虫がうごめく様に「これは無理かも」と正直思った。しかし……。
調理はシンプル。一晩絶食させてフン抜きしたサゴワームを熱湯でさっと下ゆでして塩水に漬け、竹串に挟んで、時々返しながら20分余り。ほおばった瞬間のこんがり感に思わず「ウナギ……?」と口走った。
パリふわな食感。かすかな苦みは「鮎?」。頭のなかで、必死にこれまで食べたことのあるもののなかから近い味の食材を検索するしかなかった。昔から自然に何度も食べてきた村人には「サゴワームの味」としてインプットされているはず。立て続けに3匹食べながら、新鮮な食材を適切に調理すればやっぱりおいしいものだと感じた。
■旅を終えて/自然と切り離さずに食べる
関心は日本でも高まっている。
昆虫を輸入販売している大阪の株式会社「昆虫食のentomo(エントモ)」代表の松井崇(39)は、体調を崩した自らの経験と、食の選択肢を増やしたいという思いから昆虫食を学んで17年に起業した。扱うのはカナダで養殖されたコオロギや南アフリカの乾燥芋虫など4種類。今年2月、松井が講師を務めた東京でのビジネスパーソン向けセミナーは、4万円を超える参加費にもかかわらず盛況だった。参加者の業種は、食品会社はもちろん、植物工場、工場設備会社、医療系、IT系企業など幅広い。
イナゴの佃煮やはちの子など、昆虫食がいまも比較的根づいている長野県伊那市で、昭和16(1941)年創業の「塚原信州珍味」を営む塚原保治(75)も「FAO報告書は、これまでやってきたことが認められたようでうれしかった」と喜ぶ。今年から全国チェーンの居酒屋にもイナゴの佃煮が採用され、地元以外への出荷量も増えた。
ただ、原材料の確保に苦労するようになってきた。一昨年は秋田県の男鹿半島まで仕入れに行った。ラオスからの輸入も考え始めた。日本で養殖すればいいのでは?そう尋ねると、「考えていない。天然物を大事にしたいから。いい自然が残っているから昆虫がいる」と即座に答えが返ってきた。
いまの昆虫食の流れは「効率よく栄養を取れて環境に優しい」という点にまとめられがちだが、塚原の天然物へのこだわりの背景には、自然環境と昆虫食は切り離せないものだという考え方がある。
取材を重ねるなかで、昆虫食をめぐるもう一つの流れがあると感じてきた。教育における昆虫食だ。
20年以上普及活動を続け、いまはNPO昆虫食普及ネットワークの理事長を務める内山昭一(68)もここ数年、環境や食育とからめた講演などの依頼が増えた。
そんな教室の一つ、大阪市で開かれた「昆虫食学習会」をのぞいた。「カマキリ先生」こと昆虫科学研究センターISRCの渡部宏(36)が続ける昆虫教室で、昆虫食をテーマにした講座があったためだ。
会場は親子の参加者でにぎわっていた。カマキリを触ったり、スマホで世界の人口を検索したり。昆虫食品の試食もある。エントモの商品やコオロギ粉を使ったクッキーなどが出され、おかわりする子も続出した。ある母親が「タコパ(たこ焼きパーティー)でかつお節粉の代わりに使ってみます」と買っていった。
■食品としての基準、世界でばらつき
昆虫食の現場を歩いてみると、スタートアップが盛り上がる一方、食品としての基準は各国でばらつきが目立つ。例えばEUからオーガニック認証を受けた商品も、日本ではJASの規格外。日本に昆虫食品を規定する法律がないためだ。アレルギーや寄生虫などについての研究がもっと必要だという指摘も出てきた。地域によって長い歴史を持つ昆虫食文化も、食品という視点から世界を眺めると、まだ課題が多そうだ。
だが、FAO報告書の中心執筆者であるオランダのワーゲニンゲン大学名誉教授、アーノルド・ファン・ハウス(73)は「私たちは将来的に食事を変えていく必要がある。唯一ではないが、最も現実的なのが昆虫の利用だ。『世界を救う』は言い過ぎだが、主食に取り入れていければ」と話す。
こうした、食糧安全保障上の視点からの昆虫食がある一方、ラオスや長野に残る、周囲の土地、人々の生活の一部としての昆虫食の世界がある。
チェンマイのクリケットラボで飼育箱を飛び出したコオロギを数匹見た。ちょこちょこ足元をうろつく様子に心が和んだ。なぜそう感じたのかを考えると、ほんの少しだけど飼育箱の中より自然に生きている姿に近かったからだろうと思う。
環境にやさしい、「正しい食品」としての昆虫――欧州の人々が進んで手を伸ばすのはこか「頭で食べている」部分があるように感じた。現在の日本の食文化もそれに近いかも知れない。しかし世界には、昔から今につながる、自然のなかで採集して味わう文化がまだあちこちにある。
音楽が配信サイトで買える時代にも人はライブコンサートを楽しみに行くように、食生活にもさまざまな選択肢がある。昆虫食も世に情報はあふれているけれど、もう少し自然と向き合って、何を食べるか、なぜ食べるのかを考えていくべきだと思う。